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【小説】AI絵師が当たり前になった世界で:前編

前中後で分かれた2万字弱の小説です。
水曜まで毎日お昼に更新します。
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あらすじ
 AI絵師が当たり前になり、数多いたイラストレーターは一部を除き姿を消した時代。
フリーでAI絵師として働く榎本愛は、偶然得たスケッチブックを通して不思議な夢を見るようになる。

 突然夢に現れた男はスケッチブックの持ち主だと言い張った。
 返すよう迫られた愛は勢いで「代わりに絵の描き方を教えろ」と言い ──

 未来のAI絵師と現代の絵描きが織りなす、ほのぼのお絵描きライフです。
 ちょっぴり絵描きあるあるもあるかも?



「今日の提出あと何枚!? 10枚!? 誰だよこんな溜めたやつ!!」

 叫びながら頭を掻きむしるも、それで仕事が終わるわけでもない。このくらい何とかなるといった昨日の自分が憎い。必死で頭を絞りペンを走らせコードを打ち込み試行錯誤を繰り返し……ようやくひと心地ついたときにはすでに22時を回っていた。

 厳しかったが何とか乗り越えた。
 フリーのAI絵師、榎本(えのもと)愛(あい)は机の上に散らかしたラフの束を片付けながらほっとため息をついた。

 

 

 この世界から絵描きという職業が無くなって久しい。(正確には昔から居る高名なイラストレーターなんかは残っているが極少数)
 愛が物心ついた頃にはほとんどの家電にAIが搭載されていたし、ちょっとした広告や創作作品はAIで生成するのが当たり前だ。

 昔は人が描いていて権利問題だ何だと大変だったらしいが、今ではAIに読み込んでいい画像とそうでない画像の線引もはっきりされ、駄目な画像が組み込まれている事がバレると裁判になることも珍しくない。使っていい絵のデータは基本有料で売り買いされる。フリーのサイトももちろんあるが中身が確かかは保証されていないため、小心者の愛はもっぱら有料カタログ派だ。

 

 愛はAI導入前のオタク文化が大好きで、2010年〜2025年位の美しいイラストが特に好きだった。どうにかして自分も作る側になりたかった愛は、AI絵師の専門学校でコードの入れ方や、AIの判別しやすいラフの描き方を3年間みっちり学んだ。
 仕事にするのは中々厳しいと言われていたが、とにかく小さい仕事でも何でも受けることでどうにか食いつないでいる。

「うーん、やっぱり手が見えないポーズしか作れないと出来ないことが多いなあ」

 AI絵師には大きく分けて2つのタイプがいる。ラフだけ描いてAIにひたすら作らせて良いものを選びながら展開させていくタイプと、ある程度のものが出来たら直接レタッチを加えるタイプだ。
 愛の場合は圧倒的前者。以前どうにかして手を合成しようとして4時間かけた力作を、『骨折してるの?』の一言で叩き斬られたショックは大きかった。

 しかし絵師業一本でやっていくならそろそろ画像編集の技術もほしいところだ。今度AIコンシェルに手頃な講座を調べてもらおう。
 とにかく今日は疲れた。
 布団に倒れ込んだ愛はそこからの記憶がない。

 

 翌日、起きたのは昼過ぎだった。貴重な休みの半日をすでに潰してしまった訳だが、そのことを嘆きながら風呂に入りお昼ご飯を食べ、夕方まで趣味の古本屋廻りをするのがいつものルーティンだ。
 家から一番近い、愛が古本屋廻りをするようになったきっかけとも言えるそのお店は、お爺さんが一人で切り盛りしている小さな店だった。いかにもな歴史書から古風な漫画、雑誌まで、様々なものが雑多に並んで、そこからよく分からないなりに面白そうな一冊を見つけるのが宝探しのようで楽しかった。

 紙媒体の本なんて時代遅れと思われるかもしれないが、愛はそうした本を集めて寝る前なんかにぱらぱら捲るのが学生時代からの習慣だ。
 愛はいつも通り長い時間店をうろつき、厳選した何冊かを購入した。他にも数店回って大量の本を抱えて家に帰る。電車の中では周りから奇異の目で見られたが、愛はそんなことお構いなしに帰ったらどれから読もうかと胸を弾ませていた。

「あれ? これ……本じゃない」

 買った本を整理していると、本と本の隙間に挟まるように極薄いノートが混じっていた。購入した覚えのないそれは、あのお爺さんの古本屋で買ったものだ。お爺さんがボケて一緒にしてしまったのか、はたまた自分で手に取ったときに挟まっていたのか。厳選したんだから私じゃない!と言えない程度にはずぼらな自覚があった。

 表紙に【CROQUIS】と印刷されたそのノートは、よくよく見ると作者名も出版社も書かれていない。軽く捲ると白紙ばかり。普通のノートと違って罫線も無い。

「あっ……何か書いてある」

 何のためのものだろうと捲っていくと、数枚だが何かが書かれたページを見つけた。それはほとんど掠れて見えなくなっていたが、

「これって……絵? でもラフとは違うような……。もしかしてこれ"スケッチ"ってやつ?」

 それは以前レタッチについて学校で習ったときに出てきた。なんでも手作業でやっていた頃の絵描きが、修行期間のようなものを設けてやっていたことらしい。写真や実物を観察してひたすら描いて覚える……という気の遠くなるような作業だったはずだ。

「すごい、上手……AIみたい。きっと有名な画家のスケッチブックなんじゃない!?」

 愛は貪るようにその数ページを何度も何度も繰り返し見て、線を指でなぞっては唸った。ザラザラとした感触と指につく黒炭に、本当に手描きなんだと妙に実感する。
 昔の絵師……いや絵描きはもっと大変だったと聞く。この人はどんな作品を作ったんだろうと、名を知らないこのスケッチブックの持ち主に思いを馳せながら、愛はいつの間にか寝落ちしていた。

 

 

『人のノート勝手に見てんじゃねえよ』「……は?」

 愛の目の前には知らない男の人が立っていた。腕組みをしたその男は眼鏡越しに不機嫌そうにこちらを睨んでいる。

「いやあの、誰?」
『お前が勝手に覗き見したノートの持ち主だよ』
「えと……何これ、夢?」

 とりあえずムカつくので、『何言ってんだコイツ』みたいな顔はやめてもらいたい。

 

 *****

 

 その男は甲斐田(かいだ)努(つとむ)と名乗った。なんでも彼は私が手に入れたスケッチブックの持ち主なんだという。

「ま〜たまたぁ〜、夢で人と会うなんて臓器移植じゃあるまいし! きっと私の作り出した幻想だね。そう思えばこんな奴大学の時クラスにいた気がするし」
「いや誰だよそれ、他人の空似も良いとこだ。第一ここが夢の中ってどういうことだ?」
「ふんぞり返って聞くのやめない? 夢の中は夢の中だって! あーあ、レム睡眠は疲れが取れないのに!」

 とりあえず目よ覚めてくれーー!と念じた瞬間、愛はパチリと目を開けた。天井にはカーテンから漏れ出た陽の光が差し込んでいる。チチチ……と鳴く鳥の声を聞きながら茫然とした数瞬後、ガバリと布団を跳ね除けた。

「待って、今何時!?」

 時刻は8時50分。今日は月に一度設定した出勤日。勤務開始時刻は9時だ。

 愛はフリーの絵師だが、そういったフリーランスの人間用の互助会のような会社に所属していた。給料を貰うのではなく、逆に月額いくらかを支払うことで面倒な事務処理を代行してくれる。一応会社としてのビルも有り、自分で設定した日程は会社で勤務することが可能だ。

 家では仕事にならないというタイプのための処置だが、フリーという個人での仕事ばかりしていると、隣で似たような働き方をしている人に色々相談できるのは案外貴重だ。
 とはいえ、出勤日の勤務時間は申請した通りに行わなければ罰金を支払うことになる。

 サーッと血の気が引く頭を、思考停止一歩手前で留めて慌しく支度をする。朝ご飯は当然食べられない。

「最っ悪だし! 全然寝た気しないんだけど!?」

 あんな夢見たせいだ!ウガーーッ!と叫んだ声は安アパートの壁越しに鳴り響いたらしく、ドアを出た瞬間かち合ったお隣さんに心配される始末。
 残業、寝不足、許すまじ。

 

 

「そう思って今日は定時退社したんだけど? 何でまたおんなじ夢だよ!?」
『知るか叫ぶな、うるさい』
「やっぱ誰だよお前! 有川はこんなに性格悪そうなイメージねぇよ!」
『お前も口悪くないか? それに俺は甲斐田だっつってんだろ、鳥頭』

 鳥頭!? 昨日の今日で忘れるか馬鹿野郎!! と地団駄を踏む愛は夢の内容を覚えていた。普段は基本夢を見ない、見たとしても覚えていないタイプなのにはっきりとだ。
 だから念のため警戒して、貴重な出勤日にゴリ押しで定時帰りを実現させた挙げ句、いつもより考えられないほど早くに寝た。22時に寝るなど、夜更かしするのは大敵だと刷り込まれていた中学時代以来のことだ。
 勿論、例のスケッチブックなど視界の端にも入れていない。

「何なん!? 悪霊!? 脳波ハッキング!? あんなんあと20年は先の技術だって言われてたじゃん!」
『だから……ハァ、まあいい。とりあえずここはお前の夢の中ってことにしてやる。それでいいから、さっさと俺のノートを返せ』
「何コイツ……1から10まで言動がムカつくんですけど。あと返せって何」
『その手に持ってるノートだよ、ドロボウ』

 はあ? 誰が何を持ってるって? と目を向けると、そこには確かにあの白紙ばかりのスケッチブックが。いつの間に手に持っていたのか。全然自覚が無いが、やはりこの奇妙な夢はこいつが原因らしい。これを渡せば目的を達した男は夢に現れなくなるかもしれない。

 しかし、しかしだ。
 この嫌みな男の言う通りにするのは何だかとってもムカつくし、何より不思議なノートと非現実的な夢の中の縁。

 こんな面白そうな出来事、簡単に手放すような現実主義なら絵師なんてしていない。

「……ヤダよ。私が買ったんだし」
『そうか、悪かったな。手違いだ、諦めろ』
「はぁ〜〜!? 何でよ! 嫌ですぅ、私が買ったんだしもう私のものですぅ〜」
『何急に小学生化してんだ、足元見やがって。金なら払う、いいから寄越せ!』
「ど〜〜しよっかなぁ?」

 思い切りにやにやしてやった。案の定男は顔をしかめる。というかコイツは夢の中でどうやって金を払うつもりなんだ。

「手元に一銭も残らなさそう」

 ボソッと呟いた私に男が怪訝な顔をする。ノート自体はおそらくお金がかかってない。うろ覚えだが買ったときの金額的には多分そうだ。だから正直、コイツが金を払うかどうかはどうでもいい。

 まあ、何だかんだ言ってもいつかは返すつもりはある(方法は謎だが)。かといって素直に渡すつもりもない。どうせならこの男にひと泡吹かせてやりたいので。

 

「あ、いいこと思いついた。有川的な甲斐田はこのスケッチブックの持ち主なんだよね?」
「有川枕詞にするのやめろ。……そーだけど?」

 何か予感でもしたのだろう、甲斐田は警戒したように少し心持ち身を引いてこちらを見る。しかしそんなことはお構いなしに、愛はまっすぐ指を突きつけた。

「お金は払わなくていいよ。その代わり、私に絵の描き方を教えて!」

 げ、と心底嫌そうな顔をした甲斐田に溜飲を下げた愛は、満足そうに頷いてスケッチブックを抱きしめた。

 

 

 そんなのより金を払う、いらない、払う、いらないの不毛な押し問答を繰り返した二人は、「教えてくれないとスケッチブックの中身バラして壁に貼ってやる!」と叫んだ愛の、ノートを人質に取った防ぐ手立てのない言動で決着となった。
 愛が満足そうに頷いた瞬間目が覚めたので、言い逃げされた甲斐田は心底腹を立てていることだろう。

 その日終始ご機嫌だった愛は、面倒なクライアントのイチャモンにもはいはい聞いてやった。しかし"アーティストでも無いくせに"とかほざきやがった野郎にはいつか吠え面かかせてやる。絶対にだ。

 

「そういう訳だから、あいつをギャフンと言わせられるレベルまで上手くなってやる!」
『動機が不純過ぎる……』

 

 

 *****

 

 

『とりあえず、まずはお前の今の画力を見せてみろ』
「画力……!なんかすごい職人っぽい! これでも3年間みっちり勉強してたから、ある程度は描けるよ」

 愛は地面に座り込んで甲斐田に言われるまま人物の立ち絵、座った絵、正面斜め、斜め、上から下から……などを地面(?)に座って描いていく。ちなみに夢の中は真っ白な空間だ。甲斐田しかいない。愛は自分の想像力ってこんなに貧困なのかしら、と悩んでいる間も筆は止めない。
 甲斐田の指定は正直意味が分からないが、どことなく真剣な雰囲気に呑まれて、柄にもなく緊張しながら描いていく。

『お前これ……もう少し描き込めるか?』
「描き込む? って、どういうこと?」
『だってお前のこれ、絵というかアタリだろう。これだけじゃ判断出来ない』

 見られながら描くのが嫌なら明日持ってきてくれれば……とか言い出す甲斐田にますます疑問符が浮かぶ。愛が理解してないのが分かったのだろう。怪訝な顔をしながら甲斐田が手を差し出す。

『お前、俺のスケッチブック持ってるんだろう。一回よこせ』
「えぇ……良いけど。このまま持ってったら駄目だよ」
『そんなせこい真似するか。いいか、俺が見たいのは……』

 と甲斐田は白紙のページを開き、おもむろにどこからかペンを取り出す。そのままさらさらと描き始めた。見守っていると、『まあ顔だけでいいか』とひとつ呟いて私にスケッチブックを返す。
 受け取ってみると、そこには漫画タッチに描かれたショートの女の子が。

「えっこれ……、これっ今、今甲斐田が描いたの!?」
『ああ。顔だけならそんなに時間かからないだろ。全身じゃなくていい』
「顔だけって……どうやって描くの?』 『あ?』

 まじまじとこちらを見る甲斐田と見つめ合う。

『お前………絵、描いたことあるか?』
「バカにしてる? ラフはちゃんと描いたじゃん。私が使ってるアプリは部分的だと読み込ませてもあんまり精度が良くないから、大体そういう時は切り取って使うし……」

 なんだか険しくなってきた甲斐田の顔に、愛の言葉も尻すぼみになっていく。どういうことだ。
 そもそも絵師は基本スケッチなんて面倒なことしない。今でも一部ではやったほうが良いという声もあるが、よっぽど意識が高い人か昔ながらのイラストレーター位な印象だ。AI絵師は基本使わない。でも甲斐田は手描きが当たり前のように ────

『お前に絵は教えられない』
「えっ」

 思いもよらぬ冷たい拒絶に、愛の思考は凍りついた。甲斐田は無表情に……否、少しだけ眉をしかめて、こちらを睨んでいた。

『お前は絵を描いてる訳じゃない。俺が教えられることは何もない』

 ふいっとこちらに背を向けると、声を掛ける暇なく甲斐田はどこかへ行ってしまう。追いかけようと立ち上がった瞬間、愛は目を覚ました。




仕事とかしてると、ほんの十年前の技術でも『昔はこんな作業があったんだよ〜、こんな便利なもの無かったよ〜』的な話をよく聞きます。

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