菊池寛実記念 智美術館 「こども鑑賞会」ルポ
何処も同じでしょうけれど、美術館も時として、人生が交錯する場になることがあります。
先日、菊池寛実記念 智美術館さんでの鑑賞会で、そんな出会いがありました。
少し早めに到着されたご家族。6歳の男の子を連れてきたのは叔母にあたる方でした。
開始まで、お子さんが場に馴染むよう、お話ししたり、そっと遠くからアイコンタクトを取ったりして過ごすのが常です。
その叔母にあたる方は、目を輝かせて、何かお話になりたい雰囲気を醸しておられ、自然と会話が始まりました。
「私は小さい頃、姉によく美術館に連れて行ってもらっていたんです。姉が5,6年生の頃からです。両親が仕事で忙しく、姉に育ててもらったようなところがありまして。
その姉が亡くなって、甥っ子をいつか美術館に連れて行ってあげたいな、と思っていたんです。
そうしたら『こども鑑賞会』が、しかも前から行ってみたいと思っていた智美術館であると知って、嬉しくて申込みました。彼にとって初めての美術館。今日は姉への恩返しのつもりで来たんです。」
泣きたくなるような思いを少しだけよぎらせながら、カラッと率直にお話してくださる、その語り口に、温かいお気遣いが感じられ、ありがたく思いました。
そうでしたか…そうでしたか…と、今日、来て、そしてお話しくださったことに、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
甥っ子さんも、とてもオープンマインド。「こんにちは。今日はよろしくね」と隣に座ると、次から次へお話ししてくれました。
鑑賞サポーターのTさんから「あのお子さんは前からワークに来ている子なの?」と聞かれたので、「初めて会った子だよ」と返すと「えー!そうなの?すごい話してたから知ってる間柄かと思った」と。それくらい短時間で心を開くお子さんでした。
さて鑑賞会。
この日は4歳以上を対象としていて、4,5,6,7,9歳のお子さんが参加しました。
きょうだいで参加予定のご家族が数組お休みがあり、半分くらいの人数になってしまいましたが、一期一会。「今日のメンバーだからこそ」の、どんな鑑賞会になるでしょう。
今回は「河本五郎 ー 反骨の陶芸」を鑑賞しました。
河本五郎さん(1919~1986)は、瀬戸市で製陶業をされている家に生まれ、磁器のみならず陶器の制作に入られ、さらに磁器の制作へ戻られるなど、陶器と磁器の特徴を考え抜き、ご自身の手法を追求されました。
もちろん、中国の陶磁器などの研究もたくさんされて制作に臨まれました。
(詳しくは智美術館さんのHPをご覧いただけたらと思います)
https://www.musee-tomo.or.jp
美術館で展示を観るというのは、ドキドキすることが多いので、様々な形で子どもたち(と親御さん)へ、「心の準備」ができるような媒体を用意しています。
事前動画の視聴、開始時のガイダンスに加え、今回は、学芸員さんが個人で所有されている河本五郎さんの作品に触らせていただくという機会に恵まれました。
陶芸作品の展覧会ですから、触れるのはとても有意義。
本来、人は五感で世界を知ろうとするものですが、視覚に頼る鑑賞が多い。触れることで、見るものへの想像力が変わるはずです。
大人も子どももとっても嬉しそうに、感触を確かめていました。
期待に満ちたところで展示室へ!
河本さんの作品は、バラエティに飛んでいて、子どもたちがインスパイアされる要素がたくさんあります。
4歳と5歳の子は、話したいことがいっぱいで、他の子の発言が終わるのが待ちきれない様子。
先述の6歳の子が「お部屋が暗くてこわい」とモゾモゾし始めました。
智美術館は、仄暗い中に作品を浮かび上がらせる照明が抜群の、とても大人向けの空間。他の美術館より展示室が暗く感じられます。
暗いことを、怖いと思うか、ワクワクする気持ちになるか、人それぞれです。
怖い気持ちに寄り添う誰かがいると、その思いを通り抜けて、作品そのものに目を向けることができるようになります。
そこで当会の鑑賞サポーターさんの存在が、ありがたい。
研修や実践を通してそのことを理解して対応してくださる、強力な助っ人なのです。
もちろん今回も、学芸員さんはじめ職員の皆様もサポートしてくださいました。いつも感謝しきりです。
各自が気になる作品を挙げ、皆で気づいたこと思ったことを出し合います。
触った時の「ザラザラ」「ツルツル」を思い出して、「これはザラザラ」など、4歳(年少)の子は見て感じる触感を言葉にしてくれました。
『灰釉動物文花器』(1960)には生き物がたくさん描かれています。「クジャクがいる!」と5歳(年中)の子が見つけていました。
一番気に入った作品をデッサンするワークショップでは、たくさん発言していた作品とは異なる作品を描く子もおり、チョイス自体が興味深い。
たまに「描きやすそうだから」という理由で選ぶお子さんもいますが、今回の河本五郎さんの作品はどれも描きやすそうなので、そういった理由とは違う気がします。
クジャクを見つけた5歳(年中)の子がデッサンに選んだのは『陶面』(1968)。
「口が大きくあーとあいていた。こわくて楽しかった」
「こわくて楽しい」って言い得て妙ですね!
そういう相反する印象を持つ対象に、人は惹かれるような気もします。
お母さんは「人の顔がある作品に興味を示した」とワークシートに書いてくださっていました。
幼児期のお子さんの特徴だなと思います。
暗いのを怖がっていた6歳(1年生)の子も、好きな作品をどれに絞るか迷うくらい見つけたようです。
最終的に選んだのは『魚紋陶盤』(1958)。
「舟みたいな形してた。イス、イス、座るみたいな形してた。1番好きだった」。
叔母さんは「初めて美術品を見て、発言している〇〇を見るのは新鮮でした。ハラハラする事はありましたが、彼が考えていることが意外性あり」と甥っ子さんを肯定的に受けとめてくださっています。素敵!
4歳(年少)の子は花のモチーフの『藍亭幻相』を描いた後、ものすごい勢いで上から直線を描き始めました。
その描きっぷりに周りはちょっと驚いたのですが、本人曰く「もう1つ作品を描いたの」と。
「四角のとんがったもの。キレイだった」とお母さんが書き込んでくださっています。
直線で描いたのはその「とんがったもの」のイメージだったのかな?
7歳(2年生)の子は『陶人形』(1957頃)を選びました。
「大ようのとう(太陽の塔)ににてるな、とおもう」と本人が書いています。
お母さんが「展示室でこの2作品は、絵と左右逆に置かれていたんですよ。きっと彼の心の眼には、この順番で映ったんでしょうね」と話してくださいました。なんて素敵!
ワークシートにも「心の眼で、見るものをずっと覚えていてくれたらいいなと思いました」と書いてくださっています。
こういった記録用紙は、ガイダンスで「未来のお子さんへのプレゼントに」とお伝えしていますが、こんなふうに咄嗟に子どもの様子を肯定的に受け取るのは、なかなかできないものです。
9歳(4年生)の子は、園児の頃から智美術館での鑑賞会に参加し続けてくれています。
『銀彩青丹幻相筥』(1978)を描きました。展示室でも発言していた作品です。
「筥の足の部分がくるっと巻いていて、それも風がふいているような感じがする」と話していました。それをワークシートにもメモしています。
「女性がおどっている」
「風のようにまいた足がある」
「(絵の)☆の部分が黄色く、くぼんでいた。赤色と緑色があった(うすい)」
お母さんは「足を風と例えた感性がすてきです。女性の躍動感が伝わってきます」と、これまた肯定的に書いてくださっています。
さらにその子は最後に、「今日の展覧会では、いろんな作家さんが、それぞれ違う素敵な作品を見せていて、すごかった」と話してくれました。
この感想は、私がお子さんたちに同じ作家さんであることを伝えていなかったから!
(保護者の方には河本五郎さんの展示であることや特徴などを少しお話ししていました)
「ごめんね!私が1人の作家さんだと伝えていなかったからだね」と詫び、「今日見た作品は、1人の作家さん、河本五郎さんが、若い頃から一生の間に作ったものだったんだよ。いろんな作家さんが作ったように見えるくらい、河本五郎さんはいろんな作り方に挑戦した、と言えると思うよ」とお話ししました。
計算の上での展開ではなかったのですが、「1人の作家の展示である」ということを知らずに鑑賞したことによって、このお子さんは、河本五郎さんの特徴を看破していたように思います。
今回の展覧会を担当された学芸員の島崎慶子さんは、河本五郎さんを、陶芸の在り方そのものの可能性を押し広げていった方として、そういった面にも光を当てておられます。
いつも島崎さんと事前に打ち合わせすると、その博識さ、作家への掘り下げ、確かな視点の明晰なお話で、「ずっと聞いていたい」と思います。
鑑賞会では子どもとのやりとりが中心で、島崎さんのお仕事の隅々までお伝えすることができないのですが、それでも展覧会の記憶と記録を子どもたちに残せたら!と励んでいます。
幼い頃の鑑賞をきっかけに、いつか子どもたち自身で調べ、成長した目と心で、昔出会った作品や作家に新たに出会える日が来ると信じて。
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菊池寛実記念 智美術館 「河本五郎 ー 反骨の陶芸」は、8月20日(日)まで開催中です。
https://www.musee-tomo.or.jp
(この記事は担当学芸員さんに確認いただいて掲載しております)
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