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【北海道開拓の思い出】#21 山の中の学徒勤労

昭和20年、ますます戦争も激しくなってきた。B29が北海道の空にも飛んできて、室蘭など北海道までも被害にあった。福山の山の中でも飛行機の音がしたら草わらの中に逃げた。学校へは当たり前に鍬や鎌を持って行った。生徒は兵隊に行っている方の家族の家へ草取りや畑仕事などをしに行った。毎日毎日、今日はあの家、明日はこの家。

春先はイタヤカエデの樹液、夏はイタドリの葉を取っていた。イタヤの樹液をとるために木に鋸で切り口をつけて、一升瓶を置いた。樹液が出てきたらビンの口に入るようにしておく。ビンの口が少しでもずれていたら別の所へ落ちてしまったり、ビンが倒れたりして上手くいかなかった。夏はイタドリの葉をとって学校の軒下一面に干した。イタドリの葉は煙草にするためのものだった。クローバーの種もとった。何をするのも国のためだった。勉強なんて高等科になってからしたことがなかった。その頃は店があっても売るものが無かった。わずかばかりの品物が入っても切符がなければ買うこともできなかった。本、ノート、エンピツも無かった。

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