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なれそめの、1番こちらに近い切れ端

「イチゴ味」にハマっていた。だからその日は飲むいちごヨーグルトを飲んでいた。
記憶の中の彼は、段々になった休憩場の一段下に座っている。飲むいちごヨーグルトを啜りながら彼の後頭部を眺めていた気がする。でもたぶんコンビニで買ったナニカタベルモノをシェアしたはずだから、それは私の都合のよい記憶の改ざんで、本当は隣に座っていたんだと思う。
頭の中だけで、ずっとずっと忘れたくないと思っていたのに、もうコンビニで買ったものがなんだったのかも思い出せない。

Instagramのカップルエッセイ漫画を読むのが好きだ。なれそめ話も日常話も大好きだ。だけど絵心と継続性が壊滅的にない私は、彼との出会いから今までを書き綴り続けられないだろう。私たちのなれそめというと、出会ってからを考えれば実に7年の歳月が流れている。
だけど、これ以上忘れないうちになれそめの1番今に近い場所だけでも切り取って綴りたい。

飲むヨーグルトをすっかり啜り終えた私と彼は、他愛ないことをポツリポツリと話しながら、終電の時間がじわじわと迫るのを待っていた。
私には言いたいことがあったけど、中々タイミングをつかむことができなくて、啜りおえたストローを持て余してまた口に咥えるという、極めてお行儀の悪いことを繰り返していた。

「私たちってどんな関係?」
会話が切れて新しい沈黙が生まれる前に食い気味に聞いた。彼は笑ったのだろうか、表情は見えなかった気がするからやっぱり一段下に座っていたんだろうか。それとも私が恥ずかしくて、顔が見れなかったんだろうか。ああなんで、脳内の画像や映像はもう一度見ることができないんだろう。

私の食い気味の、ドラマや漫画や浮気相手のようなセリフに彼はゆっくりと答えた。
「これから僕が告白して、付き合う関係かな」
そうして、立ち上がって帰ろうと笑った。
おかげで私は帰りの電車で、来たる「これから」を悶々として待つことになったのだ。

私の最寄り駅まで送ってくれた彼は、誰もいない改札の階段のそばで有言実行した。右目の端にずっと階段が映っていて、私にとっての現実味はそれしかなかった。
人がいないのにきちんと端に寄って話をしてくれるというのは彼の性格の現れでもある。誰もいないからと言って、駅の真ん中で愛を叫ばれても困るのだけれど。

ふたりで改札を抜けて、自転車を押して近くを歩いた。時々自転車を押す役目を交代して、そして手をつないだ。
私が酔っ払ったふりをして、立ち上がれないなーとあざとく手を出しても、立ち上がらせてくれるだけで決して握ってくれなかった手をいとも簡単につないで、ついでにブンブン振っていた。とてつもなく可愛かった。

その日から今日まで私たちは会うたびに手をつないでいる。暑い日も寒い日も。彼氏の可愛さは今も健在で、だけどもうブンブンと振ることはない。
喧嘩したりマフラーで揉めたり、遠距離を乗り越えたり仕事を辞めたり、少しだけ距離を置いたりしながら大抵の日は笑って茶番を繰り返している。二人だけに通じる二人だけが笑えればいい幸せな茶番を。

そうしてもうすぐ2年を迎える。






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