春来春去
春来て春去り
季節はめぐって
今年もまた春がやってきた・・・・・・
「もうええか?」
短くて小さな声だった。
朝方、眠っている私の右上の方から聞こえてきた気がした。
聞き覚えのある声だった。
あれはきっと父だ。
父はもう20年近く前に癌を患って死んでいる。
こんなことは今までに一度もなかったけれど、
でもあれは確かに・・・?!
わたしは父の声を覚えていた。
近頃、気分の変動に自分を合わせていくのが辛くなることが増えてきた。
免疫力が減ってゆくのは詮無いことで、と
なんとか生き永らえてきた我が身に言い聞かせるが、
それだけではどうにも説得力がない。
私はこの焦燥感から逃れることができないでいる。
ましてや、受け止めて穏やかに過ごすことは、
凡人の私には一層むずかしい。
それくらい世の中の変化は慌ただしくて、
その度に怯える私の心を引っ掻いて傷つけてゆく。
苦しい。
私は傷口から沁み込んだ海水でヒリヒリした痛みにもがきながら、気分の海に深く沈み込んでしまいそうになる。
そんな時のことだった。
「もうええか?」
「無理してへんか」
親父の声は、優しさに満ちていた。
実に、この世とあの世の、
夢と現の裡外を行き交うような出来事だった。
「いいや、まだ」
私はキッパリこう返事をした。
あの朝以来、体や気分が乱れるときは、
愛する人を思い出して、
懐かしい会話を交わすときなのかもしれない、と思うようになった。
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