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Vol.57 経験をつくりだし、記憶を遺すインスタレーション 井口雄介さん(美術家)

屋外を中心に鑑賞者参加型のインスタレーション作品を発表する井口雄介さん。鑑賞者の目に映る風景、身体感覚までにも変化を及ぼす可能性を持つ作品は、いかに発想されたのか。建築、彫刻という二つの領域を通過し、さまざまな空間での創作を経て発展してきた創作活動の軌跡を聞いた。
 
取材:冠那菜奈 構成・文:鈴木理映子
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写真上:《ANEMOI》(入善町下山芸術の森 発電所美術館 2023)

——井口さんは大学で建築を学ばれた後に、大学院の博士課程で彫刻を専攻されました。そうした背景も踏まえて、ご自身の作品づくりについてご紹介いただけますか。
 
ざっくりと同じ立体ということで、建築を学んだ後に彫刻に取り組むようになってみたものの、僕の作品は「建築」とも呼ばれないし、「彫刻」でもないんです。「インスタレーション」というのがいちばん近いんですが、一口にインスタレーションと言っても、たとえば映像インスタレーションという言葉もあればプロジェクションマッピングのようなものもあったり、それ自体がジャンルとして実体がなくなってきていますよね。そんなこともあって、博士課程では「インスタレーション」がどういう特性を持っているのかということも研究しました。「インスタレーション」は「インストール」から派生している言葉で、ようするに、設置することに意味がある。その考え方をもとに、ただ屋外に置いて眺めるとかじゃなく、実際に登ったり降ったり、潜ったり、あるいは最近ではペダルを漕いで作品そのものを動かす体験型の作品をつくっています。鑑賞者が加わることによって作品性が生まれてくるというのが基本的なコンセプトです。また、どうせ屋外でやるなら、風景をまるごと巻き込むような感じにしたい。「風景」は僕のテーマの一つにもなっていて、作品名にはscapeという言葉がたくさん入っています。普段見ている風景が、僕の作品が置かれたことによって、まったく違ったものに見えたりというような「新しい風景の提示」ができるといいなと考えながら活動しています。
 
——現地でのリサーチもよくされているんですか。
 
たとえば大きな万華鏡の作品《KALEIDOSC@PE》の場合は、どこに持っていってもそこにある風景を取り込んで変化させることができるので、それほど準備期間、リサーチ期間が取れなくても展示することができます。ただ、どんなに時間がとれなくても、必ず一度は現地にリサーチに行きます。写真や図面だけを参考に考えたプランがあったとしても、現場を観にいって本当にそれでいいのか検討することも必要ですし、どの風景を利用しようか考えたり、サイズ感を掴むこともあります。どういう人がくるのか、だったらこの部分を変えよう、色も変えよう……というようにつくっています。

《KALEIDOSC@PE》(金津創作の森 2023)
《KALEIDOSC@PE》(金津創作の森 2023)

——《KALEIDOSC@PE》に限らず、井口さんの作品は、そこにある空間を巻き込んでいることがよくわかります。武蔵野美術大学の修了制作《E-SCAPE》では、大学構内の吹き抜けと建物の間に大きなリングをはめていました。六甲(六甲ミーツ・アート 芸術散歩2012)で展示されていた《CUB-e-SCAPE》では、いろいろなサイズの木製キューブが組み合わされることで、シンプルなものが複雑に絡み合っていくさまが印象的でした。

 あのキューブは、実は、身の回りにある製品の数値を単純化したものなんです。僕らは家具を買う時に縦・横・高さを測りますよね。それをキューブに置き換えているんです。あの時設置したいちばん大きなキューブは、僕が当時住んでいた四畳半の部屋と同じサイズです。その次は冷蔵庫くらいの大きさで……最初はただそれらを配置するつもりでした。でも現地にいくと、用意したキューブと同じ高さの高山植物があったり、50㎝のキューブにぴったり収まる石があったり。結果、風景に合わせてキューブをつないでいくようなつくり方になりました。ただあまりランダムなサイズ、並べ方だと不法投棄みたいになってしまうので、さっき言った大きな二つ以外は、身近な触れられるくらいのサイズを5、6種類つくって配置していきました。

《CUBeSCAPE》(金津創作の森2023)

——先ほどもお話に出た《KALEIDO-SC@PE》のシリーズは、井口さんの代表作でもありますね。

 最初につくったのは2014年です。屋外の風景を使ったインスタレーションは売れるようものじゃないですし、「だったらもう少し小さな空間で」と、ギャラリーから声をかけてもらいました。ただ、風景も何もないので(笑)どうしようと考えた結果、「あ、このコンクリートの壁はほかの場所にはないものだな」と。ギャラリーって、白い壁にピクチャーレールで作品を吊るような空間が多いんですが、そこは違ったんですね。それで、鏡を使って、綺麗に縦横に並べられたコンクリートの目地を、万華鏡のようにランダムに切り替えて見せることを思いつきました。プロトタイプとしてはこの時も面白くはできたと思います。ただ、お客さんが土台を動かせるような舵がついているんですけど、それが、結構、力がないと回らなかったりもしたんです。

 ——それが出発点になって、やがて屋外に設置するものに展開していったんですね。 

はい。それから2年経って、おおさかカンヴァスというイベントで、初めて屋外でその仕組みを使った作品が実現できました。コンペで入選者が選ばれるんですけど、万博公園の太陽の塔のほぼ正面に置くということはあらかじめ決まっていたので、万華鏡を通して太陽の塔をバラバラに壊すイメージを目標にして。カラーリングも赤と白で、太陽の塔とセットで見えるようにしました。構造も見直して、子供でも漕いで回せるようになりました。

KALEIDO-SCAPE(おおさかカンヴァス 2016)


——その後も日時計を使った《Blue Gnomon》(2019/シマブルーアートプロジェクト)など、屋外ならではの作品創作をされています。ただ、屋外イベントでの展示はコロナ禍では少なくなりましたよね。その間はどういった活動をされていましたか。
 
2年、3年と展示がない状態が続くと困るなというのもあって、新しいプロジェクトを試し始めました。彫刻とか絵画とかと違って、インスタレーションアートって作品自体は残らずに解体されてしまう。じゃあ、何を残せればいいんだろうと考えた時に、僕の作品ではやっぱり鑑賞者が関わること、その体験が重要なんですよね。万華鏡にしても漕ぐ作業が大事だし。その体験を何か違う形にしようと、僕の作品をプラモデルのキットにすることを思いついたんです。
 
——なるほど。それがArts United Fundの応募書類に書かれていた「経験を売り買いする方法」なんですね。実際に昨年の「MODEL↔︎WORKS」展でも実践されました。
 
はい。クリストが大きなプロジェクトを実現するためにドローイングを売っていた例もありますけど、それは作品に所有価値があるから買うのであって「体験」ではないですよね。僕が売るものにはやっぱり体験を取り込みたかったんです。「次にできる作品はこんな感じです」とプラモデルキットを売っておいて、スケールは教えない。買ってくださった方が先に制作をしているんだけど、会場にきてみたら家にある15cm角くらいの作品と同じ形のものが15mで100分の1サイズだったとわかるというような体験もできると面白いかもしれません。
 
——プラモデルって、ぴったり元通りにつくる人もいれば、改造したりする人もいますよね。そういうふうに変わっていく可能性があるのも面白いですよね。
 
確かにきっちりつくる人もいれば、わりと乱雑につくる人もいるかもしれない。場合によってはつくらずに保管する人がいてもいいと思います。それに、このプラモデルは僕がつくった完成品ではないので、複製でもないし、高値で転売されるようなこともないだろうなと。作家さんの作品だと、たとえばトイレに置きたくないみたいなこともあるでしょうけど、それもないだろうし、家の中で鑑賞するための場所をいろいろ探してもらうのも、風景を再認識させる効果につながる気がします。
 
——あらためてお聞きしたいんですが、井口さんの制作にとって、建築と彫刻、異なる学問領域を横断してきた経験は、どのように昇華されていますか。
 
CADで図面を書いてつくってるので、建築の知識あっての制作だとも言えます。それから現地のリサーチでも、単なるサイズだけじゃなくて、利用する人はどんな人なのか、たとえば子供がたくさん来るとか、人の動きを気にしているところはあります。一方、彫刻を通して、単体としての力を重要視するようになったと思います。建築時代の作品はやっぱりコンセプト重視だったんです。もちろん、利用のしやすさや外観のかっこよさは気にしていましたが、遠くから見た時、近づいた時、歩きながら見た時、多様な見え方、360度で考えるというのは彫刻の感覚かなと思います。機能美だけじゃなくて、風景に対するアクセントしての作品のカラーリングだったり、以前だったら無駄だと感じていた要素も取り入れるようになりました。
ただやっぱり僕の活動としては「彫刻」って言われても違和感があるし、「建築」と言われても違うので、「インスタレーションをやっている」としか言えないんですけどね。

創作物によって風景を変えるだけでなく、そのための行為自体を鑑賞者に託す井口さんの作品は、身体性を伴い、記憶に残っていく。この夏から開催されている個展「ANEMOI 井口雄介展」の会場はかつての水力発電所。ペダルを漕いで動かす巨大な装置(新作)は、エネルギーの生まれる瞬間を実感し、その開発の歴史にまで思いを馳せるような特別な時間を訪れる人に提供するだろう。

井口雄介(いぐち・ゆうすけ)
1985年カナダ生まれ。武蔵野美術大学造形学部建築学部を卒業後、同大学院博士後期課程作品制作研究領域修了。屋外空間におけるインスタレーションアートを展開、鑑賞者自身がくぐる、のぼる、歩くといった要素を通じて、鑑賞者の行為と場の記憶とを結びつけることに取り組む。第12、16、20、22回岡本太郎現代芸術賞入選ほか、受賞多数。近年の主な個展に「HELLO NEW WORLD~いつもの世界を新しく~」(2018/船橋アンデルセン公園こども美術館)、「MODEL↔︎WORKS」(2022/RISE GALLERY)、「Site-Sight-Scape」(2023/金津創作の森美術館)など。「ANEMOI 井口雄介展」(入善町下山芸術の森 発電所美術館)が2023年9月24日まで開催中。

公式サイト:https://yusukeiguchi.com/


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