お前の名は?
「どんだけなんだよ、、」
男が出張を命じられたのは半月前のこと。
降り立った駅には小さなビジネスホテルと交番があるだけだった。
「コンビニの1件もねーとか、マジかんがえらんねーんだけど、、、」
およそ、男の生まれ育った環境からは程遠い土地だ。
取り引き先の印刷工場は30分程歩いた先にあるらしい。
真夏の太陽を背に半ば諦めの気持ちと一緒に歩き出した。
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打ち合わせを終えた頃には太陽も傾き、暑さも幾分和らいでいた。
30分以上かけて辿り着いた駅のホームで男の携帯が鳴った。
「お疲れ様。申し訳ないが、明日もう一度工場に行ってくれ。 駅前にビジネスホテルがあっただろう?
領収書もらってこいよ。1晩ゆっくりしてまた明日頑張ってくれ。悪いな。」
理由も言わず、こちらに一言も喋らせないうちに通話は一方的に切られた。
男は驚くこともなく駅を出た。
男にとってはいつものことだった。
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「302号室になります。ごゆっくりお過ごしください。」
チェックインを済ませると、何も考えずにエレベーターに乗り込んだ。
部屋に入り、TVをつけると天気予報が流れている。
「明日の最高気温は32℃の真夏日になるでしょう。
熱中症にお気を付けください。
さて、今晩は全国的にストロベリームーンが見られるようですよ!こんな夜は満月を見ながらのんびりとお過ごしになられてはいかがでしょう。」
何故だろう。
今まで満月や星空など一切興味がなかった男がこの日に限って見てみたいと思った。
窓の外は暗くなっていたが、この部屋から満月は見えない。
男はシャワーを早々に済ませるとフロントへ向かった。
チェックインした時とは違う若い女性が笑顔を向けている。
「この辺りにのんびり満月を見られるような場所はありますかね?」
すると、一瞬怪訝な表情を浮かべるも、すぐに元の笑顔で「余程お好きなんですね!2度も見に行かれるなんて。でも、正面の坂道を上がった公園で見えると思ったんですけど、、、、すいませんでした。」
2度?すいませんでした?軽い違和感を感じたが
「正面の坂道ですね?ありがとう。行ってみます。」
感謝を伝えホテルを出ようとすると、女性は「そうです。先程お伝えした坂道を、5分程上がった所にある公園です。ワタシの説明が悪かったですね、、、
申しわけありませんでした。」
先程?何を言ってるんだ、この女の子は。
まあいい。きっと誰かと間違えてるんだろう。
「行ってきます。」男はそう言って教えてもらった公園へ向かった。
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どれくらい時間が経ったんだろう。
公園に着いたときにはまだ低かった満月が今では頭の真上にあった。
「寝ちゃったのか、、、、」
夜風の心地良さに男はいつの間にかベンチで寝てしまっていた。
「こういうのも結構いいもんだな。」
満月を見ながらタバコに火をつける。
「さて、戻るか。」
男は満月を背負いながらホテルへ引き返した。
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エレベーターを降り、部屋の前でポケットから鍵を取り出し鍵を開けた。
ドアノブを廻すと鍵がかかっている。
「あれ、おかしいな。」そう思いながら先程とは逆に廻してみる。
鍵は開いた。
「出ていく時に閉めたよな。確か。勘違いしたか。」
男は部屋に入り冷蔵庫から取り出したビールを喉へ流し込む。
シャワーを浴びる前には見えなかった満月が今は見えていた。
満月を見ようと窓に近づいたその時、男は違和感を感じた。
それも、強烈に。
月明かりに目を凝らすとベッドに何かがいる。
いや、誰か、、、が。
慌てて部屋の電気をつけると、男が寝ていた。
男は息を飲んだ。
顔が同じなのだ。男と、寝ている男の顔が、、、
その時寝ていた男が起き上がった。
そして言った。
「お前、、、誰だ、、、、、、、、、、、、、、」