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小説 「祈り」  #1

(全3話完結の小説です。無料で読めます。「祈り」に関する、不思議なお話しです)

第一話

1 大塚真希 午前8時30分頃


“大塚真希”は通勤のため、駅前の歩き慣れた道を歩いていた。時間には余裕を持って出るタイプなので、特に急ぐことはなく、履きこなしたローファーで乾いたアスファルトを颯爽と歩く。

スーツ姿の大塚マキを見た人の第一印象は「キャリアウーマン」とか「やり手の女」と思うだろう。スラリと背が高く、長く引き締まった足は、パンツタイプのスーツにしっくりと収まっている。

肩の高さで切りそろえたストレートの黒髪は艶があり、長いまつ毛と少し切れ長の目。実際、彼女の会社の女子社員で、マキに憧れる若手の社員は多かった。第一印象を裏切るとすれば、外資系の企業で34歳で部長という肩書を持つこと。ただのやり手の女ではない。しかし、異例の出世を実現したのは彼女の実績があるからこそ。

キツイ性格だったが、男性上司にも物怖じせずに立ち向かい、大きな企画を成功させて、これからも前途洋洋だ。彼女の人生に足りないものがあるとすれば理想のパートナーくらいだが、現在は恋愛よりも仕事での充足感が強く、特に独り身でいる事を寂しいとは思っていない。そして基本的に男性を頼りにしていない。

マキが駅へ向かう道にはいくつかの交差点があり、ちょうど小学校の通学時間帯と重なり、通勤時間は子供たちが多かった。保育園に子供を連れて行く、自転車に乗った母親と小さい子供も多く、忙しない雰囲気が至る所に溢れていたが、その中でマキは急ぐことはなく、かと言ってのんびりすわけでもなく、背筋の伸びた姿勢を崩さず歩く。

時折、通りすぎる人がまるで芸能人でも見つけたかのように振り返る。薄いサングラスをかけていることが多いので、ついそういう風に見られるのだ。

今日も完璧な1日だった。彼女は毎朝、1日のスケジュールをまとめる。イレギュラーも含め計画をするので、例え急な予定変更があっても、即座に対応できる。突発的なトラブルでさえ、彼女の想定内なのだ。

そんな完璧な1日を過ごすはずだった。

しかし、その日はいつもとはまるで違うことが起きた。

確かに彼女にしては珍しく、少しだけ急いでしまった。信号が黄色になり、そろそろ赤になるタイミング。立ち止まる歩行者もいた。彼女は歩みのペースを落とさずに信号を渡り切ろうと、少し早歩きで横断歩道に足を踏み入れる。

車から発せられる甲高いブレーキ音が響く。明美の目の前には大きな金属の塊が迫っていた…。


2 上野裕美 午前8時30分頃

(あー、もう!また遅れちゃう!)

“上野裕美”は大急ぎで自転車を漕ぐ。今日も遅刻をしてしまったら今月で五回目だ。またお局さまの婦長に何を言われるかわかったもんではない…。

自転車の後部シートには5歳の娘のカレンが乗っている。仕事の前に、裕美は保育園に向かっている。保育園に娘を預けたら、すぐに駅に向かわないとならない。裕美は2駅隣の街にあるリハビリ施設で勤務している。

遅れた理由は、カレンが朝ごはんを食べるのを嫌がり、5歳の子供相手に本気で怒り、向こうも口が達者だから反論し、朝から口げんか。夫が出てきたら娘は上手に夫に甘えて「まあまあ、落ち着けよ」と窘められて終わったが、まるで私が悪いみたいじゃない!と、裕美はその後もずっと不機嫌だった。しかしカレンは後ろで呑気に鼻歌を歌っている。女の子はどうしてこう生意気で口が達者でわがままで気まぐれなのか?男の子の方がよっぽど素直で可愛いと、他の子供たちを見てて思うことがある。

とにかく、裕美は急いで人の多い道を走る。朝の時間は通勤、通学の人々が多く、車も多い。信号が幾つもあり、小さい交差点が数ブロック置きにある。急いでいる時に限って赤信号にひっかかってばかりなのはなぜだろう?

今日も忙しない1日だと、走りながらため息をつく。「子供が小さいうちだけだよ」と何度も先輩ママさんや、実の母、夫の母に言われたが、こんな目の回る日々が本当に終わる日が来るのだろうか?

1日があっという間に終わってしまう。ここ数年、仕事と家事と子育ての他に何をしたのだろう?ハッキリ言って全然記憶がない。毎日毎日同じ事をしているような気がする。今は2020の何年の何月だっけ?

そんな事を考えながら、自転車は交差点に差し掛かる。信号は黄色から赤に変わったところだったが、裕美はペダルにさらに力を込めた。電動自転車のママ友たちがうらやましい。

左右は確認したのだ。そして、このタイミングは急げは問題ないと判断した。彼女は高校生の頃陸上部に所属し、大学ではテニスをやっていただけあって、そういう距離感覚や動体視力には自信があるし、なにせいつも通い慣れた道路だ。このくらいのことはしょっちゅうある。

しかし、交差点で立ち止まった人の隣をすり抜けて、裕美はカレンと共に自転車で道路に飛び出した時に、その交差点を右折しようとした乗用車がいたことに気づかなかった。

裕美はその乗用車と間一髪のところでぶつからないで済んだが、まさかその後に大きなトラックがいるなんて思わなかった…。

忙しない1日を送るはずだった。いつもと同じ、目の回るような日々を送り、怒ったり、笑ったりしながら過ごすはずだった…。

3 品川孝  午前8時30分頃

“品川孝”の運転する4トントラックは朝の渋滞の中でほとんど動きの止まったままだ。歩行者がひっきりなしにトラックの横を追い越して通り過ぎていく。

カーナビではどこのルートも混み合って時間がかかる。これだからこの時間帯にこの辺りを通過するのは嫌だった。早く帰りたい。妻の待つ家。まだ小さな息子の待つ家へ。

一晩中、東北道から常磐道を走らせ、首都高を抜けてようやく一般道に入った。勤務する運送会社まであと数キロメートルだ。

眠かった。とにかく眠い。2歳の息子が一昨日から熱を出して、妻が一人で看病してた。彼はその時はまだ青森で、まだ数カ所、東北で荷下ろしがあり、最後には仙台で加工された部品を積んで戻らないとならなかった。

幸い、昨日の夜に熱は下がったとのことだったが、早く家に帰って妻を労いたいし、何よりも子供の顔を見たいと品川は思っていた。だからほとんど休憩を取らず、夜通し高速を走ってきたのだ。会社からはドライブレコーダーの記録で、休憩をとってないことや、速度超過がバレて、後で文句を言われるが、そんなことは前にも何度もやってる。謝ればいいだけだ。

しかし朝の通学時間は子供たちが多いから注意が必要だ。小学生の子供たちはいきなりどこからどう飛び出してくるか予測がつかない。この辺は見通しの悪い交差点も多いから、集中力を切らすわけには行かない。しかし、それも仕方がない。自分だって子供の時代があって、相当なヤンチャ者だった。しかし子供は大人の作る世界によって守られているのだ。彼は自分に子供が生まれてから、そういうことを考えを持つようになった。

品川は眠気を堪えながら、助手席にある“フリスク”に手を伸ばす。しかし、もう入っていなかった。(フリスク中毒かよ)と苦笑いするくらい、眠気を抑えるためにずっと食べていた。

(どこかコンビニでフリスクかガムでも買うか…。いや、それよりもさっさと戻らないと)などとぼんやり考え、欠伸を噛み殺しながら品川は車を走らせていた。

長距離運転手になった理由は簡単だ。収入だ。品川の妻にしろ、若い頃からどちらかというと素行の良いタイプではなく、貯金などもない。品川の親は現在母一人で、父がいなくなってからずっと生活保護者だ。

品川が子供の頃から、父はアル中、母はパチンコ屋に入り浸っている両親だった。父が死んだ時は悲しいよりほっとした気持ちの方が多かった。多分、たまに金の無心にやってくる母親が死んだら、もっとほっとするのだろうと思う。

そして妻は妻で実家から勘当されている。品川のように荒れた家庭ではなかったが、とにかく今は関わりがない。子供が生まれからも一度も連絡を取っていないし、取る気もないのだろう。

つまり、結婚して子供が生まれようとも、現実的、金銭的に誰も助けてはくれないのだ。

しかし子供が生まれてから品川は周りの人間も驚くほど変わった。息子が可愛かったし、何より「帰る場所」があるという事実がありがたかったのかもしれない。それほど家庭というものに植えていたのだと、結婚してから品川は気づいた。

彼はいつも思っていた。家族を、何よりも大切にしたいと。家族のためなら、なんでもできると。

だからこうして数日間家を空けた後は、早く帰って妻と息子の顔が見たい。子供と一緒に遊びたい。うまい飯を食いたい。今頃、アイツも俺のために食卓の準備をしているはずだ。今日は俺の大好物の唐揚げだ。ニンニクの効いた、からっと揚げた唐揚げ。朝っぱらから揚げ物はどうかと思うが、俺の好きなものを作って労いたいという気持ちが何より嬉しいのだ。

眠気と空腹を感じながら、そんなことをあれこれぼんやりと考えていたら、後ろからクラクションを鳴らされてハッとなった。前の車はすでに動いていて、数台分品川の前は空いていた。

(こんな一瞬待たされたくらいで鳴らすこともねえだろ…)

と、一瞬心の中で毒づいたが、朝の通勤時間は急いでいる人が多いので仕方ないと思った。

車は交差点を右折するタイミングだった。しかしなかなかこの交差点は右折ができない。対向車がひっきりなしに来る。なのに右折専用レーンも矢印信号がないから、赤に切り替わったタイミングでさっと渡らないとならない。

品川のトラックの目の前の乗用車がいて、同じく右折しようと、すでに交差点に侵入していている。品川もその後に続いて交差点に車体を入れる。トラックの後ろにはまた長い渋滞が続く。仕方ない。俺を恨むんじゃなくて、こんな道路設計にしている行政を恨め。

信号が切り替わったら乗用車に続いてすぐに発進できるようにしていた。ここでまた右折を逃すと、もう1ターン待たないとならない。ここの信号機は遅いと、仲間もいつも言っている。

信号が黄色から赤になった。前にいる乗用車が右折するために車を進める。急いでいるのか、勢いよく交差点を渡る。品川もそれに続こうと、車間を詰めるべく交差点アクセルを踏み込む。さっさと渡切らないとならない。

曲がる時に、小学生の集団が交差点にいるので、そちらに目を向ける。ランドセルを振り回してる子供がいたのを、ぼんやりと見ていた。しかし、その一瞬だった。目の前の車が突然ブレーキをして止まったのだ。自転車が突っ込んできたのが見えた。

普段の品川なら、それくらいの脇見があっても反応できたと思うが、その日は反応が一瞬遅かった。やはり寝不足が祟ったのかもしれない。反射神経に大きく影響するのだ。

咄嗟にブレーキを踏んでハンドルを切ったが間に合わず、トラックは勢いよく乗用車の角にぶつかり、さらに目の前には黒い服を着た女がいて、倒れかかった自転車がこちらに向かってきてた…。

ハンドル越しに、シート越しに、その感触は伝わってきた。

彼は予定通り家に帰り、妻と息子と対面することは叶わず、次に家族と会えたのは警察署の中だった。彼はずっと、先ほどのハンドルやシートからはっきりと感じた感触を、ずっと思い出していた…。

つづく…



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