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藝大生と社会人が交わる時、生まれる視点——キュレーション教育研究センターとYAUの新たな取り組み

2023年春、東京藝術大学に新しく「キュレーション教育研究センター」(CCS)が立ち上がった。​ホームページによればCCS​​は、歴史的、伝統的なキュレーションの概念や役割とともに、現代社会の課題を反映して多様化する「キュレーション」に取り組む教育と研究の場。そのCCSがYAU STUDIOを拠点にパイロット版として開講した「展覧会設計演習Ⅰ・II」、「演習:アートプロジェクト 音楽×身体×福祉」の様子をレポート。社会人と藝大生が共に学んで得たものとは。

とある週末。オフィスビルが立ち並ぶ丸の内で、壁や街路樹のにおいを嗅いで回る集団を率いたり、「丸の内の世帯数21」などと書かれたゼッケンをつけて走る人を誘導したり、はたまた、和音を奏で合うという一風変わった“合コン”のプランを提案したり……なにやら気になる企てをする人たちがいた。
これは、東京藝術大学が社会とアートのつなぎ手を育てるべく新設したCCSと、大丸有エリアマネジメント協会や三菱地所が大丸有(大手町・丸の内・有楽町)のビジネス街をアートの力で進化させるべく展開している実証実験プログラム・YAU(有楽町アートアーバニズム)との共同プロジェクトの一幕である。

藝大にとって、学生が単位を取得できる正規の授業を社会人にも開くのは初めての試みで、今回はそのパイロット版として2つの演習を有楽町のYAU STUDIOで週末に開講。「展覧会設計演習Ⅰ・Ⅱ」は2023年6月〜7月の前期と2023年11月〜2024年1月の後期に分け、もう一つの「演習:アートプロジェクト 音楽×身体×福祉」は後期のみに集中。終盤には集大成として、前者は展覧会とその関連イベントを、後者はアートプロジェクトのプラン発表を行った。

全学から参加を募った藝大生と、さまざまな職種の社会人が参加し、その経験と個性を活かしながら短期間でアウトプットに向けて進められた両授業。ここではそれぞれの概観をさらいつつ、講師や関係アーティスト、そして新たな試みに飛び込んだ学生・社会人受講生たちが、実際にどんなことを感じたのかを中心にお伝えしたい。

文=小林沙友里
写真=石崎りり子、あづまたかひこ、東海林慎太郎、中川陽介、中川周


アーティストとともに展覧会開催まで駆け抜けた「展覧会設計演習Ⅰ・Ⅱ」

東京都現代美術館学芸員などを経て、国内外で現代美術の展覧会企画に関わる現役のキュレーター、難波祐子(キュレーション教育研究センター 特任准教授)が講師を務める「展覧会設計演習Ⅰ・Ⅱ」は、その名の通り、展覧会を設計する演習だ。第一線で活躍する講師から、展覧会の企画から制作、運営までのキュレーションプロセスを実践的に学べるのが大きな魅力となっている。授業の時間は土曜の10時から13時で、前期「Ⅰ」は、特に社会人から多くの関心が寄せられ、16人が受講。展覧会見学や街歩きなどもしつつ、展覧会にまつわる歴史やその制作に関する知識を学んだりしながら、最後に3つのグループに分かれて実現したい展覧会の企画書と予算書を作成し、プレゼンテーションした。

写真=石崎りり子​
写真=石崎りり子​

そしてほとんどのメンバーが引き続き参加した後期「II」では、展覧会『めぐる、身体。めぐる、丸の内。』を企画。2チームに分かれて、参加作家の井上尚子、津田道子と相談を重ねながら制作を進め、YAU STUDIOの一角やSlit Park YURAKUCHO、大丸有エリア各所の会場で参加・体験型のアートプロジェクトを展示と一緒に展開。2024年1月13日〜20日の会期中は一般に公開し、運営を行った。

展覧会づくりを演習の形に落とし込む「キュレーションのキュレーション」をした難波は、「大学生と社会人と一緒に、というのがまず大きな課題でした」と語る。「それぞれがどれくらいの経験やスキルを持っていて、どういうことを学びたいと思っているのか、集まってみないとわからないところがありました。どこまで手出しするか、その加減は演習を進めながら探りましたが、最終的に学科や職種を超えたチームができ、アウトプットとしての展覧会のクオリティは高かったと思います」

写真=石崎りり子

年末年始を挟んだこともあり、その準備は短期決戦。それゆえ、作家の選定については難波が前期から受講した参加者のプレゼンテーションと傾向を見ながら提案した。匂いと記憶をテーマに活動し、今回は大丸有エリアで匂いを手がかりにした街歩きワークショップ「くんくんウォーク」を行ったアーティストの井上尚子は、「社会人が入っていることが大きかったと思います」と言う。「このエリアで働いている人が多いから、いろんなところを知っていて、ワークショップの経路でゴミ捨て場に行くというのもナイスアイデアでした。デザイナーである社会人受講生が図やマップをプロの技でつくってくれたり、それによって学生に学びがあったりもして」

写真=中川陽介
写真=中川陽介

鑑賞者の視点と動作によって不可視の存在を示唆する作品で知られ、今回は日比谷や新橋方面まで足を延ばしてオリジナルのランニングコースを走るプロジェクトを行ったアーティストの津田道子からは、「キュレーターはハードワークになりがちだと思いますが、それは仕組みがそうさせていること。ただ大変なことを頑張るだけでなく、演習という機会にそれを見直して、制作する環境からつくるということを考えてみてもらえたら」と今後に向けたアドバイスもあった。

受講生のうち社会人からは、「アーティストと協働する面白さを通じてアートがもっと好きになった」「職業や世代を超えた良い人間関係を築けた」「大丸有がただの無機質なビジネス街ではなく、歴史がありたくさんの見所がある街だと知ることができた」といったポジティブな感想も多く聞かれた。

写真=東海林慎太郎
写真=あづまたかひこ
写真=中川陽介

また、学生には、「​展覧会の後半に色々と話す機会が増えたように、準備中も​学生、社会人​の​垣根な​く​​チームとして一人一人の特徴​​でやっていければ」「​演習はやればやるほど充実感が味わえると分かった」といった課題が見えたほか、「一つの企画を実装していくプロセスを概ね把握することできた」「経験と思い出がたくさんある街になった。自分の身体で街に介入するってこういうことなのかも」といった学びや気づきがあった。

大丸有という都市空間に着目し、アートと実社会を結びつけるキュレーションについて思考、実験した「展覧会設計演習」。今後に向けた課題を含めて、収穫の多い機会となった。

4つのユニークなプランが誕生
「演習:アートプロジェクト 音楽×身体×福祉」

写真=中川周
写真=中川周

さて、もう一つの授業「演習:アートプロジェクト 音楽×身体×福祉」は、さまざまな分野と連携して行うアートプロジェクトの実例について学びながら、音楽や身体表現を用いたプログラムをコミュニケーションツールとしても考え、大丸有地域に実装する企画を立てるというもの。

講師としては、長年コンサートの企画や制作に携わり、現在は音楽ワークショップのファシリテーション開発に取り組む箕口一美(東京藝術大学大学院国際芸術創造研究科教授)が監修し、音楽と身体表現を融合させた体験型プログラム「ムジタンツ」を展開する音楽担当の酒井雅代(キュレーション教育研究センター・コーディネーター)と身体表現担当の山崎朋(キュレーション教育研究センター 非常勤講師)が動かしていくという布陣だ。

火曜18時スタートのこちらの受講生は18人。うち15人の社会人は建設会社や製薬会社で働く人、カウンセラーや​​出版関係者​​、宿業を営み新幹線で通う人など多様な面々だ。はじめの4回は、これまで教育や福祉の現場でも取り入れられてきたクラシック音楽を題材とした体験型プログラム「ムジタンツ」をはじめ、YAUによるまちづくりや、STEAM教育(Science、Technology、Engineering、Mathematicsを統合的に学習する「STEM教育」にArtsを加えた教育手法)の実践など、アートにまつわる複数の事例をインプット。その後2回は4つのチームに分かれ、大丸有エリアにおける体験型プログラムの企画立案に向けて対話を重ね、「良い企画はまちなかで展開が可能かもしれない」という期待のなか、最終回は企画のプレゼンを行った。

写真=中川周
写真=中川周

それぞれの課題意識によって企画の方向性はさまざまで、休日のオフィス街を巡る謎解きスタンプラリー企画や、ワークショップを気軽にできる環境としてYAUをプレイルーム化する企画、全年齢対象の会社研修をアーティストと会社が共創する企画、感情を掻き立てる和音を使って出会いをつくる合コン企画など、個性的なプランが出揃った。

講師の箕口は、「最終的に受講生の一人ひとりが粒立って見えた」と言う。「とくに社会人からは、目の前のことを100%経験しようという態度を感じ​ました。そういうエネルギーを持った人が十全に働くことができれば、この社会はもっと良くなるのではないかと。学生のなかには受講を申し込んだけれど来られなかったという人もいましたが、社会人とフラットに学べるこういうチャンスにもっと敏感になってもらえたらと思います」

「当初思っていた以上に幅広い属性の方々が受講されていましたね」と話すのは酒井。「ムジタンツでやっていることも音楽に身体表現と幅広いので、共通点をもって企画に臨めるように、みんなで学ぶインプットの機会を設けました」。山崎は「それぞれの特性がプランに表れていました。過去のムジタンツの事例をなぞるということもなく、そんなに飛躍するんだ、というアイデアもあって面白かったです」と語った。

社会人受講生のなかには、「アートの力をはじめて実感できた」という人も。「初回、まだそれぞれの素性が知れない時にムジタンツのワークショップによって謎の一体感が自然に生まれて、こういうことか、と」。また、「アートに興味がなかったが、この授業を受けるようになって初めて美術館に行った」「仕事脳とは違うところを使っていることに気づいた。考え方や発想、議論の進め方などに発見があった」という声も聞かれた。

学生からは「自分がもやもや考えていることを受け入れてくれる大人がいる事実を知ることができてよかった。アーティスト以外にも面白い大人がいて、希望をもって社会に出られると思えた」「アーティスト側が押しかけていくことも大事だと感じた」と聞いている社会人たちがうれしくなるような言葉もあった。

​​2024年度からの本格的な授業開始に向けてパイロット運転されたふたつの演習。​全体を通して多くの​社会人と藝大の​受講生、そして主催側も、アートが持つ可能性と、それを活かし得る人や街の可能性を再認識した今回。​時にハードな日程をこなしながらも、演習という濃厚な時間と交流を経て​それぞれの学びや気づきが今後に活かされることで、藝大とYAUの双方が目指す、社会にアートを根付かせることにつながっていくだろう。


概要

  • 「展覧会設計演習」

    • I前期日程:2023年6月〜7月(全5回、毎週土曜)

      • 受講者数:25名(藝大生9名、社会人15名)

    • II後期日程:2023年11月〜2024年1月(全8回、毎週土曜)

      • 受講者数:18名(藝大生8名、社会人10名)

    • 展覧会:『めぐる、身体。めぐる、丸の内。』

      • 日程:2024年1月13日〜21日

  • 「演習:アートプロジェクト 音楽×身体×福祉」

    • 日程:2023年11月〜2024年1月(全7回、毎週火曜)

    • 受講者数:18名(藝大生3名、社会人15名)

2024年度の受講者を募集します!

2024年度は「有楽町藝大キャンパス」として、正式に開講いたします。「展覧会設計演習」と「演習:アートプロジェクト 音楽×身体表現×福祉」をふくむ5講座の詳細は、こちらのWebサイトよりご確認ください。


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