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きらきらのジンジャーエール|飲むものがたり

毎週水曜日、私は介護施設に通っている。
叔母が住む施設。コロナ過のピークを過ぎ、叔母の施設では身内に限って毎日15分の面会が許されている。

叔母はほぼ寝たきりだ。意思疎通もままならない。
珍しいことはない、認知症。誰だって認知症が進むと叔母と同じようになるだろう。

私は毎週水曜日、アロマオイルを持参して施設へ向かう。
毎週水曜日の午後だけは、どんな予定もいれない。このためだけに、水曜日の午後がある。

持参するアロマオイルはNEAL'S YARDの「Ginger & Juniper WARMING OIL」。
たまたま縁あって手に入れたオイルを、私は自分と夫、そして叔母のためだけに使っている。

オイル瓶の説明には、「Brings comfort when OVER-TIRED」とある。
”とびきり疲れたとき”に心地よさをもたらすオイル。
寝たきりの叔母は疲れているのか?……分からない。

でも、とことん人にやさしい叔母は、それによってとびきり疲れたことも多かったのではないかと思う。

実の弟にお金の無心をされたときも、嫌な顔をしながらだけど欲しいものを渡していた。

お金遣いの荒かった叔母の母(私の祖母)と一緒に住み、文句を言いながらも最期まで面倒を見ていた。

そんな人なのだ。

叔母は、私に対しても、とってもやさしかった。
「大好きなあなたへ」と書いたメッセージとお小遣いを、毎年誕生日に送ってくれた。母に叱られた私を、「お母さんは怒りん坊だね」「でもあなたのことがとっても大好きなのよ」と大きな愛で包んでくれた。

ほんとうに、やさしい人なのだ。

***

「こんにちはぁ」
施設の入り口の自動ドアが開くとすぐ近くに受付がある。毎週通っているから、受付の人はニコッとするだけ。わたしもニコッと笑顔を返して、叔母の部屋へ行くためのエレベーターに乗る。

5階の一室で叔母は暮らしている。横開きのドアを開けると、やや傾き始めた太陽の西日に、カーテン越しにほんのり照らされた叔母の顔がうつった。

一時は顔に大きなシミができていたこともあったが、母や、もう一人の叔母が丁寧に顔のケアをしたことで、ほとんど目立たなくなっていた。わたしはあのシミは、叔母の中のもやもやしたものが形になったものだと思っている。母たちの愛をうけて癒されて、消えたんじゃないかと思っている。

光に照らされた叔母は、眠っていた。時々目を開けることはあるけれど、意思や意図を持った目線を投げかけることはない。だけど、叔母が目を開けると嬉しかった。

私はベッドの夏布団をめくる。白くて、意外と大きな足に、アロマオイルをなじませていく。
独特の心地よい香りが部屋に広がり、私はただひたすらに叔母の足をマッサージする。土踏まずや、指の付け根や、硬いかかと。滞った血や気をまた全身に巡らせるように、マッサージする。

片足ずつ両手で包み、親指を使って下から上へ、見えないものを流していく。途中ゴリゴリっと親指の根本から鈍い音がなる。パキっと関節から小さな音が聞こえる。だんだんと、その硬い足はやわらかくなり、鈍い音や関節の音はならなくなり、まっしろだった足の色が、ほんのりピンク色に染まる。

冷たい叔母の足が、あたたかい私の手と同じ温度になったら、マッサージを終える時間だ。
偶然だろうけど、面会時間の15分は、叔母の足が温かくなるまでの時間と同じだ。私は叔母に「また来るね」と声をかけ、叔母の部屋をでた。

***

水曜日の午後、叔母の施設を出たあとは、毎回喫茶店にいく。
そして毎回「ジンジャーエール」を頼む。
これはただ使っているアロマオイルの成分にジンジャーが含まれるから、そうしているだけ。特別なつながりはないけれど、自分自身もジンジャーを体に取り込みたくなる、ただそれだけ。

ジンジャーエールを注文し、席についてぼんやりする。
そしてジンジャーエールが運ばれてくると、ただその下から上にあがる炭酸の気泡を眺める。キラキラして、弾けて、光を反射する気泡を眺めていると、自分が癒されていることを感じる。

叔母の足をマッサージしに行く習慣は、2年前に始めた。今まで飛行機に乗らないといけないような場所にお互い住んでいたけれど、縁あって今はバスで通える場所にいる。

家で自分や夫の足をアロマオイルでマッサージしているとき、「叔母にもやってあげたいな」と思った。そして迷わずそうしてあげようと行動した。

叔母の足をマッサージしていると、心地良さを感じる。これは叔母が感じているものが伝わってきているのか、私自身が感じているものなのかは、分からない。

でも、人は互いに影響しあう存在だから。それは1人が寝たきりであっても変わらない。叔母と私は、あの部屋で、マッサージを通してお互いに影響しあっている。

だからだろう。叔母の足を大事に大事に、丁寧にマッサージしていると、私自身も大切にされているんだと涙が出そうになるときがある。

私は、叔母との今までの2年間を通して、自分を大切にすることと人を大切にすることは、大きな意味では全く一緒なのだと学んだ。

だから、自分を大切にすることは相手を大切にすることと一緒。
自分を卑下して傷つけることは、相手を傷つけることと一緒。

私は、自分を、相手を、みんなを大切にする道を選ぶ。
愛と優しさがあれば、全部大丈夫だ。

***

ジンジャーエールを、きらきらの気泡ごと飲み込む。
きらきらの気持ちや、太陽の光ごと飲み込んだ気持ちになる。多分、実際、私の中にキラキラは入っている。

また来週も、アロマオイルをもって叔母のもとへ来る。
この小さな営みが、私の世界を支えるだいじで大きなことなのだ。

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