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Short Story

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140字までの掌編小説。ボツ小説のワンシーンを切り取ったり日常ネタなど。 不定期に思いつくまま書いています。 つぶやきと混同しないように全て画像つき。
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2023年8月の記事一覧

同僚の谷くんは私の行く先々に現れる。トイレの前や給湯室にも。
内気な彼が話しかけてくれると嬉しい。もしかして私に好意が?

退勤後、エレベータ前で谷くんに声をかけられた。
もしや食事のお誘い……。

「あの、先週の飲み会費まだもらってなくて……」
「すみません、今渡します!」

窓を叩きつけるような大雨の音。カーテンの隙間から雷が轟音と共に光った。
この雨の中、夫が帰ってきているかと心配していたら会社に泊まるとメッセージがきてホッとする。

「会社に泊まるって」
「なら朝までいいよね?」

うなずいてフフと笑う。
今夜は夫の嫌いな韓ドラを娘と一気見。

『昨日飲みすぎて頭イタ』
『今日の昼ハワイアン行きたい人ー?』
『ノ』
『(・ω・)ノ』
『z通訳あります』
『ノ』

誰も話さない静かな空間に響く打鍵音。
頭痛薬の瓶を隣の席にそっと置けば『ありがとう』と画面に文字。
全員チャットの社内で入社2年目の俺は未だチャットに慣れない。

「きれいな手ですね」

取引先で打ち合わせを終えた後、担当の彼が言った。
ずっと気になっていた人に褒められて嬉しくなり、体温が上がった。

「あまり苦労したことがなさそうな手だと思って」
「あ、はは……」

膨らんだ気持ちはシュンと萎み、お茶と共に流し込むと舌には苦味が残った。

足がはみ出す小さなベッド。座ると壊れてしまいそうな小さな椅子。
何もかもが小さいこの部屋にいると私は巨大化したアリスみたい。
小さくなる薬を飲めばブルーのワンピースを着られるかもしれない。

「そろそろ時間だよ」

部屋を愛おしく眺めていると夫が呼んだ。
今日は部屋の主の一周忌。

仕事で遅くなるため同棲中の彼に4合の炊飯を頼んだ。
帰宅すると今晩のおかずもできていた。有り難い。炊飯器を開けると蓋にびっしりついた米。
「何合炊いたの?」
「4合だよ。4のメモリにぴったり米入れたし」
一人暮らしで1合しか炊いたことがなかった彼は水位1cm上で炊けていたらしい。

近所に住む彼氏がサッカーで捻挫したから湿布を分けてほしい、とうちにやってきた。
早速家に上げて湿布を貼ってあげようと足を見れば彼の左足だけ靴下がぐっしょり濡れている。その足で歩いてきた床もだ。

「何で濡れてるの?」
「足を冷やすために氷入れたから」
「靴下に直接入れちゃダメ」

内職の納品物を引き取りに来た彼に、納品受領のサインをもらってお茶を出す。
いつも荷物を運び出した後、部屋の片付けも手伝ってくれるから。
何もかもすっきりした後、彼を見送る。

「お疲れ様でした。今日は、激しくしてすみません」

裸にシャツを羽織っただけの私に微笑み、部屋を出た。