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君の”愛のくらし”は、どうですか?

どもども、あさくらだ。


気がつけば、またこのnoteに行き着いている。幸い、僕はnoteを書くことに際して仕事という感覚を抜けだせる。たった一人の自分との対話。そんな風に綴っていけることに感謝だ。ありがとう。


最近は、この場所があれば何も怖くはないなあと感じている。どれほど揶揄されたり落ち込んだとしても、表現だけは決して誰からも侵されることがないからだ。人はそれを、アートと呼ぶ。

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当然僕と同じ権利を、あなたも持っている。あなたが自分だけの画廊、つまり自分の価値観を投影できる何かを持っている限り、あなたは無敵なのだ。あなただけの大きなキャンパスには、ウィルスさえも落書きをすることができない。


まあしかし、なんでもかんでも周りにあるものを自分の画廊にするわけにはいかない。僕も特別な人間ではないので、自粛をしている。本当なら目に見えないウィルスバリアをまとって、ライブハウスへ音楽を浴びにでもいきたい気分だ。だけど現実は、家での体育座りが精一杯。そろそろ疲れてきたのであぐらをかこうと思う。


「イエスタデイ」という映画を見て。

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さあて、自粛期間を謳歌するための第一の施策は映画だ。休日の時間は贅沢に使うものだ。どうせやりたいことをやるなら朝イチがいい。つまらんワイドショーとはおさらばだ。ということで、午前中から2時間をもぎ取って、「イエスタデイ」という映画を見た。


あまりネタバレになるといけないので内容は控えるが、要約すると自己実現というものをめちゃくちゃ考えさせられる映画だった。地位や名声のためにどのように努力を積み上げ、何を犠牲にしていくのかという問いが、ポップな作風の中に散りばめられている。


「何を犠牲に」系の映画はかなり重たくなる傾向がある。それで映画を見終わった後にどよ〜んとしてしまうものもあるが、この映画はメッセージのシリアスさを世界観のポップさで緩和しているようだ。


考えさせられるが、見ていてしんどくならない。一つのメッセージを伝えるのにも、本当にいろいろな方法があるんだな、と一人ふむふむしていた。


ところで、この映画で一番好きなワンシーンを紹介してもいいだろうか。こちらも詳しくは言えないが、ある人物が主人公にこう問いかけるシーンがある。


君の”愛のくらし”は、どうですか?

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愛のくらし、そんな言葉は僕の日常にはなかなか登場しないので戸惑った。しかし何故か彼の言っていることが少し分かる気がした。おそらく、自分自信の生活に愛のあふれる瞬間はあるか?ということだと思う。


生きることは簡単じゃない。損得も高慢も偏見もある。その時々によって損得で判断し行動すること、見栄を張って行動すること、どれをとっても自分の人生に必要なものだと思う。そしていつの間にか、愛は後回しにされてしまう。それも仕方のないことかもしれない。


ただ僕は、自分の生活に、どれほど愛が溢れているか?という問いは極めて重要だと思う。確かに純粋な愛だけでは決して生きてはいけない。しかし、損得感情を省いたその先の何かに触れなければ、人生はいとも簡単にちっぽけなものへと成り下がってしまう。そんな気がしてたまらないのだ。


あまり深く考えすぎずに、今一度自分の内側に見て、聞いてみたい。


僕たちは、十分な愛のくらしを送れているだろうか?

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損得だけの暮らしになっていないだろうか?


僕も、もう一度自分の生活をフラットに観察することにした。この先おそらく、多くの人と関わっていく上で愛は後回しになることも山程あるだろう。それは他人に対してだけではない。自分に対しても同様にそうなってしまうだろう。


そんな生活の中ででも、僕はこれからも愛を込めてこの画廊を築いていきたいと思う。この場所だけは、愛が満ちている場所にしよう。愛を乗せて言葉を紡いでいきたい。


最後まで読んでくれて、本当にありがとう。


今日はここまで。

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