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ダフナ・タルモン「ギフトプロジェクト 東京2021」 考えさせられるギフトとは。

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「東京ビエンナーレ2020/2021」のソーシャルダイブ・プロジェクトでは、海外アーティストの来日は叶わなかった。ただしダフナ・タルモンは、イスラエルから東京のプロジェクト参加者と会期前に密に連絡を取った。多くのボランティアに支えられて、彼女にとって初のイスラエル外でのプロジェクトは実現した。

ギフト提供者とのZoom会議


日本のギフト提供者とのミーティングは、ダフナがギフトプロジェクトを初めたきっかけの話から始まった。

2012年に愛犬NINAをガンで安楽死させたとき、ダフナは何もかも置いて5日後にコスタリカで仕事を始めた。数か月後に、イスラエルのダフナの父から、残していった荷物を倉庫にいれていいかと聞かれ、燃えてしまえばいいと思ったという。次の犬を迎える準備はできていない。どこにも定住できないし、どこにいても自由でありたいと思った。住居を定めず、住み込みでペットの世話をする仕事をした。3年半で、60件以上の家を転々とし、43匹の犬、50匹以上の猫、3羽の鶏の世話をした。

時間に余裕ができたダフナは、ファインアーツの大学院に入学した。学友から2日間砂漠に行くツアーに誘われた時、インコがいたので行けなかったので、「負けた、自由とは何かを再定義しなくてはならない」と思ったという。倉庫にあったすべての所有物の写真を撮ったあと、それらをすべて燃やすことはできないかと火葬場を尋ねた。人間しか焼けないという火葬場の人に、燃やすのは「昔の私」なんですと食い下がったが、焼いてもらえなかった。

この体験が美術とかかわる大きなきっかけとなった。卒業制作としてすべての持ち物を茶色の包装紙でラッピングし、来場者にプレゼントしていった。人は最も良いプレゼントを選ぼうとしたが、包装の中身が見えないので選べない。

オンライン展示IMG_1876


この作品は消費主義に対する皮肉であり、来場者に必要のないものを持って行ってもらう意地悪な面もある。一方、ある人のガラクタが、別の人の宝になることもなくはない。

自分の持ち物をすべてプレゼントした後、他の人に声をかけて不用品を募った。アイスクリームカーでイスラエルの北から南へ移動し、不用品を集めてギフトとして配るプロジェクトは、イスラエルのFresh Paint Art Fair2019で実現した。

オンラインイスラエルIMG_1878


ダフナに、あげたくなかったもの、あげたけどもう一度買いなおしたものはあるか、と聞いてみた。

「基本的に、ない」そうだ。写真をとって、手放すものと、残しておくものを分けて記録し、日記など見返したいものはとってあるという。唯一の後悔が、インターネットに乗ってないことが書いてある手製の地理ノートだとは、都市計画を専門とする地理学の学士号と修士号を持つダフナらしい。

ミーティングでは、参加者それぞれが持ち寄ったギフトのストーリーを共有した。私は3点のギフトを用意した。一つは、オランダで購入したクリスタルの風車のキーホルダー。そのほかに、飛行機の機内で配られる新品のアメニティセットを2つ用意した。

提供ギフトキ

提供したギフト


ギフトにはカードがつけられたが、私は次のような手紙を匿名で同封した。

「ギフト1:オランダの風車のレーザー彫刻のキーホルダー
LASER-ENGRAVED Dutch crystal windmill Key chain

・オランダに住んでいました。ざまざまな素晴らしい文化があり、風車もその一つでした。クリスタルのキーホルダーを帰国するときにギフトショップで買って帰りました。自分で使おうとしましたが、もったいなくて使えない。人に差し上げようかな、とも思いましたが、もったいなくて手放せない。このようなアートプロジェクトの一部になるのであれば、手放せるかと思いました。
(中略)
・「手放す」ことについても考えました。なぜ手放せないのか。思い出があるから。この先使うかもしれないから。新品だから。まだ使えるから。壊れていないのに手放すのは罪悪感があるから。いろいろな理由で、自分にとっては価値があるものの、身軽に自由にもなりたい。判断をとめて保留しているものが、手放せない。ダフナさんのように自由になるためには、「手放す」ための判断時間=コストを払わなくてはならないと気づきました。

・とはいえ、こちらのギフトをあなたご自身が気に入ってくれれば、あるいはだれか別の方へのギフトとなれば幸いです。私はギフトについて考える機会をすでにいただきました。「悩み」は「考える機会」であることにも、気づかされました」。

アーツ千代田3331でのボランティア


ギフトは特設コーナーで回収され、ボランティアによって、色とりどりにラッピングされた。できるだけ中身が見えないよう、カラフルになるようにというダフナの希望を叶えようと、何日も回収、ラッピング作業が続いた。ラッピングペーパーやマスキングテープもプロジェクトの支援者より無償で提供されたという。

ギフト回収棚_ラッピングボランティア

左/ギフト回収棚 右/ギフトラッピング


最初のZoom会議から1か月後、ついに展示がスタートした


展示


2021年8月4日~17日の2週間、松坂屋上野店の1階でギフトプロジェクトが展示された。東京バーションということで色とりどりのラッピングペーパーとマスキングテープで彩られたインスタレーションは、茶色に統一されたイスラエルでの展示と印象が異なった。ギフト提供者は、その交換としてギフトを受け取ることができる。私も3つ選んだ。ピンクの柔らかい包み、ブルーの本のような四角い包み、そしてカラフルな長細い包み。

ラッピングを開けてみると、当たり前だが、自分に必要なものではなかった。手放した数だけ不必要なギフトが戻ってきた。ダフナの言うとおりだ。そんな時は人にあげてもよし、処分してもよしと言っていた。

もらったギフト

交換して受け取ったギフト


子どものころに私自身が開いたバザーを思い出した。あれは小学校1、2年生のころだったと思う。手元にある小物を友人にあげてもよいと思い、学校で友だちに「自宅でバザーを開くからおいでよ」と招待した。幼稚園で年に一度あったバザーを、ちょっといいなと思っていたように記憶している。
友人の母から私の母に「本当に良いのでしょうか?」と問い合わせが入り、バザーが発覚してしまった。怒られたが、もう招待してしまったので、一度だけ開催を許された。おぼろげながら覚えているのは、畳の部屋に低いテーブルを並べ、友達に好きなものを選んでもらった。その時は交換ではなかった。もちろんダフナのように愛犬の死に絶望し深淵な考えに至ったわけではなく、子供らしくお友だちを喜ばせたいと思ったのだろう。7、8歳の自分の、表面上は似ている思い出が、別の国でアートプロジェクトとして存在しているようで不思議な感じがした。

ダフナ・タルモンのギフト・プロジェクトには、記憶を呼び起こし、考えさせる働きがあるようだ。ギフトを提供し、受け取った人それぞれに、多様なストーリーがあるだろう。

ダフナはいまイスラエルで、新しいプロジェクトを検討しているという。また、考えさせられるのか、記憶が呼び起こされるのか。自らを「新人アーティスト」と呼ぶダフナの次のプロジェクトを楽しみにしている。

取材・文・撮影:佐藤久美


#ダフナタルモン #ギフト #美術 #アート #東京ビエンナーレ