「描く日々」に出会う

「WIRED」「ART IT」、表紙だけで手に取りたくなる先鋭のデザインや情報が詰まった雑誌。自由に羽ばたくような編集を担っていた佐藤直樹は、現在、ひたすらじっくりと描くことに向き合う日々を過ごしている。

2013年にはじめて木炭絵画に着手し、2014年から完成を想定しない絵画をアーツ千代田3331でのコミッションワークとして制作し始める。《その後の「そこで生えている」》は2017年の同会場における個展「秘境の東京、そこで生えている」で全長約100メートルに及び、2019年の太田市美術館・図書館での個展「佐藤直樹展:紙面・壁画・循環」ではついに160メートルを超えた。そして佐藤が描く植物は今でも左から右へと増殖している。

点と点が線になり、時間の蓄積とともにひとつの物語が語られているように見える。はじまりはアーツ千代田3331のしだれ桜、その後2014年には大館・北秋田芸術祭へと場を移し、絵画は繋がっていくのだが、作家が出会った人や風景のストーリーがタピスリーのように織り込まれているのではないか…。しかし、佐藤の話を聞くとどうやらそうではないらしい。ただひたすらに出会った植物に向き合い、描き写す日々。最大の武器はスマートフォン。道端でパシャリ、それを自分の縄張りへと持ち帰る。現代の最も有能なツールを相棒に植物を手で淡々と描き込んでいく。

私はじっとりと、熱く、寄り集まる植物たちを目の前にする。描かれた植物たちは日本に自生している植物とは違う、異質の空気を放っているように思えた。佐藤は生命力の強い植物をただ描いているだけだと言う。そこにアーティストの創作はない。リアルを求める佐藤の執拗な視線は、私がぼんやりと植物を眺めていただけの淡白な視線と対極にある。私ははたして目の前に広がる草木を誠実に捉えてきたのだろうかと自問した。

佐藤の目を通過した植物たちはただひっそりと佇んでいるだけなのに、「私」というフィルターが入ると、まるで違うものに変質していく。真摯に向き合う「描く」行為に鑑賞者がこれまで経験してきた植物へのまなざしが混ざり合う。作家の視線との相似や相違によって、私が謎めいた熱帯夜を感じたように、見る者それぞれの感覚が立ち上がってくる。だからこそ、その先を見たくなるのではないだろうか。しかし、誰も完成にはたどり着けず、佐藤の行為を追いかけるしかない。なんだかまるで、クールな雑誌を追いかけていた若かりし日々と重なるではないか。

荒生真美


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