見出し画像

人間でいる人間 閉園時間までは


1.キリンでいるキリン閉園時間まで  久保田紺


キリンはキリンらしく動いていることを人間に期待されるので、閉園5時まで人間に付き合うのだと言う。

ほんとは、サッカーやったり、相撲取りたいのかもしれない。食うに困らないけど自由が無いのです。

わたしたちも、人生という檻に囲われているのかもしれない。


閉園時間は、だいたい80歳ぐらい。

それまでは、なんとか困らない程度に食べ物にありつける。

きっと毎日、この涙の谷に神やら仏やらがぞろぞろと来園している。

ほら、時々あなたの右上にぴよぴよと羽を持った子が飛んでいる気配がするでしょ。あれ。

みんな、人間を見るのを楽しみに来きている。

息詰まったあなたは、閉園まで待てなくなってたまにグレル。

人間らしく振舞わないと、びびびってしびれる光線か何かで飼育係のイエス様あたりがあなたを鞭打つ。痛っ。

閉園まで良い子の役割を演じないとかなり叱られる。

大人しくしていれば、なんとか困らない程度に食べ物にありつける。


わたしが望んでここに来たのでは無かった。

わたしは、どこかの大地で思いっきり走り回っていたでしょう。

ある日、網で捕まえられ、とたんに意識がぷつーんと途切れた。

ふたたび意識がはっきりしてきたら、わたしたちが親だという人間が目の前に現れ、名前を与えられた。

以来、ずーっと初めての道を、方角わからず無我夢中で走った。

人生では、舞台で演じることを期待される役者でしかないと、かの高名なる脚本家が言った通り。

わたしに、人生の中での選択権はほとんど無い。

ほんとにじぶんで決めたのかも怪しい。

親や世間の期待に沿っていただけかもしれない。

産まれた国と時代、両親に大きく依存した役者です。

脚本が最後まで当人に渡されなまま演じるのだけれど、とにかく「まじめに働く」、「人には親切にする」、「がんばる」とかいう役割みたいでした。


人生の成功者とかいう言葉がありますが、そういう言葉を使う人はきっと死ぬことを考えていないと思う。

自分だけ2万年ほど生きるつもりでいると思う。

1回きりの人生に成功も失敗も無いでしょう。

貧乏でも独身でもニートでも、それはそれとして演じたのです。

その役者が満足するかしないかは問われない動物園。

閉園まで役割を演じろ、と言われただけかもしれません。



2.こんなとこで笑うか血ィ出てんのに   久保田紺


一通り生きてしまったわたし。

学校も出たし、就職もし定年まで働いた。子どもも持てました。

フル・リセットして、もう一度人生をやり直したいとは思えない。

かのじょに聞いても、若返えれると言われてもそれは嫌だといいます。

とても、たいへんだった。

むりやり無我夢中で人生に走らされた。

もう勘弁して・・・という感じだそうです。


みんな、泣くでしょ?

ここの動物園、閉園までかなり過酷なんです。

みんな泣くものだから、この谷は涙でどんどん埋まって行く。

だから、動物園の入り口には『涙の谷』と書かれている。


人が、「まだ死にたくない」とか「もっと生きたい」と言うのもわたしには信じられません。

もちろん、この「わたしという意識」が宇宙から抹消されてしまうという怖さはあります。

死の直前、体はさぞ苦しいんだろうな、とも思う。

でも、だからと言って、若返ってもう一度というのは、あまりにたいへん過ぎる。

夕暮れが近づいて、もう歩く気がしない。

もう一度やり直せるとか、あと2万年生きれるよと言われてもほとほと困る。

永遠に生きれるおクスリなんか飲んじゃったら、わたしゃ本気で絶望し、発狂すると思う。

永遠に毎日、電車に乗って会社に行くなんて、なんてこった!

いや、あまりに悲しくって笑っちゃう。

膝からいっぱい血が出てるのに、電車に乗りながらあまりの絶望にふと笑ってるような気がする。

とにかく、輪廻なんていう、げに恐ろしきことは言わないで欲しい。



3.古本の同じところで泣いている    久保田紺 

 

人生劇場という動物園には、「プラットフォーム」という小さな檻もたくさん用意されてます。

学校も、あれは誰が考えても行きたくない所なのに、そこで生徒キリンを演じ続けろという。

会社なんて誰が何といっても辛い・・。

結婚すると、家族の扶養という鋳型がはまり、なぜか税を天引きされ、真面目な国民を演じさせられる。

死のまぎわも、病院というところのシステムに組み込まれる。

わたしは、人生の同じようなところで毎回泣いていました。

で、最近のわたしキリンが困惑しているのが、ネットワークの中の「プラットフォーム」です。

十数年、いろんなプラットフォームを使わせてもらいながら、ブログを書いて来ました。

けれど、個人を発信するSNSプラットフォームにいると、その画一性に違和感を覚えます。


どのプラットフォームでも、個人としての感想や考え、気づきや悩みがそこに載って来るのですが、みな同じ顔をしています。

決まりきった起承転結、読み易いようにと為される型、創造したいという人たち、ライターだという人たち。

ページビューというアクセス数が示され、イイネやスキの数も暗黙に気にしてしまう構造があります。

さあここで創作ごっこをしてねというSNS場が与えられる?

そこではご褒美として「たいへんよくできました」という花びらマークが先生から与えられる・・・みたいな。


誰も悪気は無いのです。

が、プラットフォームにいったん乗ってしまうと、ちょうど人生のように先を急がされてしまう。

もちろん、その場には独創的な文章もあるのです。

ですが、そういう人たちでさえプラットフォームの鋳型の中であえいでいる、と思う。

なにかが陳腐であり、なにかが窒息してゆく。

どうしても学校に行かねばならないし、どうしても会社で働き続けないといけないというような強制を感じるのでしょうか。


プラットフォームなら個人が発信できる。「自由」に。

でも、特定のプラットフォームにいったん自分が載ったら最後、自動的に「創作」、「創作」と励まないとならない。

イイネ数という新たな偏差値で身が処されてしまう。

ネットは個性を開放する場所ではなく、個性を埋没させる場所であるという人も少数ながらいます。

ネットの世界では、個人が表に出る自由な世界だというのですが・・・ほんと?とわたしも思ってしまう。

ちょうど、わたしが生み出されて走ったように、ここもそんな「舞台」という檻かもしれない。

プラットフォームが与えられると、無我夢中で走るしかない役割・・・みたいな。

姿形をいろいろ変えながら、何重にも鋳型という檻が振って来る。。

そんな怖い古本を読んでいるような気がしてきます。



4.あの人とはなんにもなかってんほろほろ  久保田紺  


創造する時、わたしは捕らわれてはいません。

世間体も虚栄心も落として、こころのままに書きます。

制約や思い込みが少ないほど、わたしはじぶんの中の”ほんとの声”に気づきます。

それを拾い出して、文章にしてじぶんで読むと、嬉しい。

きっと、わたしたちは、じぶんの中のモノをいったん外に出して眺めないと、じぶんを掴めない生き物でしよう。

創造は、有名に成るためでも、直木賞を取るためでも、生活費を稼ぐためでもない。

「わたしは、創造したい」というのは、ほんとに基本的な欲求なんだと思う。


だから、書くことを職業としたいと願い、プラットフォームという鋳型で実現しようというのは、創造性の対極にあるので矛盾し易い。

相反する時空で、じぶんの創造性を発芽させようと悪戦苦闘してしまう。

わたしが、よく読む記事に絵を画いて載せてる人がいます。

画用紙をホームセンターで買って来て、黒のボールペンでガシガシと描いてゆく。

数時間画いて、今度は陰影をつける。

吐くほどにとても辛いという。

でも、どうしても画きたいという。画くと嬉しいという。

でも、その方はプラットフォームが押し着せて来るイイネの数をとても気にしている自分を納得していない。

でも、数はたいせつだ、という又裂きにあるという。


さいきん、その方は自分で書いた絵を下絵にしてAIに描かせ始めた。

でも、わたしは、何時間もかけて画いた肉筆のボールペン画ほどには、引寄せられなかった。

AIははるかに綺麗に、見事に、しかも短時間で絵を生成してくるのですが、なにも感じないのです。

AIに画かせてしまうと、その方の息遣いも苦悩も落ちてしまう。


自分自身では自分の根っこに気づけない。

きっと、キリンは他のキリンの苦悩を聞いてみたいのです。

創造とは、むかしアフリカの大地を自由に走り回っていたおのれを確認する行為かもしれません。

あの人とはなんにもなかってん、とトボケルもほんとは何かが過去にあったはずなんです。


わたしも、”便利な”、”自由な”プラットフォームで記事を生成しています。

きっと、個性も落ちているでしょう。

同じテーマを書くにしても、鉛筆握ってノートに書きなぐった場合と、たぶん、伝わるメッセージはうんと違っている。



5.うつくしいとこにいたはたったらええわ  久保田紺


手書きとデジタルの差は、モーニング・ノートをつけているので実感できます。

ノートに手書きで思ったことを自由に書くのです。

朝、30分くらい、内なる検閲官を下がらせてひたすら書きます。

てにおは、起承転結、読み易さなんか度外視して、こころの底の声を拾い上げて行く。

世間体も虚栄心もすべて無くして、ただ書く。

たわいのないこと、ただの感覚、思いついたこと・・・。何でもいいのです。

こころの深いところにあったと思われるモノも顔を出す時がある。

それは、解放のプロセスです。

それは、誰にも見せません。

それは、誰にも見せれません。

それは、生きるという役者を離れて、自由にこころ遊ばせている時空です。


ネットは、常に誰かが作ったプラットフォームの上で遊ばされている事が多いかもしれない。

もちろん、手書きでノートにガシガシと書きなぐっても、誰の目にも留まりません。

体裁をいっさいなくした文章を読みたいという人もいないでしょう。

だから、わたしたちはプラットフォームの上で遊ばされるしかない。

けれど、もっと自由であることを忘れないようにしたいと思う。

人生という強固な鋳型(枠組み)の中でさえ自由を求めて来たように、わたしたちは常に強制から逃れようとするでしょう。

その喘ぎ、苦しみながらこの道を歩くしか無いのですが、個人で考える事は諦めてはならないと思います。

創造する喜びを安易に人生やプラットフォームに求めてはならないと思うのです。

ガシガシと手書きでたいせつにすべき事があるように思うのです。

役者人生であったとしても、わたしという者のこころの”自由”はまた、同時に有り得るのです。

人間でいる閉園時間までは。



P.S.

三宅やよいという方が、久保田紺さん(女性)の次の句をあげ紹介されていました。

 泣きながらそっと一マスあけはった

『久保田紺さんは大阪の川柳人。

四十七歳のときに末期ガンの宣告をうけながらも九年の歳月を生き、数冊の句集をだした。

紺さんの「ここからの景色」というエッセイに次の一文がある。

「命を限られてからの日々は、確かに辛いものでした。でも決して不幸なことばかりではありません。

霧がかかっていた視界は良好となり、好きなものと嫌いなもの。嫌いだと思っていたけど好きなだったもの。

必要だと思っていたけれどもそうでなかったもの、そんなものが全部わかるようになりました」

句集全体に漂う独特のユーモア、哀愁、やさしさは死への恐怖や不安を乗り越えてのものだった。

例えば掲句、泣きながらあけたこの一マスにどれほどの断念があったことか。

敬愛してやまない紺さんは、闘病やむなく先月亡くなられた。』


日常につかりながらも日常から少し浮き上がって自分も含めた世界の在り方を見る、川柳の視線の置きどころが面白いですと三宅さんは久保田紺さんを評していました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?