見出し画像

ヤマムラさん

「いつもニコニコ、ニッコーのヤッマムラでえす!」



僕は高校生の頃、ガソリンスタンドでアルバイトをしていた。
そのガソリンスタンドではまあ、色々と面白い出来事があったんだけど、今回はヤマムラさんのお話。


国道に面していたからか、毎日、通勤時間帯ともなると休む暇もないくらいの忙しさだった。
その日はとても暑く、そしていつものようにとても忙しかった。混雑のピークを過ぎ、社員の中原さんと一息ついていた時、彼女は現れた。

「こんばんは~、いつもニコニコ、ニッコーの
ヤッマムラでええええす!!!」



僕と中原さんの時間は止まった。



僕と中原さんはあの時何を見ていたんだろう?

きっと虚空だ。


そんなことにはお構い無しにヤマムラさんは追撃をかける。

「きょうはぁ、ニッコーの珍味をお届けにあがりましたぁ~。」


彼女はどうやら、珍味の売り込みに来たらしい。

僕と中原さんの時間は動きだす。

これは負けられない戦いだ。
僕と中原さんVSニコニコ、ヤマムラさん

火蓋は切られた。

先制はニコニコヤマムラさん。
「とぉっても美味しいですよぉぉ~、ニッコーの珍味!いかがですかぁ!」

中原さんのターン
「結構です!」

ヤマムラさん
「えぇぇ!そんなぁ~、とぉっても美味しいんですからぁぁ!」

中原さん
「結構です!」

ヤマムラ
「お安くなってるんですよぉぉぉ!」


「結構です!」

僕の心中
(さっきから「結構です。」しか言ってねえな、中原よ。)

ヤマ
「ぜえぇったい、後で食べたくなりますよォ♥️」


(なんだか、かわいこぶってやがるヤマムラ。)


「結構です!」


(最後まで貫きやがった、中原。)


そうしてバトルは終わり、ヤマムラさんは撤退した。

それでもヤマムラさんはこんなことでへこたれるような人ではなかった。

                                      𓁍𓀌𓀎


「ざぁっしたー!」「らっしゃあせー!」
「レギュラー満タン。入りマース!!」
「ざぁっしたー!!」

ラッシュを乗り越え事務所へ目を移すと、中原さんとヤマムラさんがバトっているのが見えた。

やべぇなあの人、、、、、また来てるよ、、、、

その日、一緒のシフトだった田村君にこの間のことを説明しつつ事務所に目を遣ると、ヤマムラさんの姿は消えていた。室内で冷気を浴びながら中原さんに話しかける。
「どうやって追い払ったんですか?」

「いや、今トイレに行くって出ていっただけだ、、」
中原さんが指差した先には、珍味満載のバッグが2つ置かれていた。
「大体、珍味の売り込みってなんな、、、」

言いながら田村君を見ると、活動限界を迎え外を見たままフリーズしていた。
そこには黒タイツを全身に纏ったヤマムラさんの姿があったのだ。

ひと目見たその時。

僕のなかで何かが弾けた。

トゥクン...............


ヤマムラさん総合優勝。

中原さんは腹を抱えて笑っている。

田村君は、あるある探検隊の西川君のように固まり続けていた。

                                      ;𓁟𓀙𓀥

それからというもの彼女は、1週間のうちに2~3回訪れるようになり、そのうち僕らは仲良しになった。
ヤマ:「いつもニコニコ..」

僕:「知っとるわ!!」

みんな:「アハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

彼女はいつだって、珍味でパンパンのバッグを両肩にぶら下げていた。


ヤマムー:「レギュラー満タンで!!!」

僕:「それ、チャリンコやろがい!!!!」

みんな:「えへへへへへへへへへへへへへへへ!!」

彼女はいつだってニコニコ顔でやってきた。

年齢もそんなに離れているカンジではなかったから、仲良くなるのに時間はかからなかった。

僕は”ヤマムー”というあだ名をつけた。
勝手に。

ヤマムーは「ありがとぉぉぉぉぉ!」
とニコニコしながら、僕に抱きつこうとしてくる。
「やめろぉぉぉぉ、、、」

「待てぇぇぇえ!!!」

「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」


僕らはヤマムーがいる時間がとても楽しかった。

きっとヤマムーも。


𓀠𓀥𓀤𓀥𓀤𓀠𓀤𓀠𓀥𓀤𓀥𓀤𓀥𓀥𓀥𓀤𓀠𓀠𓀠𓀤𓀤𓀠𓀤𓀥𓀠𓀤𓀠𓀥𓀤


ある日、窓拭き用のタオルを洗濯しようと洗濯機のところへ行くとヤマムーがしゃがみこんでいた。
建物の裏手で、お客さんからも、従業員からも死角になる場所で。
「どうしたの?ヤマムー。」
僕が聞くと
「うん。ちょっと疲れたかな。」

僕はそれ以上聞いちゃいけないような気がして、
「ちょっと待ってて。」とだけ言ってジュースを買い、そっと手渡した。

ヤマムーは静かに受け取り、話しだした。

「ホントはね、会社、潰れたんだ。それで、退職金代わりなんだってさ。珍味が。はぁ、これからどうしたらいいんだろ。」


僕の行動は素早かった。
自分で言うのもどうかと思うけれど。
だって、お金じゃなく珍味が退職金って、そんな馬鹿なハナシはないもんね。

中原さんと店長にヤマムーの事を話し、なんとか店先で売ることはできないかを一緒に考えてもらった。

「いいじゃねえか。」

まさか、店長がそんな事を言うなんて、僕はとても胸が熱くなった。

                                  💥💥💥


ヤマムーも僕らも、一生懸命だった。
常連さんに声をかけたり、近くのお店に声がけしたり。
おかげさまで1週間もしないうちに完売となった。
2、30箱はあったんだよ。
それが、みんなの協力のおかげで売り切れたことは本当に感謝しかなかった。

「ありがとうございました。」

泣きながらヤマムーはそう言った。
僕らも泣いちゃった。

ただ一人、店長を除いて。

それでも、僕には分かったんだ。
店長も嬉しいと思っているってね。

僕がおどけて踊りだすと、みんなが笑いだした。

「なにやってんだよ、バカだな」

って。


                                 🤣🤣🤣

夏が終わるといつもあの夏のことを思い出す。

ヤマムーと過ごしたあの夏のことを。












「いつもニコニコ、ニッコーのヤッマムラでえす!」


今も元気でいるだろうか?








この記事が参加している募集

#夏の思い出

26,340件