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File.04 能楽に親しめる環境づくりを 中森健之介さん(能楽師)

数ある伝統芸能のなかでも、「敷居が高い、難しそう…」と敬遠されがちな能。しかし、親切な解説講座や字幕があれば、足を踏み入れやすくなる。
中森健之介さん(1987年生まれ)は、自身の芸を高めるために厳しい稽古も積みながら、一方で多くの人に能を知ってもらおうと、ときには能楽堂から飛び出して、さまざまな活動を行っている。
鎌倉大仏のそばの静かな住宅街にある、健之介さんの活動拠点「鎌倉能舞台」を訪問し、話をきいた。
取材・文=田村民子(「伝統芸能の道具ラボ」主宰)

——「能楽師って、一体どんな生活をしているのだろう」と思われる人も多いと思います。健之介さんは、どんな毎日を送られているのでしょうか。

ざっくり言うと、土日は能楽の公演に出演していて、平日は一般の人に能の指導をしているという感じです。「ふつうの人が能を習うことができる」ということをご存じない方も多いかもしれませんが、だれでも能を習うことができるんですよ。
お稽古は、謡(うたい)と仕舞(しまい)があります。謡は、座って謡本(うたいぼん)という本を見ながら声を出します。仕舞は、木の板の舞台の上で、足袋をはいて、身体を動かすものです。お稽古は、私の活動拠点である鎌倉能舞台(神奈川県鎌倉市長谷 https://www.nohbutai.com)のほか、東京・神楽坂の矢来能楽堂、それから朝日カルチャーセンターなどの文化教室でも、教えています。

——健之介さんの家は、代々、能楽師をされています。初舞台は2歳9ヶ月とのことですが、小さいころはどのようにお稽古をされていたのでしょうか。

初舞台のときのことは、全く覚えていません(笑)。舞台の上で小さい子が着物を着て歩いている、くらいな感じと思ってください。お稽古は、祖父と父(中森貫太)から受けていました。なにしろ子どもですから、40分くらいが限界なんですね。主に父が稽古をしてくれていましたが、父が謡をうたって、それをオウム返しにうたう、という感じでした。あまり厳しくすると、子どもが嫌になるだろうということで、本番の舞台が終わって戻ってきたら、祖父や父が、必ず褒めてくれていました。

画像2中森健之介さんが演じる能「野守(のもり)」

——生まれたときから、能をやる環境が整っていたわけですが、やめたくなったことはなかったですか。

大学のときに、ちょっと迷ったことはありました。でも、うちには能舞台もあり、面(おもて)、装束(しょうぞく)もそろっていましたから、こんなに恵まれた状況でやらないというのはもったいないな、と思いました。それに、なにより能が好きでしたので、そのまま能楽師の道に進みました。

——鎌倉能舞台の公演は、いつも解説がついて、わかりやすさに重点を置かれていますね。それに、ロケーションがとてもよくて、鎌倉という土地の雰囲気もまるごと楽しめますね。

鎌倉能舞台は、祖父が築いた能楽堂です。能や狂言の公演を行うための木の板でできた専用舞台や、能面や能装束などを展示した能楽博物館もあります。
鎌倉能舞台の公演では、だいたい公演の2-3週間前くらいに、事前講座を開催しています。初心者の方が戸惑わないように、上演される演目がどんなお話なのか、どういう風に見たらいいのかなどを演じ手である父や私が直接お話をします。衣装や能面のお話をしたり、参加者のみなさんにも実際に舞台の上にあがって歩いてもらったり、能面をつけてもらうこともあります。
それでも、いざ本番となると、古い言葉ですのでわかりにくいと思うんです。ですから、舞台の脇にモニターを設置して、現代語訳と英訳の字幕を表示させています。字幕があると、なにをやっているのかわからない、と迷子になることはないと思います。

17.06.18 能知会 (42)字幕をつけた公演。能「一角仙人」


地元である鎌倉の人たちとの付き合いも大切にしています。この8月は「まちnoh舞台芸術祭」というオンラインイベントも、この能舞台で行いました。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、私たちも公演が中止になり、苦境に立たされましたが、鎌倉でも同様に演奏活動や公演活動ができずに困っておられるアーティストやパフォーマーがたくさんいらっしゃいました。それで、父が発起人となり、資金支援も募って、開催しました。ジャズギターやヴァイオリン、雅楽、薩摩琵琶、紙芝居など、さまざまなジャンルの人にご出演いただきました。

——コロナ禍で、能楽公演(能と狂言の公演)もまだまだ通常に戻るには時間もかかりそうですね。こうした状況ではありますが、これから能楽師として、どのように活動をしていきたいですか。

私たちも、いろいろな工夫をしていますが、能はまだまだ一般の人から遠い存在です。まずは能楽堂に足を運んでいただけるように、これからも工夫を重ねた公演をつくっていきたいです。生で舞台を見てもらうと、独特の空気感や音の響きなど、きっと新鮮な発見があると思います。
コロナに苦しめられていますが、一方で、ステイホームのおかげで社会全体にオンラインが劇的に普及しました。そこを私たちもうまく取り入れて、ピンチをチャンスにしていくべきだと考えています。
まずはオンラインで能の世界に触れてもらい、映像コンテンツで能を楽しむコツを知ってもらうことも、今の時代だからこそできる普及の方法だと思います。今年の9月に上演した公演を、動画で配信できるように、今、準備を進めているところです。

——最後に、これから能を見てみたいと思われている読者の方に、アドバイスをお願いします。

私からは、2つおすすめポイントがあります。
ひとつは、公演プログラムに、生解説が含まれている公演を選ぶこと。パンフレットなどに文字の解説が書かれていることが多いのですが、やはりお話で聞く方が理解しやすいです。
もうひとつは、演目の選び方。能は、『源氏物語』や『平家物語』などの古典文学を下敷きにしたものがたくさんあります。たとえば「葵上」という演目は、『源氏物語』が題材になっています。『源氏物語』を読んだことがある人は、きっと「葵上」を楽しむことができると思います。
でも、あまりこわがらずに、まず一度、能楽堂へ足を運んでみていただけるとうれしいです。


 能舞台に出てくる健之介さんは、きりっとして、近寄りがたい雰囲気だ。だが、舞台を降りてお話をする健之介さんは、さわやかで気さくで、とても親しみやすい。能をたくさんの人に見てもらいたい、という情熱がすごいパワーで押し寄せてきた。
長い歴史をもつ能だが、社会情勢や生活文化が大きく変化していくなか、変わらなくてはならないところも多くあるように感じる。ITにも親しんでいる健之介さんたちの世代が、さまざまな挑戦をされることに期待したい。
 健之介さんの生の舞台を見てみたいという方は、2021年1月23日(土)の「県民のための能を知る会鎌倉公演」昼の部(場所:鎌倉能舞台)がおすすめ(https://www.nohbutai.com/perform/)。健之介さんが「百萬(ひゃくまん)」という演目で主役をつとめる。
もう一歩踏み込んで、能を習ってみたいという人は、こちらに案内があるのでチェックしてみよう(https://www.nohbutai.com/ken/okeiko.pdf)。
鎌倉能舞台のウエブサイトでは、公演情報やSNSの一覧など、さまざまな情報がまとめられている(https://www.nohbutai.com)。ツイッターやFaceBookで、情報をフォローするところからはじめるのもよいかもしれない。

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中森健之介(なかもり・けんのすけ)
(公財)鎌倉能舞台を設立した、能楽師観世流シテ方中森晶三の孫、中森貫太の子として生まれる。2歳9ヶ月の時に初舞台。能の子役である子方として百番以上出演。2009年3月に慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、神楽坂にある(公社)観世九皐会に弟子入りし、内弟子として6年間修行を積む。18年に観世流シテ方の準職分(玄人=プロ資格)として認定される。18年12月「猩々乱」披キ、19年4月「石橋」披キ。

中森健之介_プロフ写真


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