光の粒
おおよそ幽霊とか、謎の妖怪みたいなものと遭遇しそうな夜の森に、わたし達はゆっくりと進んで行く。
今朝から降りしきる雨が夕方には止んで、足元の土は柔らかく、湿気を感じる。
森の中全体が、湿度と湯気をまとって、ふくふくと湧いている。
日々LEDの猛烈な光に晒されている目と脳は、この暗闇を切望していたのだ。
まさしく、暗闇。
どこを見渡しても漆黒。
だけど天井には星がはっきりと見えた。
「人間には、この黒い世界が必要なんだ」と友人が言う。
写真家の彼女は、ホタルを撮影するために、今の時期だけ毎日のように、森を訪れていた。
深夜11時の待ち合わせ。
本当ならとうに寝ている時間。
先ほどから、わたし達の周りには、いくつかのホタルがささやきあうように、明滅している。
人間が怖くないのか?
光を帯びた粒が、わたしのそばにゆっくりとやって来る。
「人なつこいなぁ」と言ってみる。
友人が指を指す。
「クモの巣にかかってる」
今まさに、食べられようとするホタルが、美しい光を明滅させ、やがて消えた。
ショックだった。
大きな自然の永劫回帰の中で、クモに食われゆくホタルの様を見て、ショックを受けている自分自身に、欺瞞と奢りを感じて吐き気がする。
「ホタルは肉食」
わたしの感情が伝わってしまったのだろうか。彼女がそう呟く。
やがて目が慣れると、青白く樹々が浮かび上がって広がる。
ホタルたちには、わかっている。
このエネルギーの流れ、距離感、わたし達が放つ波動、彼らが互いに送り合う信号。
まるで音楽のように、互いの波動をひとつにした時、一挙に明滅する。
交尾後、オスはその場で死ぬらしい。
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