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Q66 映り込みと商標

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 A社(メーカー)は、映画Hの製作委員会から、同社の著名なブランドX(文字商標として商標登録済み)のバッグを小物として使用したいという申出を受けたが、下ネタの多いコメディ映画であり、ブランドイメージに合わなかったため断った。
 ところが、完成した映画H(2時間)では、1シーン(30秒)でA社のバッグに酷似したバッグが使われていた。A社が調査したところによれば、同社のバッグの模造品であることが判明した。
 A社は映画Hの上映の差止めや損害賠償請求ができるか。

Point

①    商標権侵害の成否
②    不正競争防止法2条1項1号(周知表示混同惹起行為)・2号(著名表示冒用行為)の成否
③    不正競争防止法2条1項21号(信用毀損行為)の成否


Answer

1.問題の所在

 映画Hの製作委員会は、A社に映画の中で著名なブランドXのバッグを小物として使用することを断られたことから、ブランドXの模造品を使用して映画Hに登場させている。
 商標登録されたブランドXに類似した模造品を使用していることから、当該バッグに表示された商標権の侵害や不正競争防止法2条1項1号(周知表示混同惹起行為)・2号(著名表示冒用行為)の成否が問題となり得る。

2.商標権侵害の成否

 商標とは、自己の商品・サービスと他人の商品・サービスとを識別する目印であり、自己の商品・サービスの出所を表示したり、宣伝に使用したりするものである。このため、自己の商品・サービスとして識別させる態様で他人の登録商標(同一または類似)を使用した場合に商標権侵害となる。
 これに対して、他人の商標(同一または類似)を使用する場合でも商品・サービスを識別させるための目印として使用していないときは商標権侵害とはならない(商標法26条1項6号)。
 この点、映画Hでは、ブランドXの模造品のバッグが登場する。そこに付されたブランドXの商標(同一または類似)が映し出されても、それはあくまでブランドXのバッグとして使用しているものであり、映画Hの製作委員会が、当該映画をブランドXのものと識別させるためにブランドXの商標を使っているものとはいえない。
 したがって、映画HでのブランドXの使用方法は商標権を侵害するものとはいえないと考える。

3.不正競争防止法2条1項1号(周知表示混同惹起行為)・2号(著名表示冒用行為)の成否

 不正競争防止法2条1項1号・2号で保護する商品等表示は「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう」と定義され、登録商標を含む広い概念である。商標登録されているブランドXが商品等表示に該当するほか、たとえば、ブランドXのバッグそれ自体も自己の商品・サービスを識別する目印として使用していれば、そのバッグの形態も商品等表示に該当する。
 不正競争防止法2条1項1号は、周知表示(ある程度知れわたった商品等表示)を使用し、需要者に誤認混同を与えた場合に成立する。ここでいう誤認混同は、他人の周知表示を自己の商品・サービスに用いて営業主体を混同させる場合(狭義の混同)のみならず、密接な営業上の関係(親子会社など)や同一の表示をした利用を営むグループに属する関係(ライセンサーとライセンシーなど)があると誤信させる場合(広義の混同)がこれに該当する。
 不正競争防止法2条1項2号は、著名表示(全国的に誰でも知っている)を自己の商品・サービスとして用いることで該当する著名表示の信用にただ乗り(フリーライド)したり、希釈化(ダイリューション)したり、汚損(ポリューション)したりするのを防止することを目的としている。
 この点、上記2で述べたとおり、映画HにおけるブランドX(のバッグの模造品)の使用は、映画Hの製作委員会がブランドXやブランドXのバッグに類似する模造品を自己の商品・サービスを表すために用いているものではなく、ブランドXや模造品のバッグをブランドXの商品であるということを示すために使用しているにすぎない。
 したがって、ブランドXを製作委員会が自己の商品・サービスを表示するために使用しているものではなく、不正競争防止法2条1項1号・2号のいずれにも該当しないと考える。

4.不正競争防止法2条1項21号(信用毀損行為)の成否

 ブランドXの模造品のバッグをブランドXのバッグとして登場させている点でブランドXのメーカーであるA社の信用を毀損しないかが問題となる。
 不正競争防止法2条1項21号は、競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知したり、流布したりすることで成立する。
 「競争関係にある」とは、需用者または取引者を共通にする可能性があることで足りると解されている。また、「虚偽の事実」とは、客観的真実に反する事実をいうと解されている。
 この点、映画Hの製作委員会とブランドXのメーカーとは需用者または取引者を共通にする可能性が低いように思われる。
 仮に映画Hの製作委員会とブランドXのメーカーであるA社との間に競争関係が認められる場合、映画Hにて模造品のバッグをブランドXのバッグであると表現することは客観的真実に反する事実に該当するといえる。
 そうすると、当該虚偽の事実を映画で上映することは、広く大衆に知らせることになるものであり、「告知」や「流布」にあたり、不正競争防止法2条1項21号に該当する可能性があるといえる。
 もっとも、ブランドXの模造品のバッグが登場するのは2時間ある映画の1シーン(30秒程度)であり、当該シーンにおいて特段ブランドXのバッグであるとの言及がなされておらず、模造品かどうかも画面から判断できない場合でも信用毀損行為は成立するといえるだろうか。
 確かに、映画で使用されたのがブランドXの模造品であったとしても、映画を見ている観衆がブランドXのバッグかその模造品かを判別できない態様であれば、ブランドXのメーカーの信用は毀損されていないといえるのではないだろうか。

5.プロダクトプレイスメント

 映画には、映画の中に小道具や背景として商品や企業名など商標等を表示させるプロダクトプレイスメントという広告手法がある。
 映画製作委員会が無断である企業の製品を映画の中に登場させた場合に当該企業がその映画にてプロダクトプレイスメントを実施しているという誤認を消費者等に与える可能性はある。ただ、この場合でもその企業の商品として映画に登場させている場合には、識別標識として使用しておらず前述の商標権侵害や不正競争防止法2条1項1号・2号は成立しないといえる。
 他方、ある企業の商品の登場のさせ方が悪い場合(嫌われている悪役が使用するなど)、悪いイメージがついてしまうことがあり、これをアンチ・プロダクトプレイスメントという。この場合、前述の不正競争防止法2条1項21号の信用毀損や不法行為(民法709条)が問題となりうる。

執筆者:大橋卓生


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