9.『同日 加藤瑛眞』


 同日 加藤瑛眞


 
あの話は私の話でもあるから私だってなにか力になりたい。
 できれば一人で解決したい。でも怖い。
 世界には自分と瓜二つの顔をもつ人間が三人いるという。そのうちの一人がまさか私が住んでいる町にいるなんて。
 いや、そもそもダムに現れた何かは人なのだろうか。
 私似の幽霊、だったらどうしよう。
 谷田ちゃんの話を聞きながら、最初は志乃とかとグルになって私をドッキリにハメようっていう魂胆なのかと思ったけど、谷田ちゃんの声にはなにか緊迫したトーンが含まれていた。まるでドラマでよくある電話のシーン。なにか重要なことを伝えるとき女優はああいう風な声を使う。
 そこから私は思考を切り替え真剣に聞くことになる。一緒に佐伯ちゃんもいたらしい。谷田ちゃんと仲が良いのは知らなかったし、なんとなく意外だなと思ったけど仲良いといわれればそう思える二人。佐伯ちゃんといつも一緒の瀬下ちゃんは、まあ、想像通りあの話を信じなかったらしい。
 私はダムに行きたいと言った。直接そいつに会ってみたいと思った。
 もしドッペルゲンガーだったらその場で私は死ぬ。でも、やっぱりそいつが私に似てしまった限り確かめないわけにはいかない。
 ただ、そいつに会えた場合、私はなんて言えばいんだろう。
 友達になんてことを!
 この町をおびやかすことは許さない!
 昔観てた五人組の女性ヒーロー達がヴィランに向かってそんなこと言ってたっけ。
 できるだろうか。こんな、なにもできそうにない私の手はなにか。

 大きなことを成し遂げたことがない。ピアノもそんなにうまくない。コンクールは出たことあるけどノミネートされたことない。好物だと言ってる韓国料理も実はそんなに食べたことがなく韓国にも行ったことない。辛い食べ物は好き。でもテレビに出てる辛いもの好きタレントからすると自分なんてまったくだ。せいぜい市販の辛いカップ麺を平気で食べれる、たかがそんだけ。
 私は普通だ。たぶん、誰よりも。
 だからあの日、谷田ちゃんを見たとき、すごく性格が悪いかもだけど安心した。だって明らかに私よりも能力が劣る子が、勉強もできて運動神経の良いおしゃれな志乃についてきたから。罰ゲームかなにかですか? そんないじわる思考のままあの日は過ごしてた。だけどカラオケボックスの出来事で一気に見方が変わった。
 マイクを食べた。意図は、わからない。
 みんなの気を惹くため。笑いをとるため。いずれにせよなにかをアピールするために谷田ちゃんはマイクを口のなかに入れた。みんなと別れたあと彩花と話した。彩花はほとんど悪口をキメこんでいたけどその話を聞きながらあの子は主人公になれるタイプなんだとはっきり思った。だって、彩花はもうずっと谷田ちゃんの話しかしてない。なにかにつけて谷田ちゃんを絡ませて話す。たぶんクラスで私のことを話す人がいてもここまで執拗以上に話してくれる人はそういない。
 悔しかった。そしてその感情は憧れのようなものに変わってしまった。電話をもらったときは嬉しかった。谷田ちゃんが私に興味を持ってくれた。電話をかけてくれた。遊びの誘いならよかったな。でも、違うから、そうじゃないから、谷田ちゃんは真剣に私のことを考えて助けようとして自分の気持ちや周りの変化を全部話してくれた。私もなにか谷田ちゃんのように真剣にとり組みたい。なんでも良い。誰のためだって自分のためだってかまわない。なにか、自分でやり遂げなければ。でも谷田ちゃんは私の気持ちとは裏腹にダムへ向かうのは反対だと言った。本当に心配してくれているし恐らく谷田ちゃんは佐伯ちゃんと二人でこの問題を解決するのだろう。ダメだ、これじゃダメ、人任せじゃダメなんだ。だからいつまで経ってもなにもできない普通の子なんだ。ごめんね谷田ちゃん。これは譲れない。でもやっぱり弱いな、アラケン達を呼んでるんだもん。私は一人じゃなにもできない。だからせめて、私を含んだみんなで問題を解決してみたい。
「にしても揃わんなあ~」
 蚊取り線香の煙が扇風機の風に乗り玄関の外にもっていかれる。佐伯ちゃんはこれで三つ目のスイカを貪る。
「谷田ちゃんはようわからんけど、両野が来んのはなんでなの?」
 アラケンが黒い種を白い皿に落とす。また肌が焼けた気がする。
「まあ、あいつのことはさ、俺も、なんやろ」
「歯切れ悪いな」
「なんちゅーか、最近まともに口聞いてないっちゅーかさ」
「もしかしてお前、呼んでないの?」
 悠馬は寂しい犬の顔で頷いた。
「マジかよ」
「落ち込むなって苗木~ウチんとこもしょっちゅう。めめっちんだよなあ。ちょっと約束破っただけやん!」
「それはお前が悪いだろ。一緒すんな」
 佐伯ちゃんは白目をひん剥いてゲップを出した。いつもこんななのだろうか。
 彩花は誘ってないのなら来ない。そして谷田ちゃん、谷田ちゃんはきっとここに来ない。やっぱり良く思われてない。
「北沢と大原は? 一応あんたらのグループやろ?」
「慧は夜練、大原は家族と旅行」
「呑気やねぇ~友達が困っとるのにさ」
「あんまり遅くなるとあれだから。佐伯ちゃん。何回も聞くけど、本当なんよね?」
「え、え、えええ!? 嘘やろ? 信じてない!?」
「いや念のため。アラケンも悠馬も、私の口からしか伝えとらんから」
「やから! 荒垣と苗木の試合観終わって、優と別れてハルちゃんと話しながら歩いとって、なんか気がついたらダムおって、そこにヤベえ女がいて」
「本当に女だった?」
「女やった! 髪長かったし!」
「長髪の男って可能性は?」
「女ものの服やったし脚の感じ、加藤ならわかると思うけどあれは間違いなく女」
「なるほど」
「横顔やったけどあの顔は加藤やって思って、したらハルちゃんが血相かえて「渡ろう」って、むっちゃ怖くなって、ほんならそいつがウチら追いかけてきて」
 佐伯ちゃんの顔はもうさっきの顔じゃない。まるでそこにそいつがいるような。
「本当怖かったんやから! スキャットみたいななんて言うんやろ? お経? 耳元で口遊んできてさ、んでそっからダッシュ! お互いの名前呼び合ってダッシュ!」
「それガチやったらマジでこええな」
「ガチやって! マジなんやって!」
 谷田ちゃんの話とほとんど合致してる。
「カトエマは? その日なんしとったと?」
「土曜の、その日は、お昼から家族でお寿司食べて、そのあとは家で雑誌読んだりテレビ見てた」
「証拠になるものとかある?」
「パパとママに聞いたらすぐわかると思う」
「いやさ、家族ぐるみやったらいけんから」
「荒垣ノリノリ~!」
「ちょけんな」
「う~ん。そもそも、そもそもなんやけど、私がダムに行って二人を驚かす行為ってなんの意味がある?」
「い~や! その意味の無い行為ってのが主流よサイコ野郎の」
「私がサイコ野郎?」
「映画とかでも理由無き犯行が一番おっかなかったりするやろ? サイコ野郎はそういうのする! それに愉快犯の可能性もある!」
「私がサイコで愉快犯に見える?」
「見えないからそう見えるんよ。まさかあの子が!? 的なノリよ」
「いい加減にしてよ!!」
「ほらおっかねえ!!」
「佐伯、お前マジで。そういうのじゃないからカトエマは」
「あ?」
「俺は正直そいつがカトエマじゃないってわかってるから。だからカトエマも一回落ち着いて、ね?」
「つーか! つーかつーか、だったら刑事みたいなやりとりはなっからすんなよ荒垣!」
「信じてるからしとるんよ!」
 ママが心配そうな顔を見せる。アラケンは「すいません」と礼儀良く謝った。
「俺はカトエマが困っとるのが耐えれない。谷田ちゃんやもちろん佐伯、俺の周りのやつらがこうやって困っとるのが気にくわんし正直今のお前も気にくわん。こんなに悩んどるのに犯人扱いされて、人のこともうちょい考えろ」
 佐伯ちゃんは4つ目のスイカに手をつけようとしたが塩だけまぶして皿に置きなおした。
「とにかく私じゃない。そいつは私じゃない。佐伯ちゃんももう信じてくれなくていい。でも協力してほしい。そいつが何者なのか一緒に暴いてほしい」
 佐伯ちゃんは興味ありげに絵画を見たが多分、興味はない。
「ほんじゃまあ。行こうか。この4人で」
「うん。お願い」
「そいつが現れた時間に行こう。彩にも連絡しとく。佐伯は谷田ちゃんに」
「わかったよ」
「やろう。俺たちで」
 アラケンの肌は日焼けしてるから、私はいつもアンパンマンみたいだなと思っていたが今日はなんか違って見える。悠馬は勢いよく片腕を上げ、アラケンも同じに上げ、佐伯ちゃんは両腕を振り上げた。私も強く腕を上げ、三人よりも強く強く掲げ玄関の光に突き刺した。私たちの腕に蚊取り線香の煙が絡まっていく。

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