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【感想】同志少女よ、敵を撃て

 同じ敵に立ち向かう仲間のことを、作中で「同志」と呼んでいる。独ソ戦争の最中、ソ連軍の主人公にとっての敵はドイツ兵であり、撃つべきはドイツ人だった。けれど彼女が最後に撃ったのはドイツ人ではなく……

 戦う動機と手段、それらに対する「敵」をことあるごとに考えさせられる、少女セラフィマが立ち向かう独ソ戦争のお話。筆者は独ソ戦争体験者ではない(たぶん)。当作品で初めて賞を受賞し、本を出版した新人作家である。
 ……そんなことってある?
 これが新人作家の作品なんてことあるんですか。銃器の使用どころか所持すら禁じられている国の新人作家だなんてことあるんですか。

同志少女よ、敵を撃て(ハヤカワ・オンライン)

 この本との出会いは、ネットではなく本屋だった。ショッピングビルの最上階にあるそこそこ広い本屋だ。久しぶりにこの近くまで来たしなあと何の気なしに立ち寄り、ふと唐突に戦争小説が読みたくなった。そうして店内を一通り見渡したら山のように平積みされていたこの本を見つけたのだが、何たって分厚い。3~4cmくらいかな? 読書家には大したことのないよくある厚さなのだけれど(むしろ薄い方かもしれない)、最近本をめっきり読めなくなっていた私には憧れのような分厚さだった。さて、この分厚さは惰性的な文章によるものなのか、これほどの文量でなくては語り切れない物語ゆえなのか……後者であることを期待しながら、少しだけ中身を開いた。

 セラフィマが相手のドイツ軍大尉の腰から銃剣を奪い、それを彼の脇腹に突き刺して横隔膜を破く場面がそこにあった。
「チュース(さよなら)!」と陽気な別れの言葉と共に、彼女は悲鳴すら奪われた大尉を颯爽と放り出していた。

 最高じゃん。

 ただ単純に「腹にナイフを突き立てた」「血がばしゃっと出てきた」だけではない描写に興奮した。勇ましいセラフィマにテンションが上がった。これはこの文量でなくてはならない物語に違いない。これほど精密な戦闘描写なら、心理描写や展開の丁寧さもこれに並ぶものであるだろうし、そうなるとこの分厚さも納得がいく。
 というわけで買った。

 ……と、ここまで下書きに残したまま数ヶ月前の私はこの記事を放り出していたので当時の生き生きとした感想文はもはや書けないのだが。
 それでも、机の傍らに置いてあるこの本を手に取り開くたびに今でも憎しみを僅かに含んだ高揚感が湧き上がってくる。そう、憎しみである。そして高揚感である。この作品は、私の期待通りのものだった。

 主人公セラフィマは故郷から連れ出された後、狙撃手としての訓練を受ける。この訓練の章が冒頭からの流れ的に冗長に感じられるので読み手が挫折するとしたらここだと思う。が、訓練の内容が具体的かつ身に迫るものなので、戦闘ものが好きな人は一番のめり込む部分だろう。
 射撃に際し銃器の扱いの描写を細かに書くマニアックな小説はあちこちで見たことがあるものの、誤差の埋め合わせに関する描写があるのは私はこの作品が初めてだった。スコープを覗き見て十字の真ん中とターゲットをぴったり一致させるだけだと当たらないのよね、知ってる、知ってたけど! そんなに過密な計算を一瞬でしないと死ぬのも知ってはいたけど! 実際それを小説とはいえ目の前に書き表されるのは全然違うね。
 その描写があったからこそ、訓練後の実戦シーンが鬼気迫る。セラフィマや他の子が狙撃を試みるたびに息を止めてしまう。外すな、計算を間違えるな、止まるな、殺されるぞ。祈るように矢継ぎ早に思ってしまう。こんなに頑張ってて誰もが正確で勝利を掴んでいってるのに同級生が何人か犠牲になるのだから、戦争ってやつはどう足掻いても戦争なんだよな。ゲームなら勝利と殺戮の香りに興奮するのに、戦争では疲労と安堵と喪失しかないってのが読んでるだけで体験できてしまう。

 厚みがある分様々な見方や考え方ができる作品。ある人は戦争についてコメントするだろうしある人は戦場の女性というものについてコメントするだろうし、ある人は憎悪による生存意思について語るだろう。テーマがたくさん読み取れるのでいろんな人達に何かしらの感触を与えられる作品だと思う。なお主人公の周りがほとんど女性な上日本人ではないので、見る人によっては女性同士の性愛を思わせる行動が頻繁にあるなあと思うやもしれない。

 気になった点としては、セラフィマが女性を守るために戦うことを決意するきっかけがまず一つ。彼女は故郷の村で皆殺しを目の当たりにし、それを受けて「女性のために戦う」と決意した。
 ……男性も殺されてたけどね?性加害は受けずに殺されただけだけどさ……でも村人全員が一方的に殺されてて当時のセラフィマはショックを受けてたんだよ……
 この作品はセラフィマが女性の味方になることで成り立つからこの展開自体は外せなかっただろうし、女性だけ凄惨な目に遭って男性は保護されるなんてことがリアル戦争であるわけもないから、仕方がないっちゃ仕方がないのかもしれない。

 もう一点はこの作品がアガサ・クリスティー賞なるものを受賞している点。……アガサ・クリスティーってミステリーじゃないんか……?
 公募による賞なので、作者は自らすすんでこのミステリー部門に作品を提出したということになる。一時期小説大賞を夢見た身としては、ジャンル違いの作品を送ることも、ジャンル違いの作品に大賞を与えたことも、疑問に思ってしまうのだが。面白ければ良いのなら小説大賞に部門やジャンル分けなんて要らないので……もやっとしてしまったのは否めない。