朝マックとお彼岸

朝マックを食べていた。いつもこの時間は空いている。客は老人かひとり客しかいない。現場には自転車で通勤しているのだが、夜勤明けは駅前のマクドナルドに寄ってから帰ることにしている。外国語のボーカルの入った意味のないBGM。誰かが新聞をめくる音がする。張りつめていた気持ちが、労働が終わって朝マックでゆっくり解きほぐされていくのを待つ。

しかしその日はおばさんふたり組みがいた。店の雰囲気や他の客の視線などを気にすることはなく、大きな声を出して自分たちの話に夢中だ。静かな朝のひと時が台無しになった。うるせーな、と思って硬いソーセージマフィンをかじっていたが、聞こえてきたおばさんたちの言葉にはっとした。

昨日はお彼岸だったからおはぎがらどうのこうの、と言っている。お彼岸。おはぎ、もそうだがおれのツイッターのタイムラインでは目にしなかった言葉だ。すぐにiPhoneを使って検索した。昨日は彼岸の中日で今日も彼岸のうちに入るようだ。彼岸というのは一週間も続く。知らなかった。そういうことに敏感な暮らしがある。昔はおれのまわりでも誰かがそんな話をしていた。

話をしているおばさんの方を見た。ふたりともおれと同じ年齢くらいに見える。自分にはまったく関係ない人にしか見えなかったが、住んでる地域が近ければ同じ小学校に通っていたかもしれない。しかしここは大人になってから流れ着いた土地だ。知ってる人はいない。おばさんたちを見ていてゆうちゃんのことを思い出した。

おれは幼稚園の時はおばあちゃんの家に住んでいたが、小学校に上がって母と暮らすようになった。おばあちゃんの家は海に近い南の町だった。歩いてすぐ行けるところに砂浜があり、夏はそこで海水浴をした。新しい家のそばにも海はあったが、今度は砂浜はなかった。その代わりに工場があった。学校の窓からガスの丸いタンクや発電所が見える。国内でも有数の工業地帯だと授業で先生が言っていた。工場の手前は松林の広がる大きな公園になっている。海は埋められて泳ぐことはできなくなったが、昔の浜の名残りが公園として整備された。そこでゆうちゃんはおれにコマなし自転車の乗り方を教えてくれていた。ゆうちゃんはその頃向かいの家に住んでいた同い年の女の子だ。

ゆうちゃんの名前は漢字では「遊」と書く。小学校に入ったばかりのおれには難しい字だった。どう書くのか聞いたら「子供のくせに「遊ぶ」の字を知らんのはおかしいで」とゆうちゃんは言った。そんなことを言う友達は他にはいなかった。どうしておかしいのか正直おれにはよくわからなかったが、ゆうちゃんがそう言うならそんな気がした。漢字を覚えるまで何度も反復練習させられた。おれが学校で誰と話していいかを決めるのもゆうちゃんだった。

難しい漢字や自転車の乗り方だけではなく、ゆうちゃんは他にもいろんなことを教えてくれた。いつも聞いたことがない歌をうたっていた。まだ誰も持っていなかったファミコンを初めて遊んだのもゆうちゃんの部屋だ。野球のゲームで高く打ちあがったフライをボールの影と音で追いかける感覚は、コマなし自転車に乗っている時に似ていた。ゆうちゃんの背はおれよりも高くて、足も早い。一緒にお風呂に入った時はゆうちゃんに体を洗ってもらっていた。母は夜に働いて昼は寝ていたので、あまりおれのことは構えない。それでゆうちゃんによく「この子の面倒見たってなー」と言っていた。この子というのはおれのことだ。だからゆうちゃんはおれを子供のように扱った。同い年なのに。ゆうちゃんはたぶん大人の言葉を全部真に受けていたのだ。自分を大人だと思っているようだった。

ゆうちゃんに聞いた怖い話を覚えている。おれが嫌がるほどに聞かせてきた。魔の高速道路の話だ。どこかに一度乗ると二度と降りられない高速道路がある。ジャンクションはらせん状になっていて、山のあいだをどこまでも回り続けていく。高く高く登っていったところで突然道路が途切れて、そこから車は深い谷に落ちていくのだ。どれがその高速道路か乗ってみるまではわからない。道路がらせん状になったら、もう後戻りできないと覚悟するしかなかった。

「高速道路はもともと人が作ったものじゃなくて、昔神様が歩いていた道なの。だから人間が勝手に使っていると時々そうやって罰があたるのよ」なぜか怖い話をする時は、ゆうちゃんは普段とは違う話し方をした。

学年が上がるにつれてゆうちゃんとは距離ができた。おれはだんだんゆうちゃんのことを口うるさくてめんどくさいと思い始めた。それにクラスも違う。ゆうちゃん以外の友達とも遊ぶようになり、好きな子ができた。家は向かいなので顔を合わせることはあったが、こちらで避けるようにしているとそのうちゆうちゃんからも話しかけてこなくなった。小四になった時、おれはさらに北の方の町に引っ越した。海はもうまったく見えない。それからゆうちゃんとは会っていない。

ゆうちゃんも今頃どこかの町のマクドナルドで、誰かとお彼岸の話をしているのかもしれない。やわらかいおはぎをそっと供えているのかもしれない。今はもう本当の大人になっただろう。うすいコーヒーを飲みほした。iPhoneをしまう。おばさんたちが少し違って見えた。今は子供の学校の先生の話をしている。「イケメンじゃないとイヤだー」とどちらかが言って、やはり周囲のことなど一切気にせずに大きな声で笑っていた。

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