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ショートショート【白い物語】

今日も私は図書館へ向かう。足取りは軽い。
外観は古いけれど、利用者も少なく静かで、何時間でも居られそうなくらい落ち着く空間。
もう何年も借りられてない様に見受けられる分厚くて埃っぽい本から、いつ覗いても貸し出し中の流行りの本まで、様々な本達が鎮座している。

「館長おはようございます!」
元気に挨拶する事は欠かさない。
「茜くんおはよう。今日もご機嫌なようだね」
笑いジワから優しさが伝わってくるような、この館長と会えるのも図書館通いの楽しみのひとつだ。
「今日は何を読もうかな~館長、オススメあります?」
「そうだねぇ…前に薦めた世界の魔法シリーズはもう全部読んでしまっただろう?茜くんは読むのが本当に速いからねぇ」
「だって沢山読んで吸収して、いつかは私も本を描く人になりたいんだもの」
「君ならきっと良い作家になれるよ」
「ありがとう」

両親にも中学の友達にも言ってない私の夢は、物語を描く人になること。
初めて本を読んだ時にそう決めた。
今までのどんな遊びよりも、本を読むことは面白く感じて私にぴったりだった。
知らない世界に触れる喜びは、私の好奇心を満たして、想像力を掻き立ててくれるから。

「この本はどうかな?」
館長が差し出してくれた本の表紙は真っ白で、タイトルは―――
『あなたの物語』
「この本…表も裏もなにも描かれてなくて、タイトルだけなんて珍しいね。面白そうだわ!早速読んでみる。ありがとうございます」

窓から陽が差し込む特等席を確保して、ゆっくりとページをめくる。
【この本は、読んだあなたのことが描かれていきます】
え?スピリチュアル的な本なのかな…
そう思い、読むのを躊躇した次の瞬間、
【今、読むのをやめようとしましたね?スピリチュアルでも何でもないですよ。最後までお読みください】
こんな文字が、そう、浮かび上がってきたのだ。

そんな訳はないと目を擦ってみて、ページを飛ばして先を読もうとしても固くて開かない。どうやら隣のページしか開かないようになっているようだ。
そんな事ってある…?少し怖くなってきた。

1人ではこの不思議な体験をとてもじゃないけど楽しめそうになかった私は、思わず館長に駆け寄る。
「この本、最後までページがめくれないの、どうなっているの?」助けを求め館長が開くと何故か普通にどのページも見ることができた。
しかもさっき読んだ時と最初のページに描いてあることが違っていた。
ますます混乱する。
「この本、おかしいよ。怖い」

怯える私に館長は首をかしげ
「どこが変かね?少女が宝物を探しに仲間と旅に出る…まぁいわゆるよくある冒険の物語なように思えるけれど」ぱらぱらとページをめくりながら話す。

私の見間違いかと、もう一度最初のページを読む。
【これはあなたの物語。他の者に預けてはなりません】
この本は私に話しかけている---まるで生きてる本だと、心臓の音が大きく聞こえながらも、頭はどこか冷静で、手に取った時からもう逃れられないって事なのねと、そう、思った。

腹を括り、ならば最後まで読み進めようと決意した。
「館長心配かけてごめんなさい。ちょっと最近疲れてるみたいで、感受性がおかしな感じみたい。この本、興味深いからゆっくり読むね」
そう言って深呼吸をしてから、もう一度読み始めた。

【ありがとう。あなたは初めて読むのを諦めないでくれた人。みんな私が話しかけると怖がって読んでなどくれなかった。嬉しい。本当に嬉しい】

思わずクスッと笑ってしまう。
本に意思がある世界のお話を描いてみようかな、なんて思った。



実際に、本との会話を小説にして出版社に送ると、なんと小さな賞を貰うことができた。
あの不思議な出会いが私の未来を変えたのだ。

ところであの本、最後まで読んだのかって?
答えは、いいえ。だって今もまだ続いている。
終わりがない本と言ったら驚く?
でもね、本当に終わらないの、まるで取り憑かれてしまったみたい。

【命尽きるまでずっと一緒ですね】

記事を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。