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芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023|レポートVol. 04:「やめない」を続ける。小川希さんによる第4回講座「実践者との対話〜共同体から生まれる芸術と表現。その実験/実践から学ぶ〜」

【オンライン公開講座】として実施した第4回講座(2023年11月15日開催)の講師は、表現と社会をつなぐ芸術複合施設Art Center Ongoing代表の小川希(おがわ・のぞむ)さん。“アートセンター”をオープンするまでの道のり、そしてそれを「やめない」ために現在何を考えているかをシェアしてくれました。

講師の小川希さん

前半:表現と社会をつなげたい。ならば、自分自身で変えてしまえ

1976年生まれで、1990年代末を武蔵野美術大学の学生として過ごしていた小川さん。当時から、閉じられた世界で成立するアートに疑問を抱いていたと言います。
 
「若手アーティストが作品を発表したければ10万〜20万円も払って貸し画廊を借りるか、公募で選ばれるかが常套手段だった時代。大学も学部が違えばなにをしているか知らないし、他の大学とのつながりもない。社会との接点がなくて不毛だと思っていたんですよね」
 
武蔵野美術大学卒業後は「表現と社会をつなげたい」と考え、東京大学大学院へ進学。誰かに任せるのではなく、自分自身で状況を変えたかったと話します。
 
始めたのはOngoingという名の公募展プロジェクト。Ongoingは「現在進行形」を意味する単語です。「表現を身近なものとして触れられる場所をつくる」、「誰かの価値観ではなく作家自身の価値観で動く」という2つのテーマを軸に、2002年から始動しました。


Ongoingの軸になったテーマ

公募にあたって、アーティストの表現ジャンルや経歴は一切不問。時代の文化を共有してきた同時代の人間はなにを見て、考え、どんな世界を生きているのか、という視点から、自身と同じ1970年代生まれの作家であることが唯一の条件でした。また、キュレーターが選考するのではなく、応募アーティスト一人ひとりが作品をプレゼンテーションしたうえで互選します。
 
小川さんが最初の会場として注目したのは廃校。東京都内の区役所へ手当たり次第に電話をかけ、ようやく港区立三河台中学校での開催にこぎつけました。


展示風景。映像、インスタレーションなどジャンルは様々

1人につき1部屋を割り当て、アーティストが展示を5日間行う「Ongoing vol.01」を2002年に開催しました。「どうしたら様々な人に見てもらえるか」をアーティストたちと考え、トークイベントやシンポジウム、参加作家による鑑賞ツアーや手づくりカフェも開催。その運営費用は参加作家たちによる自作のカタログを販売して賄ったと言います。
 
次に大事だったのはメディアへの働きかけ。
 
「広報のスキルもノウハウも分からなかったけれど『こういうものを送ったらおもしろいだろう』と作成したプレスリリースを送りました。その結果、大手メディアが取り上げ、2600人の人が来場しました」
 
その後、2003年は吉祥寺駅周辺の飲食店11店舗を会場に(この回は飲食店の店長が参加作家を選考)、2004年は豊島区立朝日中学校で、2005年とその翌年は神奈川県横浜市のBankART Studio NYKで展示を開催。東大大学院の仲間とつくった運営事務局が結果的に小川さん一人になっても、博士課程に進学しても、展覧会を開催しつづけることにのめり込みました。そして、5回目のOngoingで活動に区切りをつけます。
 
「展示のやり方も手慣れてきて、同じことをやってもしょうがない。5回目のOngoing最終日のシンポジウムで『この後どうするんですか』と聞かれて『アートセンターをつくります』と口走りました。自分を追い込んだんですよね」
 
小川さんは武蔵野美術大学在学中の西ヨーロッパ貧乏旅行で、どの街にもアートセンターがあるのを見てきました。
 
「アートセンターはギャラリーやカフェがあるような総合的な文化の場所です。カフェでお年寄りがコーヒーを飲んでいる横で、美大生がビールをあおりながら芸術談義をしている。アートを中心に人が集まる場所。どうしてこんなに豊かなものが日本にはないんだろうと思っていて、自分でつくるってずっと考えていたんです」


吉祥寺駅から徒歩約10分の場所にあります

小川さんは、2008年にArt Center Ongoingをオープン。偶然見つけた空き家を仲間のアーティストと共に改装しました。
 
「『お金儲けのためでなく、文化のためだから』と大家に家賃値下げを交渉し、仲間のアーティストたち延べ100人が無償で改装を手伝ってくれました。一級建築士の知り合いが引いた図面をもとに、2階の柱や天井を崩れないギリギリまで無くして、ギャラリーにしています」
 
1階はカフェスペースで、2階のギャラリーは若いアーティストが実験的な発表をできるスペースに。5年間のプロジェクト時代に築いてきたコミュニティ内でクチコミが広がり、アーティストがアーティストを呼ぶハブになっていったと言います。公的支援や裕福なパトロンが背後にいるわけでもなく、インディペンデントで運営していると小川さんは言います。
 
運営を支える財源は基本的にカフェスペースの収益です。当初は1カ月に1回の企画展を開催していましたが、絶え間なく人を集めるため、2週間に1回へ増やしました。様々なアーティストや来場者との出会いが増え、運営も徐々に安定していきました。
 
2013年からはアーティスト・イン・レジデンスも運営しています。2016年からは協働する仲間たちとOngoing Collectiveを称し、親となった自身たちの子ども世代に向けたOngoing Schoolプロジェクトなども行っています。


ドローイングパフォーマンスを発表する淺井裕介(あさい・ゆうすけ)さん。当時はまだ若く駆け出しだったそうです


展示だけでなくゲストトークも。研究者、作家、政治家など著名人が訪れます

後半:血肉になった東南アジアとウィーンでの学び

小川さんは2016年に国際交流基金アジアセンターの助成を得て東南アジア各国に、2021年には文化庁新進芸術家海外研修制度でウィーンに滞在しました。後半は海外で小川さんが学んだことを共有していきます。
 
小川さんは、3カ月間で東南アジア9カ国83カ所のアートセンターを訪ね歩き、衝撃を受けたと言います。東南アジアのアートセンターの多くは公的な助成を受けていません。設立者たちが展示やプロジェクト、ワークショップ、私設図書館など様々な活動を展開して、自らの知恵や才能をシェアすることでサバイブしています。
 
インドネシアの代表的なアート・コレクティブ「ruangrupa」は約40名のメンバーがいるにもかかわらず、その間にヒエラルキーがなかったと言います。
 
「『どうやってそんな組織をつくるの?』と聞くと『オーガニックだよ』って多くの人が答える。ピッタリくる日本語訳は、いい塩梅という意味での『テキトー』。皆がタバコを吸いながらサッカーゲームをやっていて、グタグダと時間を共有している。そういう時間や場所がオーガニックな関係をつくっているみたいです」


東南アジア流のアートセンターのあり方

一方、2021年に訪れたウィーンは東南アジアと真逆。『オフスペース』と呼ばれるアートセンターが約100カ所もあり、国・市・区がスペース運営のための助成金を300~400万円ほど供与していて、アーティスト天国のようでした。

ウィーンのオフスペースを運営する若い作家たち

「『ヨーロッパはいいねえ』なんて話をすると、『自分たちからこうなったわけではなく、前の世代の人が闘ってこうなった』と皆が口を揃えて言う。それにも衝撃を受けましたね」
 
ヨーロッパでのリサーチを機に、今までの考え方が変わりました。
 
「これまではOngoingを自分ひとりでやってきたという自負があった。でも、そうすると僕が死んだらOngoingが潰れるわけです。一方でヨーロッパの人たちは何世代もの時間をかけて闘って文化をつないできた。日本は、一世代で終わることの繰り返しで、何世代にも渡って築いて、つないでいくことへの意識が薄かった」
 
現在の小川さんは、これまで展覧会のキュレーションなど自身が担ってきた役割を、様々なアーティストやキュレーターに任せるなど、多様な人たちと連帯し、表現の場をリレーしていくことを意識していると言います。
 
「文化として次の世代に残していくためには行政機関と組むことも必要。東南アジアとヨーロッパで学んだことは僕の血肉になっています」

質疑応答とラップアップの時間です。小川さんが、右の小川智紀(おがわ・とものり)さん・中央の若林朋子(わかばやし・ともこ)さんと対話していきます

質疑応答の時間で、一般受講者から「文化の変容をどう残していけるのか」という質問がありました。小川さんはこう答えます。

「僕の場所では展示などは必ず記録を残しています。それも重要だけど『文化を可能とする“状況”をどう残すか』ですよね。次の世代が僕みたいなことをしたかったら、再現できるようなロビー活動すらできていない。日本は運動が途切れていて、いつもゼロからリスタート。だからこそ、これからはアート・コミュニティの人々とだけではなく、市民や行政とも文化の価値を共有して“状況”をつないでいきたい」

ファシリテーター/アドバイザーの小川智紀さんからも声が上がります。

「ロビー活動や共同体の中のヒエラルキーの話は突き詰めていくと政治の話。特に公的な助成金などが絡むと、その話がしづらい。僕が気を遣いすぎ?」

講師の小川さんが答えます。「ヨーロッパの公的支援は『金は出しても口を出さない』。そういったアートの現場と行政との関係性も時間をかけて勝ち取ってきたんだと思います」

ファシリテーター/アドバイザーの若林さんも「林業のような長い目をもちたい」とコメントします。

「資本主義や経済社会構造自体をすぐに変革するのは難しい。でも、例えば助成金の仕組みづくりで変えられることもある。支援する側-受ける側の『信頼関係』をもっと強化して不必要なルールを減らしていくことで、アート界の公的支援や資金調達のありようを少しずつ変えていけるかも。何世代か後に収益化するサイクルを代々回す林業のように、長い時間軸で数百年後を見据えていけたらいいのかな」

小川さんは「『この人だから支援する』とか『いいことをしている場所を支援する』みたいな単体のプロジェクトだけにお金を出すというようなものではない支え方が広まればいいのではないか」と提案。次世代の芸術文化の場づくりを思案する時間となりました。

次回は、【対話型ゼミ】の受講生が集まる「中間ディスカッション〜思考の整理・課題の抽出・設定〜」。これまでの講座を振り返り、自分たちの課題や気づきを改めて共有します。

※文中のスライド画像の著作権は講師に帰属します。

 

講師プロフィール
小川希(おがわ・のぞむ)

Art Center Ongoing代表。1976年東京都生まれ。2008年1月に東京・吉祥寺に芸術複合施設Art Center Ongoingを設立。文化庁新進芸術家海外研修制度にてウィーンに滞在(2021年-2022年)。中央線高円寺駅から国分寺駅周辺を舞台に展開する地域密着型アートプロジェクトTERATOTERAディレクター(2009-2020年)、レター/アート/プロジェクト「とどく」ディレクター(2020-2022年)、茨城県県北芸術村推進事業交流型アートプロジェクトキュレーター(2019年)、社会的包摂文化芸術創造発信拠点形成プロジェクトUENOYES(ウエノイエス)ARTS TIME PROJECTディレクター(2018年)など多くのプロジェクトを手掛ける。

執筆:中尾江利(voids)
記録写真:森勇馬
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)


事業詳細

芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023
~創造し続けていくために。芸術文化創造活動のための道すじを“磨く”~


東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」

アーティスト等の持続的な活動をサポートし、新たな活動につなげていくため、2023年10月に総合オープンしました。オンラインを中心に、弁護士や税理士といった外部の専門家等と連携しながら、相談窓口、情報提供、スクールの3つの機能によりアーティストや芸術文化の担い手を総合的にサポートします(アートノトは東京都とアーツカウンシル東京の共催事業です)。


アーツカウンシル東京

世界的な芸術文化都市東京として、芸術文化の創造・発信を推進し、東京の魅力を高める多様な事業を展開しています。新たな芸術文化創造の基盤整備をはじめ、東京の独自性・多様性を追求したプログラムの展開、多様な芸術文化活動を支える人材の育成や国際的な芸術文化交流の推進等に取り組みます。