猫になりたい

あるすぱ短編集2
「猫になりたい」

 「ああ、いいな。猫になりたい。」そう思ったことのある御仁は多いのではないだろうか。物事が思うように上手く行かない。そういった時、人は猫になりたがる習性を持つ。
 私もそんな大多数の平凡なる人間の一人である。ちょっと違うことと言えば、さらに一歩踏み込んでみたことであろうか。

 つまり、本気で猫になろうと思ったのだ。同じような思いを抱える諸君らの為に記録として残しておこう。

 まず猫といえば、有名な童謡にもあるように「こたつで丸くなる」。これだろう。
 ……暑い。これで猫に近づいたのだろうか。

 次は魚を加えて走ってみた。主婦ではなく警察に追いかけられてしまった。誠意を尽くして「猫になりたい」と話をすると、笑ってどこかへ去っていった。ふむ、やはり猫には人を笑顔にする力があるようだ。

 他に猫に必要なもの、鳴き声だろうか。ニャ。
 ニャニャニャニャ。
 おっと失礼。これでは記録を伝えることができない。猫になるとはいえ人間としての生活もまだ残っているのだ。語尾につける程度にしておこうかニャ。
 仕事場に行くと、みんなが私を奇異な目で見ている。まあ、そうだろう。仕事場に猫が来るのだ。正しい反応と言える。

 お次は毛皮だろうか。あのモフモフとした触り心地の良さ。これは肌に毛皮を埋め込むしかないのだろうか。他に方法が……、いや、わたしは本気なのだ。貯金の大半を使って肌を改造した。全身猫の毛に包まれた。……暑い。これでこたつに入るのかと思うと頭がおかしくなりそうになる。だが、わたしは本気なのだ。
 この頃、仕事場からは出勤停止を言い渡される。働かなくていい。段々と猫の生活に近づいてきた実感を得た。

 次はネズミを食べてみる。これが一番の難関だった。猫にとっての完全栄養食。人間にとって言えば卵みたいなものである。味覚から叩き直すのに数年かかってしまったが、今では美味しく食べられる。この時、残りの貯金もはたいて一緒にザラザラした舌も作り、人としての言葉はもう喋ることが出来なくなってきた。

 こうして私は完全な猫になった。みんなの望む夢を叶えたと言えよう。
 ただ、日向ぼっこをして毛皮を舐めながら、わたしはたまに思うのだ。
 これだけの真剣さがあればうまく行かない物事などなかったのでは……。そう考えながら、わたしはたまに泣くのだ。
 「にゃあ」と。

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