見出し画像

ショートショート【夢を売る人】

駅前の人混みをくぐり抜け、何度か細い道を右に左に進んだ先の雑居ビル地下一階に店はあった。
入り口はかなり暗く、古びたランプが1つ足元に置いてあるだけで、いかにもな不気味さに一瞬引き返そうか迷っていた。

勇気を出し足を踏み入れる。「いらっしゃいませ」と声がした。「迷わず来れましたか?ここは分かりにくいですから」柔らかく話すのは、想像していたよりも随分と若い女性だった。
少し安堵し「途中、目印になるような建物がなくて少し迷ってしまいました」と正直に返す。

困り顔で笑いながら店主らしき女性が言う。「早速ですが、本日はどのような夢をご希望ですか」

「ええと…あの…本当にどんな夢でも構わないのですか?」
「もちろんです。遠慮なくどうぞ」
「でも…あまりにも現実離れしたものだと、値段が高いとか、そういう事はないんでしょうか。お恥ずかしい話、あまり余裕がなくって」
「料金は一律です。時間も決まっておりますのでご安心くださいね」
「そうなんですか。では…あの…」


この日初めて夢を買った。こんなにわくわくした買い物はいつぶりだろう。夜になるのが待ち遠しい。早速寝てしまおうか。時計に目をやるとまだ16時。窓の外も心なしかいつもより明るく見えた。「さすがに早いか…」思わず声に出る。

いつものように簡単に夕食を済ませ、風呂にも入り、後はもう寝るだけとなった。
部屋の明かりを消し、冷たくなった布団に足を入れる。
目を閉じる。興奮してしまい、中々寝付けないでいると、時計の音が気になって仕方がない。
それでもどうにか眠りにつくことが出来た。


翌日、また店を訪ねた。
ドアを勢いよく開け、店主の姿を探す。
奥の方から「どうなさいましたか」今起きたばかりと言わんばかりの顔で女は言った。
「話が違うじゃないか」怒りを抑えきれない。
「私は妻の夢が見たいと言ったんだ。出てきたのは何故だか自分自身だった。自分がいつものように、ただつまらなく過ごす夢に10万も払うなんて馬鹿みたいじゃないか」
そうだ、私はどうしても妻が出てくる夢が見たかったのだ。
三年前に妻を失って以来、抜け殻のような毎日を送っていた。自暴自棄になり、誰とも会わず仕事のない日は家に引きこもっていた。
せめて夢で会えたらと思ったが、眠りも浅く、なかなか思い通りの夢を見ることが出来なかった。そんな時、夢を買えるというこの店をネットで見つけた。怪しいとは思いながらも藁にもすがる思いで足を運んだ。なのに、なぜーー

「お客さま、すみません。奥様の夢が見たいとおっしゃったので、奥様が見た夢をお渡ししたのです。奥様の夢にはいつもご主人が出てきていました。天国へ行くと、どうやら一番好きなものの夢が見られるようです」

そんな…と呆気にとられたが、あまりに堂々と言うものだから、そういうものなのか…と納得してしまった。
妻も私を想ってくれていると思うと嬉しかった。と同時に見られているのなら、もう少し安心させられるような生活を送るかと、帰り道に小さく決心した。

記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。