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紙芝居デリバリー「バーコーの怪物退治」

「自粛疲れ」などという言葉もちらほら聞こえておりますが、いやいや、引きこもりも悪くないですよ。今まで出来なかったことがいろいろ出来る良い機会です。

でもそれは大人の話。子供は大変だよなぁ。公園もほとんど行けないんですから。そんな子供たちのための紙芝居デリバリー、今度はベトナム民話「バーコーの怪物退治」。人間を食べる恐ろしい怪物をやっつけるお話。「ヤマタノオロチ」と「猿かに合戦」を合わせたようなお話です。小さいお子さんでも楽しめるお話ですよ。

さて、ここからは、このお話をめぐる民俗学的な考察。もともと好きなんですが、紙芝居やってるせいで世界の民話を読むようになり、ますます好きになっております。

この「バーコーの怪物退治」のお話、見ていただくとわかりますが、村に現れては人間をさらっていく怪物を退治するお話。この怪物、絵にある通り、顔が二つあります。村に現れて人間をさらっていく顔のたくさんある怪物、これは古事記の「ヤマタノオロチ」のお話によく似ています。怪物に酒を飲ませて、最後は剣で倒す、というところも似ていますね。

もうひとつ、キツネ、ヘビ、ハチ、唐辛子、コケ、ひょうたん、が怪物退治に協力するところは、「猿かに合戦」のお話によく似ています。

もともと、日本とベトナムは「照葉樹林文化圏」としてつながっています。たとえば「花咲かじいさん」のお話は、古事記の「オオゲツヒメ」のお話にルーツがあり、「オオゲツヒメ」のお話は、ベトナムの「ハイヌウェレ」説話、タロイモ栽培の起源神話にルーツがあります。ですので、この「バーコーの怪物退治」のお話、日本の「ヤマタノオロチ」と「猿かに合戦」のルーツにあたるお話ではないか、と推測されるのです。

山から下りて来て村を襲い、人をさらっていく怪物を、酒を飲ませ、剣で倒し、宝を手に入れる(ヤマタノオロチの場合は宝剣)。このタイプのお話は、「大江山の鬼」酒呑童子のお話などにも共通する、西日本に広く分布するお話です。この怪物、鬼のイメージは、黒澤明監督の「七人の侍」の野盗たちを思い浮かべるとわかりやすいと思います。

この鬼、野盗たちは、山の民だったのではないか、と私は推測しています。外来民族で稲作をもたらした弥生民に対する、旧来の縄文人、もしくは、なんらかの形で農耕を拒否して山に住まうものたち。この山の民を倒すために用いられるのが、米から作られた酒。稲作文化の象徴です。そして剣。鉄器文明の象徴です。稲作と鉄器が、平地の農耕民が山の民を倒すために用いられるのです。

西日本の山に住まうのが鬼であるのに対し、東日本の山に住まうのは「山姥(やまんば)」です。山姥は、人間を食べる恐ろしい怪物ですが、多産で、五穀豊穣の象徴でもあり、恐ろしくありながら、人に恵みを与えるものでもあります。比較神話学者の吉田敦彦は、この山姥を、縄文時代の「土偶」に結びつけています。山姥は地母神なのです。西日本の山に住まう鬼が、ただ害悪をもたらすだけなのとは対照的です。

これについては、西日本においては、弥生民と縄文民の対立が深くあり、山の民を神とみなすような意識が育たなかった、という推測が成り立ちます。実際に、西日本では現在でも、同じ日本人同士の「差別」が強烈に残っています。そしてこの差別が「ヤマタノオロチ」や「大江山の鬼」の時代までその起源を遡るものだとすれば、その差別がいまだ強烈であることの意味がわかります。逆に東日本には、もともと縄文民が住んでいたわけですから、山に住むものを「神」ととらえるのに何の問題もなかったのでしょう。

さて、このお話のもう一つの「猿かに合戦」の部分。ここで注目したいのは、「猿かに合戦」のお話が、実はもともと、「怪物退治」のお話であった、という点です。だとすると、思い浮かぶのが、「桃太郎」のお話です。桃太郎が、犬、猿、キジをお供に連れて鬼退治に出かけ、動物たちがその特技を生かして鬼退治に寄与する。考えて見ると、桃太郎は「猿かに合戦」によく似ているではありませんか。そうしてみると、動物の手助けで鬼退治する「桃太郎」のお話は、実はこの「バーコーの怪物退治」にルーツがあり、その一部は「ヤマタノオロチ」になり、「桃太郎」になり、「猿かに合戦」になった。そう考えられます。

「ヤマタノオロチ」や「大江山の鬼」では山の民だった鬼が、「桃太郎」では、鬼ヶ島に住む「海の民」になったのは、瀬戸内海の地理的要因でしようか。瀬戸内海の島を根城にして海賊を働いていた海の民が、実は弥生民に追われて島に移り住んだ縄文人だった、という推測も成り立つでしょうか。

この「バーコーの怪物退治」の紙芝居が、照葉樹林文化圏を通して、「ヤマタノオロチ」や「大江山の鬼」そして「桃太郎」のお話へと展開していく、という壮大な考察になりました。たかが紙芝居、たかが民話から、こんなに世界は広がってゆくのであります。だから紙芝居やめられません。


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