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「人間」って面白い

僕は二十代後半の頃に、自動車工場で半年間ほど働いていた時期がある。

働いた動機は、消費者金融での借金で首が回らなくなってきた、というのが一番の理由だったのと、それと同時に、諸々の人間関係に疲れ、全く芽の出ない音楽制作や、バンド活動とか、生活費を稼ぐための雑多なアルバイトとか、すべてから距離を置きたかったから…。

初めての寮生活で、規則正しい生活。1週間ごとに昼夜2交代制で、「ライン」と呼ばれる、大型のベルトコンベアに乗って部品が組まれていく自動車に、僕は部品を供給する係。

車種によって、異なる部品を集め、それを担当している部署に指定された順番通りに配っていく。

僕がいたのは「組み立て科」という部署だった。

「僕、以前は塗装にいたんですよ」

同期で入社した、二つ三つ年下の男がいた。仮にSと呼ぼう。Sは一年前まで、塗装科で働いていたそうだ。一度やめて、別の仕事をしていたが、結局また工場に戻ってきた。

寮も部屋が近かったこともあり、すぐに親しくなった。

「塗装科にいた頃に仲良かった先輩がいるんで、ぜひ大島さんも紹介しますよ!」

と彼は入社間もない頃にそう誘ってきた。

正直あまり気乗りしなかったが、せっかくの誘いでもあるし、

「話せる仲間がいる方が絶対楽しいっすよ!」

というので、僕はSの誘いに乗って、仕事終わりに工場から少し離れた居酒屋へいった。

「先輩は、大島さんと同じ歳です」

と、居酒屋に行く前に僕にそう言った。

僕はあれ?おかしいなと思った。なぜならSが最初にその先輩の話をした時は、「先輩は大島さんの一つ下、かな。えっと、俺の2個上だから…」みたいなことをぶつぶつと言っていたからだ。

別に高校生じゃあるまいし、一つ二つの歳の差なんてどうでもよかった。

職場では向こうが先輩なのだし、僕はまったくそんなこと気にしてなかったが、あえて「同じ歳です」と言うSに対して、違和感があった。しかし、年齢同様に、Sに対する違和感も、さほど気になるものではなかった。

居酒屋へ行くと、彼の先輩という男が3人いた。

一目で見ただけで「日サロ」に行ってるわかる、冬なのによく焼けた肌の金髪の男がリーダー格で、他に体育会系な若い男と、少し年上に見える、短髪の男。

Sとそのテーブルに座り、その5人で酒を飲むことになった。

「大島くんって、何年生まれ?」

と、そのリーダー格の、Sが“先輩”と呼ぶ男「T」は、真っ先にそう尋ねてきたので、僕は素直に〇〇生まれ、今〇〇歳ですよと答える。すると、

「おお!タメタメ!同じ歳!敬語使わないでいいからさ、タメ同士気楽にやろうよ」

と、Tが言う。

Tの他の男は、Sと同じ年下と、もう一人の短髪の男は3つ年上だった。しかし、Tが仕切ってるような感じだ。

詳しいことはすっかり忘れたが、どこか地方の出身で、東京に来て、ホストを目指してたが、ホストはなかなか儲からないと知り、まず金を貯めようと、東京都の外れの日野市にあるこの工場で働いていて、もう何年もいるという。

確かに、一昔前の“丘サーファー”というか、垢抜けない田舎のマイルドヤンキーというか、とにかくなんだか中途半端な感じはした。しかし、

「俺、ホストになるんだ」

と、黒霧島の水割りを飲みながら、聞いてもいないのに夢を語っていたので、一応ホストの夢は捨てていないようだった。

僕は実際に歌舞伎町でホストをやってる友人がいたので、彼が明らかにホストに向いていないのは明らかだった。ホストで食っていくのはかなりシビアで、テレビに出たり、有名になるようなホストは芸能界やミュージシャンと同じように、ごく一部、一握りだ。

とにかく、その飲み会は終始「なんかあったら俺に言えよ」とか「気に入らない奴がいたら教えろ」とか、そんなくだらないTの話ばかりでちっとも面白くなかった。

実際に飲みに行ったのはその1度きりで、大きな会社だったので部署が違うとまず会うこともない。時々食堂ですれ違って挨拶する程度だった。

Sは、段々とTの人間性や性格に疑問を持ち始めたのか、Tのグループとは遊ばなくなっていた。むしろ、同じ部署の人間と親しくなっていったようだったし、僕にもよく「遊びに行きましょうよ!」としつこいので、たまに飲みに行ったりした。

そんなある時、Sはこんなこと言った。

「実は、塗装科の、T先輩いるじゃないっすか?」

「ああ」言われるまで、名前もほとんど忘れてたが、覚えてはいる。「前に一度飲みに行ったよね」

「ここだけの話なんですけど、あの人、実は大島さんの一つ歳下なんすよ」

「は?……なにそれ?」

Sの話によると、どうやらTは初対面の僕に「年下だと思われてナメられくない」と思ったしく、Sと口裏を合わせ、同い年ということにしてたという。

「しょ…しょぼっ!」

思わずそう言ってしまった。

「ですよね〜!まじでしょぼいっすよ!」

とSも言ったが、お前もそんなTにやけになついてたじゃねえか?とは言わないでおいた。

人間って、しょぼいやつほど年齢とか、経歴とか、そんなしょぼい理由でマウントを取る。Tは笑ってしまうくらい器の小さい男だったのだけど、別にそれで嫌いになるとか、不快に思うことはなく、むしろそんな彼に対して、

「人間だなぁ」

としみじみと感じた。

しょぼい。ダサい。カッコ悪い。人間って、そんなもんだし、だからこそ人間って面白い、という見方もできる。

まあ、「出会う人は自分を写す鏡」という理論(?)もあるので、ひょっとしたら当時の僕自身も、「なめられたくない」とか、しょうもないことでカッコつけたり、マウントを取るような一面があったのかもしれないが、そういう小難しい話はここではしない。

とにかく、人間っておもろいな、と思ったエピソードだ。

ちなみに「ナメられくない」で一番思い出すのは、高校時代の友人Hだ。

Hは入学式にリーゼントで、周りのすべてに激しくガン飛ばしながら、威圧していた。

その後、とても仲良くなり、「お前、入学式あぶねぇやつだと思ったぜ」と言うと、

「いやぁ、ナメられたくないと思ってさ」

と、笑顔で言っていた。本当はいいヤツなのだ。しかし、ナメられたくないばかりに、そんな無駄な気合を入れて、攻撃的な視線を送っていた。T先輩に比べれば、Hの方がはるかに気合い入っていたとは思う。

僕も若い頃は「ナメられたくない」と思って、初対面の相手に威圧的な態度を取ったこともあったけど、全部虚勢であり、弱くみみっちい自分を誤魔化すためだった。

しかし、なんにしても「人間」だな。

うん。人間って、しょーもないけど、面白い。そのドラマを客観的に眺めると、そしてそのしょうもなさの奥に、なんとも言えない味があったりする。


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