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生命の源泉

〜大地を食べる〜【4】

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 いろいろと知識を蓄えつつも実際に初めて食べる山菜や野草に挑戦しようとすると勇気がいるものです。それぐらい慎重でないと誤って毒草を食べてしまうことになりかねません。
 ヨモギやニリンソウの若芽と間違いやすい植物として注意換気されている猛毒のトリカブトは、猛毒などと想像もつかないほど美しく涼し気な花を咲かせます。野生ですから当然「トリカブト!猛毒注意!」なんていうプレートをぶら下げているわけでもありません。本当に自然に咲いているのです。
 そんなわけですから、ほとんど間違いないと自信があっても食べない場合もありますし、大丈夫と信じきって食べていたら実は間違っていたことがありました。

 ボクの地元ではアイコと呼ばれる山菜が春の山菜として人気があるようです。おひたしにすると癖がなくさっぱりした食感でほんのりした後味も良かったように記憶しています。癖があったり個性がハッキリしているわけではないので、食べた時は「ふぅ〜ん。こう言う味なのか。」という程度でしたが、どう言うわけか後からまた食べたくなります。繊細な味であるからこそ確認したくなるような気持ちになるのでしょうか。そこが人気の秘密なのかも知れません。
 ところで、毎年のように山菜を眺めたり山野草の花を眺めたりして山を見ていると、このアイコが道端に群生しているようなので不思議に思っていました。車を下りて手を伸ばせばいくらでも採取できるような気がします。産直の先生は、まだ夜が明けぬうちに地元の山に登り、雪融けの冷たい川を渡ってアイコを採取してくると言っていました。こんなに近くにあって簡単に採取できるなら、そこまでする必要を感じません。そんな風に気になり始めると気になって仕方ないもので、そこに思い込みが加わるので誰に相談することもなくそれがアイコだと思い込むようになりました。だからと言ってすぐ採取したわけではなかったと思います。しばらく横目で見ながら自問自答を続けました。失敗したと言えば、夏になってその植物が成長した姿を確認していなかったことです。そしてアイコはイラクサの若い時期の呼び名だと思ってました。成長したイラクサにはガラス質のトゲがあるはずです。ところが、山菜の時期を過ぎると山を見て回る機会も激減します。毎年、春の若い姿だけを確認していては間違いに気が付く可能性も低くなってしまうわけです。
 ある時、意を決して目的の植物を少しばかり採取しました。そして持ち帰って茹で、水にさらした後に水気を切って食べてみました。
 癖のない味。ほんのりした風味…。
「ん〜。こんなもんだったかな。」
 特に体調を崩すこともなく、ボクの中でアイコであると言うことはほぼ確定していました。当然ながら、それからは見かけると採取しては持ち帰って食べていました。
 ある時、親戚の人にその話をしていたら、どうもおかしいのです。親戚の人は「アイコがそんなに簡単に採れるわけがない」の一点張りです。
 そうは言ってもボクは採ってきて食べてるわけだしと思いつつ、改めて調べてみたわけです。そしたら見事に間違っていました。若干ヒヤッとしましたが後の祭りです。何度も食べてしまっています。毒のある山菜や毒キノコによる事故はこうして起きるんだと体感した想いでした。
 確証はありませんが、ボクが間違って食べたのはアカソと言う植物だと思われます。アイコと同じイラクサ科に属します。アイコはイラクサ科のムカゴイラクサ属のミヤマイラクサであり、アカソはイラクサ科カラムシ属のアカソと言うことなので親戚筋でしょうか。そしてイラクサはイラクサ属でアイコとは別種。
 不思議なのはアイコが山菜として人気があるのに対してアカソは細々と食べられているだけの様子です。そう。食べる人もいるようなのです。毒は確認されていないしアイコより手軽に採取できるし…はて?やっぱりボクはアイコの魅力がまだ解っていないようです。
 間違った山菜は幸いなことに食べられるものだったので問題なかったとは言え、大きく成長すれば違いがはっきり解るものでも春の芽吹きの頃の姿は見間違ってしまうものがあります。その時食べられると判断するのではなく、何年かに渡って観察し、そこに生える植物は間違いなく食べられるものであることを確認することが大切なのだと思います。

 他にも図鑑を参考にして食べたものにトリアシショウマという山菜があります。
 ボクは幼い頃に生まれ故郷を離れたので、地元の記憶と言うものがあまり多くありません。
 父はボクに昔の話をあまり語りませんでした。それでも父の話に聞いていた山菜やキノコの豊かな山は、ボクにとってまるで伝説の山であるかのような存在となっていました。そして父が「険しい山奥に滝がある」と言う話や「イワダラが美味い」と言っていたのが印象に残っていました。
 イワダラとは正式名称ヤマブキショウマと言います。少し標高の高い所や山奥に出ている印象です。初めて見た時はゼンマイに似ているように感じました。ゼンマイには雄と雌があります。ゼンマイ採取の際には雌のゼンマイを採るように父に教わっていました。イワダラは雌のゼンマイに似ている感じで、開いた葉はヤマブキに似ています。ボクは田舎に移住してから本物を見るようになりました。父が伝説の山の幻の植物を懐かしむように語っていたイワダラが道路沿いに惜し気もなく出ている様子を見ると不思議な気持ちになります。父が暮らしていた頃にはまだ道路も通っていなかったでしょう。同じように山を見上げたのでしょうか。今でも時折土砂崩れで通行止めになるほど奥深い山です。滝もイメージしていたような大きな滝が一つではなく大小合わせて三つありました。果たして父が語っていた滝はその中の一つなのかどうかすらさえ解りません。ただ、時だけが流れ、父が見ていたであろう風景をボクが見ているという事実だけがあります。体力のない息子がひぃひぃ言いながら山菜を探している様子を父はどんな想いで見るだろうと思ったりすることもあります。そしてイワダラを手に取って少し得意な気分にもなるのです。
 トリアシショウマは、イワダラ…ヤマブキショウマと同じような環境に出ていることもあるようですが、標高がやや低いところで多く見かけるような気がします。若芽の姿は正に鳥の足を逆さにしたような形をしていて微毛がびっしり生えています。図鑑によると山菜として食べられると言うことなのでモノは試しとばかりに持ち帰り、例によって茹でて水にさらしお浸しとしていただいてみました。いくらか微毛がモソモソして気になるものの味そのものは悪くないので、これは継続して食べてもいいかもしれないと思っていました。そして後日、得意になって母に話したところ「それは地元では食べないよ」とのことで何だかガッカリ。何が理由は解りませんが、県外で育ったボクには地元の風習がさっぱり解りません。図鑑で見て何の先入観もなく食べてしまうわけです。たしかに鳥の足に似てるし、モソモソしてたしなぁ…と思い、それからトリアシショウマを食べることはなくなりました。
 モソモソしてたと言えば川沿いの土手や道端に所かまわず繁茂するクズも食べてみたことがありました。ヒョロヒョロと伸びる蔓の先を何本か手折って。あの時は天ぷらだったでしょうか。やっぱり微毛がモソモソして食べにくいのです。クズは根を利用することで知られていますね。
 図鑑で調べて食べてみて良かったと思う山菜にハリギリの若芽があります。印象としてはタラノメに似ています。ただ、トゲがタラノメより長く鋭い感じです。以前食べてみた時はただ苦くて美味しいとは思いませんでした。たぶん、旬を過ぎていたのでしょう。今年になって再度試してみたらとても美味しく感じたのです。毎日山に通うわけにも行かないのでこれも縁なのかも知れません。

 こんな風にボクが野草や山菜を食べることは、父から教わった知識や経験を拡張したり工夫したりして現代を生きるボク自身に最適化することなのかもしれません。

更新:2022.04.30

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