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Q61 芸能人・スポーツ選手の移籍と独占禁止法

エンターテインメント・ロイヤーズネットワーク編
エンターテインメント法務Q&A〔第3版〕
株式会社 民事法研究会 発行

より許諾を得て抜粋
協力:エンターテインメント・ロイヤーズ・ネットワーク


Question

 芸能人やスポーツ選手に関する移籍制限ルールが独占禁止法に違反しているかどうかを判断するうえでは、どのような要素に着目する必要があるか。

Point

①    芸能人の移籍・独立と独占禁止法
②    スポーツ選手の移籍と独占禁止法
③  「オプション条項」の適法性


Answer

1.芸能人やスポーツ選手に関する契約の性質

 個別具体的な取引関係にもよるが、一般的に、芸能事務所は、所属する芸能人(アーティストやフリーアナウンサー、YouTuber等も含む)に対し、スケジュール等の管理、芸能人の育成・発掘、プロモーション、著作隣接権やパブリシティ権等の権利処理といった役務を提供している。こうした芸能人・芸能事務所間の取引関係は、世界的にみると日本や韓国において特有のものであり、業務委託契約の一種として位置づけられている。
 芸能人の育成やマーケティング等に投下したコストを回収する必要から、芸能人・芸能事務所間の契約においては、たとえば、芸能事務所側の一方的判断によって当該契約を更新できる旨の条項(いわゆる「オプション条項」)を設け、芸能人による移籍・独立に一定の制約が加えられる場合がある。
 スポーツ選手と所属チームを運営する事業者との間で締結される契約においても、同様に、オプション条項等の、スポーツ選手の移籍に一定の制約を課す旨の条項が盛り込まれることがある。

2.「人材と競争政策に関する検討会」報告書

 公正取引委員会は、フリーランス等の個人事業主の働きやすい環境の実現や、人材獲得競争に対する私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下、「独占禁止法」という)の適用関係等の理論的整理を目的として、「人材と競争政策に関する検討会」を開催し、平成30年2月15日、同検討会の報告書を公表した。
 多くの芸能人やスポーツ選手は、芸能事務所やチームに所属しており、その意味において文字どおりのフリーランスではないものの、同報告書は芸能分野やスポーツ分野についても独占禁止法の適用対象となる旨を明らかにしており、芸能人やスポーツ選手に関連する取引を行うにあたっては、同報告書およびこれに関連する公正取引委員会の公表物における考え方を理解することが肝要である。
 芸能人やスポーツ選手に関する各取引関係や慣習が同法に抵触した場合、芸能事務所やチームの運営事業者は優越的地位の濫用(独占禁止法2条9項5号)等を理由に公正取引委員会からの警告の対象となり事業者名を公表される場合があるほか、場合によっては、措置命令や課徴金納付命令を下される可能性がある。

3.芸能分野において独占禁止法上問題となり得る行為

 公正取引委員会は、前記報告書の公表後、各業界の実態把握に努めており、令和元年9月25日付けで公表された「人材分野における公正取引委員会の取組」においては、「芸能分野において独占禁止法上問題となり得る行為の想定例」として、以下のような所属契約や取引慣行の類型があげられてる。

 以上は、あくまで独占禁止法上問題と「なり得る」類型であるにとどまり、実際に同法違反となるかどうかは、取引や慣習の具体的態様に照らして個別に判断される。たとえば、優越的地位の濫用に関して、不当に不利益を与えるか否かは、課される義務等の内容や期間が目的に過大であるか、与える不利益の程度、代償措置の有無やその水準、あらかじめ十分な協議が行われたか等を考慮のうえ、個別具体的に判断される(個別の事案によっては、芸能事務所よりもむしろ芸能人の側が契約交渉上優越的な地位を有していることも少なくない)。
 事後のトラブル発生を防止する上では、契約の内容に関する協議・説明の機会を十分に設けることや、契約を書面により締結すること、報酬や経費に関するルールを透明化すること等が望まれる。

4.スポーツ事業分野における取組み

 公正取引委員会は、令和元年6月17日、「スポーツ事業分野における移籍制限ルールに関する独占禁止法上の考え方」を公表しており、スポーツ選手と所属チームを運営する事業者との間の契約においては、ここで述べられている公正取引委員会の考え方に留意する必要がある。
 まず、競争関係にある複数の事業者(チーム)が、共同して、人材の移籍を相互に制限誓約する旨を取り決めることや、事業者団体が当該取決めを設けることは、いわゆるカルテルに該当し、原則として独占禁止法違反となる。
 また、過度な移籍制限ルールは、チーム間の選手獲得競争の停止・抑制や、選手を活用した事業活動における競争の停止・抑制につながり得るとともに、事業活動に必要な選手を確保できず他の事業者による新規参入が阻害されるといった弊害をもたらし得る。
 一方で、スポーツ事業分野において移籍制限ルールを設ける目的には、主に、①選手の育成費用の回収可能性を確保することにより、選手育成インセンティブを向上させること、②チームの戦力を均衡させることにより、競技(スポーツリーグ、競技会等)としての魅力を維持・向上させることにあると考えられている。
 そのため、スポーツ選手について移籍制限ルールが存在したとしても、直ちに独占禁止法違反と判断されるのではなく、達成しようとする目的が競争を促進する観点からみても合理的か、その目的を達成するための手段として相当かという観点から、さまざまな要素を総合的に考慮し、その合理性必要性を個別に判断する必要がある。具体的には、制限の期間等が目的達成に必要な範囲にとどまるか、より制約的ではない他の手段(移籍金制度など)は採り得ないか、といった点に着目して判断する。少なくとも、スポーツ選手の移籍を無制限に制限・制約するルールは、その合理性・必要性が十分に認められるものとはいいがたいと考えられている。

5.オプション条項の適法性

 オプション条項については、前記「芸能分野において独占禁止法上問題となり得る行為の想定例」の1つとしてあげられているものの、同条項には芸能人に対する投資・育成インセンティブを確保するという目的があり、過少投資を防止することによりかえって競争を促進する効果も有し得る。そのため、同条項の適法性については、個別具体的な事情に即して、実質的に合理性・必要性を判断する必要があり、これはスポーツ事業分野におけるオプシ
ョン条項についても同様である。
 芸能分野におけるオプション条項の合理性・必要性を判断する際の具体的な考慮要素としては、たとえば、そもそも回収を必要とする投資費用が存在するか、課される制約が費用回収に必要な期間・内容にとどまっているか、当該条項を盛り込むことに対する代替措置の有無・水準や契約時における十分な協議・納得が存するか等があげられる。
 スポーツ分野におけるオプション条項の合理性・必要性を判断する際は、更新される期間の外形的な長さのみならず、当該競技の実態(選手寿命の長さ、移籍・獲得ニーズの多寡、当該期間の長さがチームの選手獲得意欲を減退させる程度等)を踏まえて、当該オプション条項が当該スポーツ選手や競争市場に与える影響度合いが実質的に考慮される。

執筆者:劉セビョク


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