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薬を食う男


 その日、私はいつもより随分と高いレートで打っていた。
 六本木の繁華街の一角に位置するハウスで、マンション麻雀にしては暗い雰囲気の部屋だった。

 下家はジャックナイフの異名を持つ荒プロ。
 荒さんがド終盤14巡目にドラの白を手出し。テンパイ濃厚だ。
 私の手はこうなっていた。

無題1

 4pを切れば待ちは広いが、9pではたったの3200点。しかも7pは対面のポンカスだった。当然7pを切るしかない。

 荒さんから中張牌の手出しが入り、対面と上家もゼンツ。いよいよ危なくなってきた。
 そこへ持ってきた7pを(っかーコッチだったかー)とツモ切った直後、下家の荒さんがツモった9pを優しく倒した。

「ツモ、16000オール」

 四暗刻だった。

対面荒 「僕もツモ、16000オール」
私 「えっ?」
上家荒 「僕も。ツモ、16000オール」
下家荒 「トリプルで4800万円の支払いだね」


私 「・・・ギャーーース!!!」




 目を覚ますとカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。

「・・・ひどいゆめだ」

 時計はちょうど6時を指している。
 ため息をつきながらベッドから這いずり出て、水を求めてキッチンへ向かった。

 夢とは不思議なもので、現実ならすぐ気付くような明らかな矛盾でさえなかなか気付かないことがよくある。
 飲みの席などで、夢に色はついているか?夢に音はあるか?などとくだらない会話をすることがあるが、私の場合はそんなものまったく覚えていない。

 存在するはずのない5枚目の7pにも気づかなければ、鳴いた手が面前になっても違和感すらない。むかし2次元の世界に入り込んだことがあるが、周りが2次元であることになんの違和感も抱かなかったくらいである。

 脳を整理して水を飲む。スマホを確認すると、ちょうどオナマス黒沢からLINEが来ていた。

「起きてますか?」

 タイミングの良い男だ。起きてますか?暇ですか?だけでなく要件も書いてもらいたい。

 私が「いま起きたところ」と返すとすぐに電話が鳴った。画面には くろすぁ と表示されている。
 緑の応答ボタンを押すと、全裸の黒沢が映し出された。髪にビニールをかぶせ、王のようなポーズで湯船につかっている。この男は機械に疎く、音声通話とビデオ通話の違いがわからないのである。

「お疲れ様で~す。昼の1時からうちでピン東セットしませんか?1人欠けなんすよ!面子めちゃ弱いですよ!サンマは嫌っす時代はヨンマ!」

 おそらく最近サンマでコテンパンに負けたのだろう。黒沢はホストだけあってわりと良い部屋に住んでおり、リビングにはアルティマが完備されている。私は二つ返事で快諾した。

 普段の麻雀は朝10時から始まるため、勝負に備えて3時間前に起きるようにしている。ちなみにこれは荒プロの著書で推奨されていたことだ。
 その後、軽い運動をしてから食事をとり、コーヒーを飲みながら天鳳の牌譜を眺める。これが日課になっていた。

 この日はそれより3時間も遅い13時スタート。私は日課を済ませると映画『ルドルフとイッパイアッテナ』を鑑賞し、涙を流しながらセットの場に向かった。



 黒沢の自宅に着いてリビングへ向かうと、楽しげに盛り上がる初対面二人が目に入った。挨拶は先手必勝である。とりあえずこちらから挨拶すれば印象は良くなるものだ。

「こんにちは、佐々木です。黒沢に呼び出されました」

    黒沢の対面の、座っていてもわかるほど背が高い男が名乗りだした。

「はじめまして、堀田です。」

 彼のあだ名はノッポにした。外見は進撃の巨人のベルトルトにそっくりだ。

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 次に、黒沢の下家に座るほとんど特徴のない男が挨拶した。

「田辺です。はじめまして。」

 あまりにも特徴がなかったが、ギリギリ似ていたゆずのイケメンじゃないほうの名前を付けようと思い、スマホで名前を調べて「岩沢厚治」だとわかったので、岩沢にするかそのまま田辺にするか決めかねていた。


・・・すると男は、100ccほどの瓶に詰めた白い錠剤のようなものをがりがりと噛み潰しはじめた

 (私のためにわざわざキャラ付けしてくれたんですか?)と感動したことを今でも覚えている。
そんな彼の様子を見て、私はとっさにピルイーターを思い出した。

 ピルイーターとはテレビドラマ『相棒』に登場する大河内という首席監察官のあだ名のことだ。
 大河内は常備しているピルケースにラムネを詰め、日常的にガリガリとむさぼり食うその姿から陰でピルイーターと呼ばれるようになった。

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 いま目の前にしている男の挙動は、まさに大河内監察官がラムネを食うシーンと完全に一致している。私はこの男のあだ名もピルイーターにしようかな、などと考えつつも一応訊いてみることにした。

「それ、何食べてるんですか?ラムネ?」


男は数錠をさらにかみ砕き、白い破片を口につけながら言った。



「ん?ああ、これはブロン錠だよ^^」

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 男のあだ名は「ヤクチュウ」に決まった。



 「ちょっと見せてよ」と瓶の裏を見ると、1日3回、1回4錠と書かれていた。しかし、ヤクチュウ田辺は私と会ってからものの数分で明らかに10錠以上をかみ砕いている。めちゃくちゃ素敵な人だなと思った。

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「それ、そんなに食べてダイジョウブ??」

    心配する私に、ヤクチュウは胸を張って返す。

「大丈夫だよ!もう2年くらい続けているし、これ飲まないとキマらないんだよぉ
「そうなんだ」

 全然意味がわからないときに便利な言葉「そうなんだ」。私は反射で口にしていた。

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