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潜在意識

やっぱ最終的には全部潜在意識なんじゃないかと思った。

引き寄せとか思考は現実化するとかは確実に潜在意識だったし、このコツさえ掴めたら何でも可能になるんじゃないかと思うくらい。

睡眠に入るときのシータ波のときに潜在意識と繋がるということで、肯定的というか自己受容的な言葉を聞きながら寝るってくらいしか効果的なことはできなくて、まだまだ思考は心配事がフッと湧いてはお決まりの嫌われるとか罪悪感パターンに落ちていったりで、肯定的で明るいイメージに完全に気持ちや感情を伴わせるのはまだ難しく、潜在意識を利用して引き寄せっていうのにはもうちょっとコツとか腑に落とせる何かがないかとずっと探してたら一周した頃に、観たことある動画の人なんだけど、全然違う所で潜在意識で検索したのでは出てこない動画が全然違う角度から紹介してあって、それが私にはストライクだった。

引き寄せとか潜在意識についてはだいたいみんな同じことを言ってるから、なりたい自分をイメージして、既にそれが叶ってそうなれてるかのように感情を感じて、喜び感謝の感情を先取りして感じれば感じるほど、潜在意識や脳は現実と想像の区別がないから梅干しを想像したら唾液が分泌されるのと同じで現実じゃなくても潜在意識にしっかりインプットさえされれば何かしら現実に現象化されたり、イメージが上手な人は、理想のイメージを事細かくまるで起こったことかのように想像するのを繰り返してると、恐ろしくなるほど同じ現実が起きて自分が一番驚くほどらしい。

そこで、そう簡単には問屋がおろさないエゴの存在もだけど、今起こってる現実は、自分が潜在意識に溜めてきた思い込みや思考のクセとかで繰り返し強めてきてるやっぱりね的なこととか、自分では今のこの現実に繋がるようなことを思ったり感じたりしてきたつもりはなくて、もし今が望んでないと思えるような現実だとしても、自分しかこの現実を創れないのが事実で実際もう今すでに、自分の思考が現実化された潜在意識のプログラミング通りの現実を生きてて、引き寄せも叶ってるので、繰り返し人や状況を変えながら何度も起こる似たパターンなどは、それを引き寄せる元になってる思い込みや観念などを探して手放すまで繰り返す可能性がある中に私達は生きてるということ。

確かに、幸せなことを100%噛み締めて感じ切ったり、繰り返し繰り返し思い出しては感じたりってあんまりしないけど、ネガティブなことにはすぐ食いついて、あぁだこうだって繰り返し永遠思い悩んで解決するってことはほぼないから手放すってことにはならないできてたなと思った。

例えば会えて嬉しい人と会えたとして、良い面だけを見て幸せだけを感じてルンルンなタイプの人と、会えて嬉しいだけを見てればいいのに、その相手の顔が一瞬曇ったとか小さいネガティブまで拾って悩みの種にするタイプの人もいて、ネガティブを拾うタイプの方だと、何かにつけてネガティブに結びつける思考がクセで強くなってるために、会えて嬉しい幸せはあんまり感じる間もなく心配の思考に走って心配を繰り返すので、まんまだと心配になるような現実をまた引き寄せたりで分かりやすいんだけど、聞いてると結構ヒネった感じで現実化するようなので、絶対自分で引き寄せてないって思ってしまうような現実になってるんだろうなと思った。

ついこないだまでは、それができればいいけどなかなかできないから悩むんだと思ってたけど、良い面だけしか見ずに幸せだけを感じてればいいんだとやっと思えるようになれた。

というか、意味が分かった。

それが、ジョーディスペンザ博士って人の話を聞いたのがキッカケで、潜在意識について話してるのはだいたい他の人と似たり寄ったりで特別感はなかったんだけど、潜在意識の検索では出てこなかった実体験を話してるユーチューブをたまたま観ることができて仰天!!

良いイメージや感情と思っても、すぐネガティブに飲み込まれてなかなか難しいと思ってたのは、思考はそういうものなんだっていうのをつくづく感じながら、ネガティブが出たらもう一度一からなりたい自分のイメージを始めるのを永遠繰り返しながら、ひょっこり出てくるなりたくない自分のネガティブイメージの仕組みなのか働きみたいなものを紐解いていって、回復後いろんな研究結果で潜在意識の仕組みを見える化しながら広めることをされてるみたいなんだけど、その説得力は半端ない。

ある事故で、怪我の説明をしてる部分を聞くのも恐ろしくて飛ばすくらいの状態になられて、病院では自分の足で歩くのはもう無理。無理なんだけど、とりあえずすごい大掛かりな手術をしないといけない。でもこれが成功したとしても歩けるようにはなれないというのが医療の結論。

事故の話をちょっと聞いただけで、歩けるようになれるなんて信じられないってくらいだったのに、ジョーディスペンザさんは歩けるようになれないなんて有り得ないから病院での治療は止めると決心して、そのときは潜在意識とかの知識はなかったんだろうけど、歩けない自分っていうのは絶対に受け入れられないものだったので、自分の意識とか治癒力みたいなものを信じて本当に細かく体が再生していく様子と、歩けるように戻れるっていうのを1ミリも疑わずイメージできるようにを、本当に想像を絶する覚悟で取り組まれたんだろうというのは分かるので、それでも、一生車椅子…とか家を売らないと…とかって、なりたくない自分のネガティブイメージはどうしても出るもので機能のようだというのを聞くと、そんな死ぬか生きるかみたいな覚悟でも出るなら私のチャレンジにネガティブが出るなんて当たり前田のクラッカーじゃんって完全に開き直って受け入れ体制になれたので、とにかくなりたい自分のイメージとそれに伴う至福と感謝の感情を常に維持できるようにを目指して、ネガティブが出てきたらそれにすぐ気づく所から始めて、すぐ切り替えて影響されない〜最終的にはノーテンキくらいでいいかなと思えるくらいに結構意識を変えてもらえた。

このディスペンザ博士の実体験を聞くまでに、ネガティブはエゴで自分の思考じゃないのと、エゴは自己防衛本能に基づいて自分の仕事を全うしてるだけなので、気にせずスルーしてればだんだん弱くなっていくっていうのは聞いてたので、ディスペンザ博士の脳の機能として気にして意識すればその思考はだんだん刺激されて鎖が太く強くなっていくけど、意識しなくなって使わなくなると忘れられていくっていうのを聞いて、エゴを無視してたらだんだん弱くなっていくってのは使わなくなって忘れられて消えていってるってことなんだなとガッテンすることもできた。

引き寄せで引っかかるのはだいたい、現実が変わらないことに対してエゴがなんやかんや言ってくるのにまともに相手をして、現実をチラ見して結局叶ってないをデフォルトにしてしまってるから叶ってない現実が続くのだけど、実際には想像できた時点でその現実はもう存在してて、見つけて引き寄せてもらえるのを逆に待ってるのだそうです。

ディスペンザさんは、なりたくない自分のイメージが出たらまた一からなりたい自分のイメージをやり直すということをしていって、その頃はうつ伏せのまま動けないのでそれに集中できたというのもあったそうですが、言われてるようにだんだん日に日に、なりたくない自分のネガティブイメージが浮かぶ回数が減っていって、最後には全くネガティブイメージが浮かぶことなくなりたい自分のイメージだけになったときに、カチッとスイッチが入ったような感覚があって、叶ったなみたいな感じだったそうです。

実際には一年弱で歩けるようになり、痛みもないくらいになられたようで、意識の力は無制限で不可能はないと言われてるのって本当なんだと思い知らされました。

でも自分にも!とはまだなれず、なにか一個ちょっと大っきい変化を体験できたら違うんだろうなと。

でも、ネガティブとか心配モードは本当に危機意識からのクセでずっとやってただけで、ポイポイして無かったことにしていいと強烈なインパクトで知れてありがたかった。

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