File.52 原因不明の「音が出ない」からの復活、ジストニアとの闘いで見つけたPDCA  沼田司さん(バストロンボーン奏者)
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File.52 原因不明の「音が出ない」からの復活、ジストニアとの闘いで見つけたPDCA  沼田司さん(バストロンボーン奏者)

Arts United Fund(AUF)
オーケストラや吹奏楽、ビッグバンドなどで幅広く演奏するほか、編曲家やコンクール審査員としても活躍してきたバストロンボーン奏者の沼田司さん。45歳頃からジストニアを患い、一時は演奏できない状態になりながら奇跡的な復活を遂げ、現在は再び演奏と指導に活躍している。闘病を通じて、楽器演奏・指導全般に通じる発見もあったという。まだまだ情報が少ない難病との闘いをどのように乗り越えたのか、その始まりから現在までを丁寧に語ってくれた。
取材・文=鉢村優(音楽評論)

——まずジストニアとはどんな病気か教えて頂けますか。
 
ジストニアは筋肉を自分の意図通りに動かせなくなる病気です。全身性ジストニア(全身の動きや姿勢の異常)と、局所性ジストニア(手や足など部分的な動きの異常)があり、筋肉を調節する脳の働きの異常によっておこると考えられています。
局所性ジストニアのなかでも「職業性ジストニア」という職業特有の動きに関連する種類があり、音楽家にしばしば見られる病気です。ジストニアは国指定の難病なのですが、職業性ジストニアは症例が少ないため、特に一般の認知度も研究者も少ない状況です。
 
——発症の原因について何か思い当たる節はありますか。

僕の場合はストレス、不規則な生活リズム、働き過ぎですね。具合が悪くなったころはバレエの仕事がずっと入っており、全国ツアーや1日2公演など昼夜を問わず仕事が続きました。バレエは金管楽器、特に私が吹いているバストロンボーンにとって負荷の高い仕事です。「吹きすぎて“口が取れる”ってこういうことか」とヘトヘトになっていました。
バレエは低音域の楽器が出す1拍目の音が踊りのきっかけになることが多いのですが、低音域の楽器の中でも音が大きく・舞台上から聞こえやすいバストロンボーンにダンサーとのコミュニケーションが託されます。同じ低音楽器でもコントラバスは人数が少なくて音が小さいし、テューバの音は低すぎて舞台上にいるダンサーには聞こえづらいのです。
 
具合を悪くした頃、一緒に仕事をしていたのはバレエに不慣れな指揮者でした。指揮が怪しくても「ここで出てほしいんだろうな」というタイミングを察して吹くのですが、こちらは不安で仕方ありません。ダンサーはバストロンボーンを聴いて踊るから、僕らが下手をすると怪我をさせてしまうのです。彼らの安全、つまりダンサー生命を背負う重責のなか、ハードワークでますます疲弊していきました。
 
そんな暮らしをしていて、45歳ごろから調子が悪いと感じ始めました(インタビュー時は58歳)。もともと調子にムラがあるタイプで、「またいつものスランプかな?練習したら戻るだろう」と思っていました。でも練習するほど悪くなっていくのです。練習方法が悪いのかと思って色々試したのですが、それがジストニアの怖いところ。神経の誤作動が原因なので、練習するほど誤作動の確率が上がっていくのです。
うまく演奏できず仕事が減っていき、当時所属していた音楽団体も次々に辞めざるを得なくなりました。やがて完全に音が出なくなって、雨戸も開けずお風呂にも入らず、一ヶ月引きこもりました。ある日雨戸を開けてみたらすごくいい天気で、布団を干してお風呂に入ってみたら空っぽの泉が湧き出た感じがありました。その時初めてトロンボーンを続けようか辞めようか―と自問して、まだ原因も分からず音も出ないのに「続けよう」と迷わず思ったんです。
明らかにうつ病なので近所の診療内科を探してカウンセリングを受けたのですが、そこでは原因が分からず、ジストニアだと判明したのは5年後、50歳の時でした。

——ジストニアだと気づいたのはどんなきっかけだったのですか。

うまく演奏できない原因や解決方法についてネットで調べていたら「アレクサンダーテクニークというものがあるらしい」と知り、レッスンに行ってみたんです。すると最初のレッスンで「ジストニアですね」と言われました。ほっとしました。練習をしてもしてもだめだったのはジストニアだったからだ、と。
音が出ない理由は、アンブシュア(音を出すために作る口元の姿勢)にジストニアが生じていたからでした。唇の両端のグリップが全くできないのです。神経が誤情報で混濁してしまっているので、正しい情報を通すことで神経の回路が“綺麗”になるように、悪いことはせず、正しくできることだけを繰り返す。そうして少しずつ症状を改善していきました。



——ふたたび音が出るようになるまでの具体的なプロセスを教えて頂けますか。

まず、楽器も持たずに身体を観察しました。すると会話の中で「トロンボーン」という単語が出てくると首がこわばることが分かりました。唇より前に、根本的な問題として首があったのです。首が強ばる理由は、音が出ない恐怖を「トロンボーン」という単語をきっかけに思い出しているのだろうということでした。ほっとしたのは、頭の中で好きなメロディーを奏でていれば首は強ばらないと気づいたことでした。音楽そのものを嫌いになったり怖くなったりはしていない、ということだからです。
「トロンボーン」という単語で強ばらなくなったら、次に楽器のケースを開ける。そこで「あ、いま首が強ばっているな」と認識します。そして、「これは危険なものではないよ」と自分に言い聞かせます。それを繰り返して、こわばらなくなるとマウスピースを持つ。するとまたこわばる。「これは危険なものじゃない、大切な相棒だよ」とまた言い聞かせるのです。それで強ばらなくなったらマウスピースを口に当てます。するとまた強ばるので「大丈夫だよ」と言い聞かせて……そうして、唇でアンブシュアを作ってみる。息だけを吹き出す。バジング(音を出す)する。マウスピースで音を出す。最後にマウスピースを楽器に付けて、ついに楽器で音を出せた!このようにして、本当に小さなステップを積み重ねて回復していくのです。
 
ジストニアの治療に限らないのですが、楽器演奏ではいわゆるPDCA(Plan-Do-Check-Action)、とくにCが大切です。「何が良くなかったんだろう」と正確に認識することで後戻りせずに済む。1/10歩ずつでも確実に進んでいる実感があり、モチベーションにつながりました。「悪くなることはしない、良くなることだけをする」というノウハウを学んだのです。それはジストニアという病気の特性もあり、とても大切なことでした。
 
——このコロナ禍をきっかけに始められたオンラインレッスンについても教えて頂けますか。
 
1回5000円で時間は無制限でやっています。オンラインレッスンは生の音が聴けない制約があるはずなのに、対面レッスンよりも効果的なところがあると分かりました。よく対面レッスンでは「先生の前ならできたのに一人になるとできない」という不思議な現象が起こるのですが、オンラインレッスンではそうはなりません。
レッスンでは生徒さんにまず吹いてもらい、コメントして、吹き直して貰う。そして「今度はどうでしたか?」と問いかけます。「さっきよりいい感じ」と答えが返ってきたら、「どこがどういい感じ?」とさらに尋ねます。「息の感じがいい感じになりました」とか「深く吸えるようになりました」とか。こうした対話を通じて、自分の吹き方やその問題点についての解像度が上がっていきます。
「じゃあそれらを気にしながらもう一度やってみよう」と促すと、できなかったところができるようになっている。生徒さんはこの対話のプロセスを通じて、なぜできたか、なぜできなかったかを自分でPDCAしているのです。オンラインレッスンは音や環境が不自由な分、先生も生徒も具体的で明確な言葉でやりとりしています。確実な言葉で理解しているから、レッスンが終わった後も自分の力で望ましい演奏ができる状態が続くのです。
 
管楽器の指導ではよく「息の支え」といった抽象的なワードが使われますが、それはつまり吸うための筋肉と吐くための筋肉の拮抗であって、両者は別物です。「息の支え」という曖昧なワードだと生徒は内容を理解しきれず、家に帰ったときにできない、という事態が生じます。具体的で確実な言葉にすることで曖昧な指導と理解を避けることができ、短時間で最大の効果が出るのです。

画像22021年に結成した「東京ブラスカルテット」

ジストニアを患った音楽家は苦しんだ末に演奏への復帰を諦めてしまうケースも多い。発症のメカニズムが特定されてないことや治療法が未確立であることだけでなく、病気そのものの認知度の低さがジストニアの難しさを増している。そのような現状にあって沼田さんの罹患と復活のプロセスを克明に記録し共有することは、音楽界にとどまらず社会全体に意義のあることだと信じている。

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沼田 司(ぬまた・つかさ)
バストロンボーン奏者として、また日本人では数少ないコントラバストロンボーン奏者としてオーケストラ、室内楽、吹奏楽団、ソロ、スタジオレコーディング、クリニシャン、ビッグバンド、コンクール審査員など、ジャンルにこだわらずに幅広く活動する。1991年デンマークのヌゥェストヴェト国際音楽祭で招待演奏。98年吹奏楽誌バンドピープルにて誌上セミナーを一年間執筆。東京室内楽管弦楽団、東京吹奏楽団、ヴィヴィッド・ブラス・トーキョウの団員としても活躍した。編曲も手がけ「ハイパーコレクション」と銘打った自作のアレンジ楽譜を出版、CDも発売している。 2015年からBODY CHANCEアレクアンダーテクニーク教師育成コースに在籍、吹奏楽団やオーケストラ、バンドの指導、個人レッスンでの実践、研究を行っている。21年「東京ブラスカルテット」を結成。アレクアンダーテクニークトレイニー、Body Thinking、Thinking Body各コーチ。

公式サイト https://www.tsukasanumata.com
Twitter @Tsukasa_NUMATA
Facebook  https://www.facebook.com/numata.basstrombone

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