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来年の抱負


自分はMBTI診断でいう所のINTPで、
わからないことは分かるようになるまで
夢中で調べてしまうタイプだ。

時には現実を忘れてしまうほど問題の分析に
躍起になってしまう。

実際今もなお、タスクが相変わらず山積みで、
手前のできる事からさっさと処理して
早い所やりたいゲームなどに手を付けたいのに、
気づいたら12月の半ばだ。

中学の頃から社交不安障害で視線恐怖が酷かった。
子は本来、親から人との交流の仕方を学ぶらしいが
うちの親は他人との交流が下手で学びようが無かった。

複数人が楽しげに話してる教室に入れなくなった。
授業中に正常な呼吸のしかたを忘れて呼吸困難に陥った。

遅刻や不登校を重ねる度に視線恐怖は酷くなり、
遅刻や不登校や仮病を繰り返す悪循環に陥った。
時には学校に行きたくなさ過ぎて
階段から身を投げ脚に大きめのアザを作った。
遅刻や不登校に否定的な親を黙らせるための
理由付けだったが、あっさり治ってしまい
いっその事入院したくなった。
結果的に卒業できたものの後半は相談室通いだった。


ある日、横断歩道の反対側で青信号を待っていた
統合失調症らしき見知らぬ男性に
「僕は貴方に何かしてしまいましたか?
 僕のことを睨みませんでしたか?」
などと捲し立てるように聞かれ固まってしまった。

後に統合失調症という病の存在を知って
腑に落ち、同時に胸をなで下ろした。


親が何かに取り憑かれているかのように
自分が小学校就学前から習い事をさせたり、
勝手に期待して失望されてを繰り返した。

趣味を否定し、人付き合いに口出ししてきて、
聞いてる音楽についてもしきりに馬鹿にしてきた。

後に強迫観念や過干渉という概念を知った。
人格障害の用語である理想化と脱価値化という
言葉も親の趣味のダイエット法の模索や
占い、エセ医療や健康法へののめり込み方、
赤の他人への期待の仕方、
常日頃の全方位への振る舞いそのものだった。


とにかく生きづらかった。
ある日、Wikipediaで色々調べてたら
機能不全家族やアダルトチルドレンという
項目が目に入り凍り付いた。まさに自分の家族の
在り方そのもので怖いくらい当てはまっていた。
しばらく泣きながらその概念を頭に叩き込んだ。

親が部分的に幼いまま人の親になり、他人の家庭を
滅茶苦茶にしてまで旦那を奪ってきて
不倫という名の共犯でこの家庭を築いた事を考えると
この家庭環境が滅茶苦茶なのは当たり前だなと
妙な合点がいった。世代間連鎖の果てなのだ。

愛情飢餓を満たそうとして略奪してきた
旦那と子を5人も産んだ。
己の達成欲を満たしたくて、そして
旦那の期待に応えたいがために、しきりに
子供に習い事をさせ成功させようとした。
己の学歴コンプレックスから子供に
良い学校に通わせたくて教育虐待も働いた。


無知は怖いから、なるべく分かろうとする。
調べることで予備知識を増やす。

ずっとそうして理解できない物に現実で
ブチ当たっては、どう対処するべきかを
覚えたてのネットを駆使して精査を繰り返してきた。

ただ、いくら調べてもわからない事というものも
世の中には無数に存在する。

そして不安は心の奥底から無尽蔵に湧いてくる物だ。
だからある程度分からない事について、時には
憶測で妥協したり諦めたり合理化したり
別の角度から俯瞰する必要があったりする。

他人の不機嫌に自己関連付けをしていたら
きりが無いように、研究家でもないのに専門外の
難しい事について考えたり調べてもきりが無いからだ。

どうしても腑に落ちない/気になることがあったら
身の周りの人や専門家に相談し、頼るという術を
ようやく多少使えるようになった。

それまでは全て自分ひとりで問題が発生するたびに
背負い込んでいたので本当にどうしようもなかった。
頼るべき人(身内)に頼れないから
自分で解決しなければという強迫観念に
取り憑かれ続けていた。そら病気にもなる。
これもまたヤングケアラーの後遺症だ。

来年はより気軽に他人に頼りどんどん
己の負担を減らしていけたらいいなと思う。
自分のゴミの副産物みたいな
しょうもない人生をよりマシにしていくために。

生きる活動に使わせていただきます