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短編小説『フィクトな僕は次元を超えたい』

 僕と僕が好きな人の間には次元の壁がある。

 僕は、『ディメンション・サーガ』という漫画の中で、主人公を守って戦う、坂本雅也というキャラクターとして二次元の世界で生きていて、僕の好きな人は二十歳の会社員、古川絵里香で、三次元の世界で生きている。

 僕が彼女の存在を知ったのは、五年ほど前のことだ。漫画の中では僕は戦いに巻き込まれ深手を負って、森の中で倒れていた。
 すると、森の向こうから、頑張れという女の子の声がした。
 僕は這うように、声のする場所まで行くと、学校の制服を着た彼女が漫画を読みながら、
「雅也頑張れ、雅也頑張れ!」
 と応援してくれている姿が、まるで映画のスクリーンのように、映し出されていた。
 僕は嬉しくて、向こうの世界に行こうとスクリーンに触れた。しかし、目には見えない透明な壁のようなものがあって、どうしても向こう側には行けなかった。
 それから僕はなんとか透明な壁を壊そうと、剣でたたき割ろうとしたけれど、剣の方が折れてしまった。それでも諦めず、僕は拳に力を込めて思い切りたたき続けたが、壁は壊れなかった。その代わりスクリーンはずっとカメラで追っているように彼女を映し出していた。
 時が経ち、社会人になった彼女は仕事場で同僚からひどい言葉を言われ続けるのに耐えかねて、処方されていた向精神薬を大量に飲み出した。僕は気が狂いそうになり、いつもより壁を強くたたきながら、叫んだ。
「やめろ! 飲むな!」
 彼女に聞こえないことは分かっている。しかし、叫び続けるしかなかった。
 彼女はやがて倒れ込み、昏睡状態になった。
 二時間後、彼女を見つけた家族が救急車を呼んでくれた。
 僕は心の中で彼女が助かることだけを祈り続けた。
 救急治療室に入った彼女は身につけていた服を脱がされ、管が次々つながれた。
 その後、SICU(スーパーICU)に移った彼女の両親に医師が状況を書いた紙を手渡した。
 〝病名 誤嚥性肺炎、薬物過量内服 症状 意識障害、酸素化不良。今後痙攣、不整脈などから致命的になったり、呼吸不全の悪化による人工呼吸器離脱困難など集中治療が長期間必要になる可能性があります。〟
 読んだ彼女の母親は泣き崩れて、その場に座り込んだ。
 僕も現実が受け入れられず、子供のように泣きわめいた。

 二日後の早朝。彼女が奇跡的に目を覚ました時、壁の前で僕はよかったとつぶやいた。
「よかったって、何がよかったの?」
 はっとした。若緑色の病衣を着て、眉間にしわを寄せている、彼女の周りには人がいない。もしかして、僕の声が聞こえたのか?
「命が助かってよかったじゃないか」
「誰? 私は死んでしまいたかったのに」
 やはり聞こえている。僕は彼女が大変な時なのに、嬉しさで一杯になりながらも、死にたい気持ちをなんとかさせたかった。
「何を言っているんだ! 家族は心配して泣いていたんだぞ」
「あなたは誰? どこからしゃべっているの?」
 彼女は顔を少し上げて、いぶかしむ様子で周りを見る。
「僕は絵里香さんが好きだった漫画のキャラクターだよ。覚えているかな? 坂本雅也って」
「……」
 絵里香さんはしばし黙った。
 信じてくれないよな? 頭がおかしくなって聞こえていると思われているかもしれない。
「雅也なの?」
「うん。ずっと前からそばにいた。でも壁があって、干渉出来なかった」
「ありがとう」
「他の人がみんな、絵里香さんが死んだ方がいいって言ったとしても、僕は死んで欲しくない。こんなことを言ってとまどうかもしれないけれど、絵里香さんのことが好きなんだ。僕は二次元にしか存在しないけど、絵里香さんが頑張っているのをずっと見ていた。勝手に見てごめん」
「ううん。いいよ」
 春のような穏やかな顔をして、絵里香さんは答えた。
「いつか絶対壁を壊して、そっちに行くから。お願いだから死なないで」
「うん」

 絵里香さんはその後、回復して、一般病棟に移れるようになった。
 奇跡的に会話が出来たのはあの時だけで、それから、僕が大声で話しかけても、絵里香さんには気付いてもらえなかった。
 しかし、もうその頃には、僕がずっとたたいていた効果で、透明な壁には一筋のヒビが入り、そこから金色の光が漏れ出るようになっていた。
 早く彼女の世界に行き、姿を見せたい。その一心で、僕は拳が傷だらけになって、血がにじんでいても、たたくのをやめなかった。

 その日、いつものように壁をたたいていると、視界が真っ暗になり、僕は意識を失った。 気が付いた時には、僕はリノリウムの冷たい床に倒れていた。側には点滴スタンドが転がっている。病院なのだろうか。こちらに来る足音が聞こえ、
「大丈夫ですか? 鈴川さん!」
 女性の声がしたので、僕は起き上がる。
 看護師の服を着た、三次元の人だ。どういうことだろう? 壁が壊れたのか? しかし、僕の姿が見られるというのはどうしてだろう。それに鈴川って?
「大丈夫です」
 それに、僕の体も三次元仕様になっている。
「あの、僕のフルネームは何と言うんですか?」
「鈴川透ですよ」
「あの、もしかして、SICUに入ってましたか?」
「はい」
 僕は点滴スタンドを持って、スタンドの下から床に着いているキャスターをコロコロと動かしながら、トイレに行った。
 鏡を見ると、知らない若い男性が絵里香さんが来ていたような若緑色の病衣を着て映っていた。イケメンだなと思った。
 だが、鈴川透の魂や心はどこかへ行ってしまっていて、影も形もないのが、気になった。まさか、魂だけSICUで天国へ召されたのか?
 それとも、一時的に僕が体を借りているだけなのだろうか。
 だったら、今すぐにも絵里香さんの元に行きたかった。

 僕は二週間ほど、入院して退院した。
 病院で、古川絵里香が入っているか聞いてみたら、彼女は退院していた。

 僕はずっと、絵里香さんの人生を見てきていたので、彼女がどこにいるかは分かっていたが、漫画の姿と違っているので、坂本雅也だと言っても通じないだろうと思われた。
 僕が二の足を踏んでいる間に、日が経っていった。
 透は相変わらず帰ってこない。
 そうしているうちに、僕が出ている漫画が映画化されることになった。
 試写会のチケットを透の友達からもらった僕は、出かけることにした。
 映画館に行き、上映された作品を見た僕はびっくりした。坂本雅也は何か監督に恨みでも買ったのかと思うほど、ひどい扱いを映画で受けていた。
 最後には死んでしまい、僕は向こうの世界から裏切られたような気持ちになった。まるで苦いものを食べた後に、口の中に苦みが残ってしまうように、僕の心に嫌悪感が広がっていき、それは消えそうもなかった。
 スタッフロールが終わり、監督や声優陣が入ってきた。
 拍手が起きる。
 何だこれは、悪夢か?
 そう思ったのは僕だけではなかった。
「最低」
 女の人の声が左の方から聞こえた。
 その方向を見ると、左の一つ席を隔てた所にニットワンピースを着た女性が、顔を歪ませて座っていた。
 絵里香さんだった。
 絵里香さんは立ち上がり、通路の方へ向かっていこうとしたので、僕も立って、追いかけた。
 絵里香さんは勝手に舞台に上がろうとしていた。
 僕は、それを止めようと、絵里香さんの手を引っ張り、劇場のドアを開けて、ロビーに出た。
「何で邪魔するんですか!」
 絵里香さんはありったけの怒りを僕にぶつけてきた。
「僕だって、坂本雅也をあんな風にされて、不愉快ですよ。でも、迷惑になることはしない方がいいです」
 絵里香さんの顔が少し柔らかくなった。
「あなたも雅也のファンなんですか?」
「はい」
 ここで本人だと言っても、信じてもらえなさそうだという弱気から、僕は嘘を吐いた。
「何で死なせるんでしょうね。キャラだって生きてるのに!」
「ほんと、そうですよね」
「ごめんなさい。あなたには関係ないのに、怒りをぶつけてしまって。私、古川と言います」
「僕は鈴川透です。どこかで話しませんか?」
 視界にコーヒーショップが見えたので、思い切って誘ってみると、絵里香さんは真剣な表情をして、
「いいですよ」
 と、まるで、イベントに参戦するかのように答えた。
 コーヒーショップに入ると、彼女が財布を出そうとしたので、それを制止するように僕は慌てて、
「僕がおごりますよ」
 と言うと、絵里香さんはかぶりを振って、
「いえいえ、ここは私におごらせて下さい。鈴川さんがいなかったら、私、捕まっていたかもしれないですし。鈴川さんは何がいいですか?」
 真面目な顔をして言うので、僕はその言葉に甘えることにした。
「すみません。じゃあ、ホットコーヒーで」
「じゃあ、私も。すみません、ホットコーヒー二つ」
 受け取りカウンターで待っていると、店員がトレーに、二つコーヒーを並べて運んできたので、僕と絵里香さんは、顔を見合わせてしまった。
「僕が運びますね」
 僕が手を差し出すより早く、絵里香さんの手がトレーに早く到達していた。
「大丈夫です」
 絵里香さんは、まるで店頭で店員がするような営業スマイルをこちらに向けて、トレーを取って、立ち上がり、すたすたと空いている席に向かっていった。
 距離を取られているのが分かる。そりゃ、そうだよな。ファンだって言っても、知らない男だし。
 席に着くなり、絵里香さんはこう切り出した。
「もしかして、鈴川さんは雅也のことが好きなんですか?」
「いや、自分と似てる所があって、それでファンになったんです」
「よかったー。私、同担拒否なんで、恋愛されてる方だったら、話せないかなって思ってたんです」
 同担拒否とは同じファン同士で交流を持ちたくないことを指す。
「そうだったんですか」
「ごめんなさい。お礼まだでしたよね。止めて下さってありがとうございました」
「いや、放っておけなくて」
「私、頭に血が上って、どうかしてました。でも、あの映画は雅也にリスペクトなさ過ぎですよね。雅也って、一番、晴斗が信頼しているキャラじゃないですか。なのに、晴斗を裏切らせるとか信じられないです」
 僕は晴斗のことを話に出されて嬉しかった。晴斗は、『ディメンション・サーガ』の主人公で、同じ異世界に行った親友だ。
「どうして、笑っているんですか?」
 知らないうちに顔が笑っていたらしい。絵里香さんが不審そうに言ってきたので、僕は慌てて取り繕った。
「いや、晴斗のことを思い出して。いいキャラだったから、漫画の方は」
「漫画はそうですね。でも、映画の方は雅也に冷たかったですよね」
 確かに、映画版の晴斗は、何か最初から僕を信用していないようだった。
「そう……だね」
 あまり、晴斗の悪口は言いたくなかったが、僕は同意してしまっていた。あの映画は、僕の大切な世界を歪ませて、崩してしまっていた。あの晴斗は違う晴斗だと思っていても、すごくショックだった。
「それに、最後、雅也が殺されて死んじゃうなんて、あり得ないって思いません?」
「うん……」
 僕は映画の内容が頭で再生されて、僕は気分が悪くなった。
 僕は息苦しくなって、目を閉じて、額を右手で覆いながら、テーブルに肘を突いた。すると、絵里香さんの声が聞こえた。
「ごめんなさい。雅也のファンなのに、こんなこと話してしまって。気分が悪くなったんでしょう? 大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ」
 僕が目を開けて、絵里香さんの方を見ると、彼女は立ち上がっていた。
「私、帰りますから、ゆっくりコーヒーを飲んで休んで下さい。これ、私の名刺です。よかったらまた、雅也のこと、話しませんか?」
 絵里香さんは会社の名刺を差し出してきた。
 僕は持っていた鞄の中をガサガサと探して、メモ帳とペンを取り出し、透の携帯番号を書いて渡し、絵里香さんの名刺を受け取った。
 もちろん、その番号のスマホは、鈴川透のものだ。
 彼がスマホに鍵を掛けていなくてよかった。
 少し浮かれた気分で街を歩いていると、スマホの通知音が鳴り響いた。
 スマホを見ると、メールが届いていた。発信者は鈴川透だった。
 僕はびっくりして、スマホを落としそうになった。
 〝お前のファンに会えてよかったな、坂本雅也。俺は今二次元にいる。お前の体を乗っ取って、めちゃくちゃにしてやったぜ。ただ、やり過ぎて、お前は死んだ。いや、俺がか。ともかく俺はお前の体に戻りたい。そのためにはお前がそちら側から、次元の壁を壊す必要がある。やってくれるよな? 〟 
 映画がめちゃくちゃになった理由は透のせいだったのか。
 向こうに帰っても僕は体がないけれど、透はこの体がある。
 今までずっと借りていたのだから、返さなくてはいけない。
 ただ、次元の壁なんて、どこにあるのだろう? 透明な壁なんて……。
 あっ! と僕は気付いた。
 二次元から壁越しに絵里香さんと話せた時、SICUにいた。あそこに行けばあるのかもしれない。
 ただ、入るのは難しいだろう。
 どうすればいい?

 翌日、僕は病院の前に立っていた。
 救急外来の入り口から入り、無表情な受付の人に話しかけた。
「この前、SICUに運ばれた鈴川透です。是非担当してくれた先生に会ってお礼を言いたいのですが、可能でしょうか?」
「少々お待ち下さい」
 受付の人は、パソコンのキーボードを素早くたたいた後、画面を見たままこう答えた。
「坂戸先生ですね。先生は今、休んでおられまして、十日ほどこちらには来られません」
「そうですか。ありがとうございました」
 がっかりしたが、なんとかどさくさに紛れて、SICUに入れないものかと、僕は案内板を頼りに、SICUの方へ歩いていった。
 まるで、迷路のようで、迷いながらもやっと、SICUがある棟にたどり着いた。
「あれ? 鈴川君?」
 後ろから、優しげな女の人の声がした。
 振り向くと、薄緑の看護服を着て、長い髪を後ろでくくっている女性看護師がいた。
「退院出来たんだ? よかったね!」
 透を看護してくれた人だろう。僕は話を合わせることにした。
「はい、その節はお世話になりました」
「もうあんなことしちゃだめだよ?」
 あんなこととは、もしかして、絵里香さんと同じ自殺未遂なのだろうか?
「はい」
「SICUに何か用?」
「お世話になった皆さんにお礼が言いたくて」
「そうだったの? でも、ごめんね、家族しか入れないんだ。私が皆に伝えておくから」
「はい。お願いします。すみません」
 その後、僕はSICUがあるN棟から、本棟への渡り廊下を歩き始めた。
 両側がガラス張りになっていて、病院の周りの景色がよく見える。
 僕はそのガラスを見て、次元の壁を思い出し、触れてみた。
 視界が真っ暗になり、僕はまた意識を失った。

 その後、僕が気が付いた場所は意識を失った場所と同じ渡り廊下の片隅だった。
 僕の体はぼんやりとしていて形を失い、ゆらゆらと揺れていた。ガラスには姿が映っていない。
 幽霊になったのか、僕は。
 透は元に戻れたのだろうか?
 絵里香さんにはまた会えるだろうか。
 そんなことを考えながら、その場所から移動しようとした。
 しかし、動けない。
 僕は渡り廊下のガラスの前で立ち尽くした。
 死ぬってこんなことなのかと思った。

 僕の周りを歩いて通る人々を日が傾くまで見ていると、向こう側から人が駆けてくるのが見えた。
 よく見ると、ダウンジャケットとデニム姿の鈴川透だった。
 息せき切らしながら、僕の目の前までやってきた透は、少し嬉しそうな表情をしていた。
「ここにいたのか! よかった、見つかって。お前体がないんだろう? 動けるか?」
 何だよ、お前のせいで僕はこうなったっていうのに。
「動けない。透のせいだ」
「ごめん。俺は自分の体に戻ることだけ考えてた」
「おかげで僕は幽霊だ」
 僕は不満を吐き捨てるように言った。
「魂はあるようだな。それに、俺にはお前の声がリアルに聞こえる。何かに乗り移ることは出来そうか?」
「分からない」
「雅也のグッズを持ってくるから、乗り移れるか試してみよう」
「僕のグッズを持っているのか?」
「いや、あてがあるだけだ。待ってろ」
 そう言うと透は、逆方向に走り出した。
 あいつ、幽霊の僕を探し出しただけでなくて、グッズまで持ってくると言って、走っていった。悪い奴ではないのかも……。

 日が完全に沈んで、三日月が見えていた。足下のライトは照らされているが、それ以外は暗い。
 あてが外れたのかもしれないと思っていると、駆けてくる音がまた聞こえた。今度は二人で、透と、絵里香さんだった。絵里香さんはチェックのコートに、マフラーにニット、黒のテーパードパンツ姿で、長い髪を揺らしてやってきた。
 よく見れば、絵里香さんは僕のぬいぐるみを大事そうに抱えている。
「雅也、持ってきたぞ」
 透は息を切らしている。急いで来てくれたのだ。
「そこに雅也がいるの?」
 絵里香さんは切羽詰まったように、透に尋ねた。
「ああ。姿は見えないだろうけど、しゃべれるんだ」
「雅也、前に話しかけてくれたよね? ありがとう。話は全部透さんから聞いたよ。ずっと飾っていたぬいぐるみを持ってきたんだ。これなら、乗り移れると思って」
 ぬいぐるみは、五年前に発売されたグッズで、少し灰色に変色していた。大事にしてくれていたのだと思い、嬉しい気持ちで心が満たされていくのを感じた。
「ありがとう」
 その瞬間、幽霊になった僕の前は金色の光の粒が充満して、それが霧のように視界を閉ざしていった。ああ、あの世に行くのだなと考えているうちに、光が一瞬のうちに消えた。
 視界がはっきりして、渡り廊下にいるのが分かった。しかし、こんなに大きな場所だったっけと思った。しかも、浮いているような感じで、何かに支えられているようだなと思って、下を見ると巨大な腕がある。絵里香さんの腕? もしかして、ぬいぐるみに乗り移れたのか……。
「雅也!」
「どうしたの? 今の光は?」
「雅也の姿が見えない。いなくなった」
「えっ!」
 透と、絵里香さんが慌てている。
「透、絵里香さん、僕はここにいるよ」
「お前、ぬいぐるみに乗り移れたのか?」
「ああ」
「よかった」
 絵里香さんはそう言って、僕のぬいぐるみを抱きしめる力を強くしてくる。
 透は、僕のぬいぐるみの頭に触れて、泣きながら笑っていた。
 僕は絵里香さんへの愛しさで頭がぐるぐる回るようだった。

 僕らは、救急外来の入り口から出て、透の自転車が止めてある駐輪場に向かった。
「透さ、SICUにいたんだろ? もしかして、自殺未遂じゃないか? それで、二次元の世界でも死にたくなって、僕を死なせるように動いたんじゃないか?」
「そうだけど、死んでから、もう一度生きたいって思った。勝手だよな。あのメールは、俺のスマホに何度も干渉しようと試みたら出来たんだ」
「本当、勝手よね」
 絵里香さんは怒りを込めた言い方をした。
「ごめん」
「でも、僕の方こそ、透の体使って、勝手なことをしてごめん」
「いいよ、もう」
 許してくれた透を見て、思わずこう言っていた。
「友達になってくれないか、透」
「俺ら、もう友達だろ、雅也」
 ふっと笑って、透は言ってくれた。

 駐輪場に着き、透は薄暗い中から、自分の自転車を探し出し、鍵を外して動かす。すぐにオートライトが付いた。籠に置いていた、二つのヘルメットのうち、一つを絵里香さんに渡し、自分も付けて、僕を絵里香さんから取って、籠に乗せた。
「雅也は籠に乗ってもらうから」
 透は自分と絵里香さんが見られるように置いてくれた。だけれど、僕は透が絵里香さんと自転車の相乗りをすることが許せなかった。自転車に透と絵里香さんが乗るのを見て、黙っていられず、聞こえないようにこうつぶやいた。
「透、お前、絵里香さんと相乗りしやがって」
「やきもちか?」
 聞こえていたらしい。
「悪いか」
「安心しろよ。俺らは、何でもないよ」
 本当だろうかと思っていると、透が自転車を漕ぎ出した。僕の周囲で秋の冷たい風が回り出すように、当たってきた。寒い。
「雅也、寒い?」
 絵里香さんが優しい声を掛けてくる。
「うん」
「透さん、止めて」
 と、絵里香さんは言って、自転車から降りて、付けていたマフラーを外して、僕に巻き付けてくれた。
「どう?」
「ありがとう。もう寒くないよ。……あのさ、透のことどう思っている?」
 絵里香さんはきょとんとして、こちらを不思議そうに見ている。
「どう思っているって、別に何とも思ってないけど」
「安心しろって言ったろ? なあ、ちゃんと気持ち伝えた方がいいぞ」
 透は絵里香さんの方に向かって言った。絵里香さんは少しうつむいたが、意を決したように、僕を見た。
「雅也のことが好きです」
 絵里香さんの告白に、僕はスクリーンの前でいつも絵里香さんのことを愛しく思っていた気持ちを思い出していた。
「僕も絵里香さんが好きだ」
「よかったな、お二人さん」
 透がにやっとして、そう言った。
『ディメンション・サーガ』の最新のストーリー上に僕はもういないけれど、二人のおかげでここに僕は存在している。それが嬉しかった。

 絵里香さんと僕を乗せて、再び透は自転車を漕いだ。
 三人で夜の病院から、下の街まで続く広い道の歩道側を風に飛び込んでいくように自転車で走っていく。
 映画を見た日、絵里香さんが言ってくれた言葉を思い出した。
『キャラだって生きてるのに!』
 絵里香さんだけではなく、そう思ってくれている人がどれだけいるか分からないけれど、たとえ少数であっても、二次元のキャラクターはそう思ってくれている人がいるだけで、どれだけ勇気付けられることだろう。
 もう、僕と絵里香さんとの間には次元の壁はない。
 映画『ディメンション・サーガ』で僕は死んでしまったけれど、一つ上のディメンション、三次元で絵里香さんや透と過ごす未来が待っていた。

(了)

あとがきはこちら↓


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