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Q46 スポンサー契約

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 スポーツ選手が企業等との間で締結するスポンサー契約とはどのようなものか。またこれらの契約を締結する際の留意点は何か。

Point

① スポーツ選手とスポンサー企業との契約の目的、 種類
② 契約締結上の留意点


Answer

1.スポンサー契約の目的

 スポーツ選手は、競技者としての本業で賞金や年俸等の収入を得るほか、多くの企業との間でスポンサー契約等を締結して、いわゆる企業の広告活動を行うことによって収入を得ている。スポーツ選手が、競技者として優秀な成績を継続的に維持するために必要な資金を獲得する手段として、企業からのスポンサー料は有効である一方、企業は、スポーツ選手の高い知名度を活かして、 消費者の注目を集めることで、 企業の商品イメージを形成し、 また企業のブランドイメージを上げ、最終的には企業の商品の売上げが増加することを期待する。このようにスポーツ選手とスポンサー企業は、ウィンウィンの関係を企図してスポンサー契約を締結するわけである。
 一流のスポーツ選手が、 芸能人や著名人と同様もしくはそれ以上に、消費者のスポーツ関連商品の購買に大きな影響力を有していることは周知の事実である。企業または商品の認知度や想起回数を上げるといった観点からも、スポーツの力は絶大であり、 スポーツチームや一流のスポーツ選手は、「人を惹きつける力」「人に憧れられる力」が非常に大きい。たとえば、 トップアスリートが試合などで着用するシューズと同じシューズが評判をよび、 売り切れとなったということはよくある。活躍しているスポーツ選手は、芸能人以上に世間の注目を浴びることがあることから、テレビでコマーシャルを流すといった広告宣伝方法に比べて、スポンサー契約を締結することによってスポーツ選手が行う直接間接の広告宣伝が、企業または商品の認知度・想起回数の向上に大きく寄与することは周知の事実である。

2.スポンサー契約における対価 (スポンサー料) の対象―パブリシティ権

 このように、スポンサー契約において、スポンサー企業はスポーツ選手の氏名・肖像等がもつ顧客吸引力を利用する対価として、スポンサー料を支払っており、選手の氏名・肖像等がもつ顧客吸引力は、経済的利益ないし価値を有している。これをパブリシティ権とよぶ。
 いわゆるパブリシティ権は、既存の法律上の権利ではなく、判例上認められてきた権利である。これまで裁判所は、「著名人が人格的利益に基づき自己の氏名・肖像の無断利用に対して損害賠償を請求しうるのは、その評価、名声、 印象を毀損又は低下させるような場合にのみ限定される」としたうえで、「自ら勝ち得た名声によって、著名人はその氏名、肖像に人格的利益とは異質の経済的利益を有して」いる (東京地判昭和51・6・29判時817号23頁〔マーク・レスター事件〕) として、その経済的利益を保護されるものとして認めた。そして「芸能人の氏名・肖像がもつ顧客吸引力は、当該芸能人の獲得した名声、社会的評価、 知名度等から生ずる独立した経済的利益ないし価値として把握することができ、‥‥‥当該芸能人は、かかる顧客吸引力のもつ経済的利益ないし価値を排他的に支配する財産的権利を有するものと認めるのが相当である。従って、右権利に基づきその侵害行為に対しては差止め及び侵害の防止を実行あらしめるために侵害物件の廃棄を求めることができるものと解するのが相当である」 (東京高判平成3・9・26判時1400号3頁 〔お二ャン子クラブ事件控訴審判決〕) とした。さらに、裁判所は「当該権利の存在を認めるとしても、不法行為を構成するか否かは具体的な事案の中で、使用目的、方法及び態様を全体的かつ客観的に考察して、当該使用が、他人の氏名、肖像等の持つ顧客吸引力に着目し、もっぱらその利用を目的とするものであるかどうかにより判断すべきもの」とした (東京地判平成12・2・29判時1715号76頁 〔中田英寿事件第一審]、東京高判平成12・12・25判時1743号130頁 〔同控訴審〕 参照)。
 このように下級審段階で、氏名、肖像等のもつ顧客吸引力に一の権利性が認められてはいたが、その内容については、明確に定まってはいなかったところ、最高裁判所は、芸能人の写真が無断使用された事件で、「肖像等は、商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合があり、このような顧客吸引力を排他的に利用する権利 (以下「パブリシティ権」という。)は、肖像等それ自体の商業的価値に基づくものであるから、上記の人格権に由来する権利の一内容を構成する」と判示し、氏名や肖像等の有する顧客吸引力を排他的に利用する権利を「パブリシティ権」と定義したうえで、これが人格権に由来する権利であることを明らかにした。
 そして、そのうえで、「①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、③肖像等を商品等の広告として使用するなど、専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に、 パブリシティ権を侵害するものとして、不法行為法上違法となると解するのが相当である」と判示した (最判平成24・2・2民集66巻2号89頁〔ピンク・レディー事件〕)。

3.多様なスポンサー契約

 スポーツ選手の高い知名度や身体的な魅力、つまり氏名、サインおよび肖像等を活かして、消費者に対し商品イメージや企業のブランドイメージを上げ、商品の購買行動につなげようと意図して、企業は選手のスポンサーになるが、このいわゆるスポンサー契約には、多種多様な形態がある。
 一般的な契約内容としては、スポーツ選手が、スポンサー企業のイベントやコマーシャルに出演し、またトーナメントや選手活動を行う場合にスポンサー企業のロゴを付けた用具やウェアを使用し、また企業の宣伝広告に肖像等の利用を許可する等の義務を負担することで、当該企業からスポンサー料その他の支援を受けるといったものである。
 スポンサー契約は、まさにスポンサーとして選手を支援する内容と、企業の広告宣伝活動を行うといったいわゆる広告宣伝契約が合体した内容の契約内容が多いが、後者、つまり広告宣伝契約の要素が大きいものとして、いわゆるエンドースメント契約がある。
 エンドースメント契約では、選手つまりエンドーサー (一般的には手形の裏書人を指すが、保証人等の意味) が、企業の商品を実際に着用し、使用することで、その知名度を活かして企業の商品やブランド等の品質を保証し、消費者に広く推奨することが求められる。
 また、スポンサー契約の一形態として、当該企業にスポーツ選手が所属する所属契約がある。所属といっても企業の従業員になるということではなく、所属契約の内容としては、通常、前述したスポンサー契約の内容と大きく異ならない。しかし、通常のスポンサー契約と異なり、複数の企業と契約を締結することができず、同業他社との関係が制限される場合が多い。また年間の出場試合回数を定められ、イベントの参加義務を課せられる等、単なるスポンサー契約に比べ、スポーツ選手の負担が大きくなる場合が多い。
 その他スポンサー契約の一形態として用具提供契約がある。ウェアや用具を提供してもらうといった、用具メーカーとの契約であり、用具の提供の数量に制限がある場合もあるし、 無制限の場合もある。単純に今ある市販の商品を提供してくれるだけの場合もあれば、選手の体形等にあわせてオリジナルモデルをつくってくれる場合もある。
 このようにスポンサー契約には多種多様な形態があるが、次に、共通する一般的な留意点について述べる。

4.スポンサー契約等を締結する際の留意点

 ⑴ スポンサー企業側の留意点
 スポンサー企業としては、スポーツ選手のパブリシティを活かして、商品などの売上増につなげることを目的としてスポンサー契約を締結するのであるから、契約を締結するに際しては、選手のパブリシティが、対価としてのスポンサー料に見合うものかどうか、将来を見据えたリスク管理ができているか等を留意する必要がある。
 すでに高い知名度や魅力を有している選手を起用すれば、顧客吸引力としての失敗は少ないが、その分スポンサー料が高額になり、費用対効果の点で課題が残る場合もある。逆の場合すなわち知名度が低い選手であれば、スポンサー料は安く抑えられるものの顧客吸引力が弱く、やはり費用に見合った効果が得られるかが課題となる。これらのバランスを考えたうえで、契約内容を検討する必要がある。
 具体的な検討事項としては、次のとおりである。
 ① 注目を浴びているまたはその可能性がある選手かどうか
 ② その選手のイメージと、その企業の商品やサービスとのシナジーがあ
  るかどうか
 ③ スポンサーとしては、企業名か商品名か、どちらを前面に出すべきか
 ④ スポンサー契約の契約上、スポンサーの企業名または商品名の露出方
  法が、 対象となる大衆にアピールできる効果的な方法になっているか
 ⑤ 契約当事者が、きちんとその選手の肖像権やユニフォーム等への露出
  のための権利を有しているかどうか、また、有していない場合の損害賠
  償や撤退のための条項が入っているかどうか
 ⑥ その選手に競合他社がスポンサーとなっていないか、また、競合他社
  へのスポンサー移転を排除できる内容の条項が入っているかどうか
 ⑦ スポーツ選手の不祥事による対応条項が入っているかどうか
 ⑵ スポーツ選手側の留意点
 競技が本業であるスポーツ選手としては、企業の広告宣伝等により、競技活動に支障が出るようなことがあれば本末転倒であるため、何より競技活動を優先した内容にするべきであり、バランスを考えたうえで、 契約内容を検討する必要がある。主な具体的な検討事項としては、次のとおりである。
 ① スポンサー企業のイベントやコマーシャルの出演回数が、競技の参加
  や体調管理等に支障が出ないような適正なものかどうか
 ② 用具やウェアの一定の箇所に付けるスポンサー企業のロゴの大きさ
  や、付着場所が競技に悪影響を与えることがないかどうか
 ③ スポンサー企業がその他のスポンサーとの契約その他活動を禁止する
  ような内容になっていないかどうか
 ④ スポンサー企業の要望や直接的な接触等により選手が振り回され、競
  技に悪影響を与える等がないような対応になっているかどうか
 ⑤ 選手の肖像や氏名等の利用条件等について、選手のイメージが下がる
  ことがないように事前に承諾をとるか、少なくとも事後に修正を要請で
  きるようになっているかどうか
 ⑥ スポンサー料は適正か。スポンサー料に比して、選手の義務負担や、
  拘束が過剰ではないか
 以上は一般的な留意点であるが、スポンサー契約の内容はさまざまな状況や事案に応じて柔軟に対応できるようにあらかじめ十分検討し、準備することが重要である。

執筆者:三尾美枝子


東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」
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