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光の粒

監禁生活25日目

買い物用の外出許可書を持って外にでる。たいして買わなければいけないものもないのだけれど。

わたしの住んでいる街は、一年を通して雨の日がとても少なく、穏やかな気候と独特の突き抜けるような青い空と青い海が有名な観光地である。
3月の終わりに夏時間を迎え、朝の8時には太陽がきらきらと光出し、夕方の太陽の斜めの強く眩しい光にサングラスは必需品、それは夜の9時頃まで続く。
ああ、この一番いい季節の到来だというのに、監禁生活だなんて。もう今日なんて海に入れるのに。普通だったらテラスでロゼが美味しい季節なのに...。ため息をつきながら人々は口々に漏らす。

フランスでは、今から20年ほど前にオーガニックの食材や生活用品を消費しようという運動が始まり、今ではフランスに住む過半数の人がオーガニック製品を選択し消費していると言われている。そしてそれに加えてここ4、5年前から盛んになっているのは、地元の食材や製品を消費しようという意識である。

わたしの周りでもレストラン関係の友達はほぼ、みなオーガニック且つ地消地産を意識にあげ事業に取り組んでいる。プラスチックの消費もやめて、ゴミもできるだけ出さずに工夫し始め、外国の大きな会社で本を買うのを止めて地元の小さな本屋を応援しよう、外国の工場で大量生産されたものよりもメイドインフランスの職人を応援しようと、食材にかかわらず生活に関わるすべてのものに対して、多くの人の意識が少しずつ変化してきている。

友達のクリストフが経営する食材店兼レストランに顔を出す。わたしの顔を見て、一杯のコーヒーを出してくれる。

二年前、地元であるパリからこの南仏の街へ拠点を移し、28歳のクリストフは地消地産を大きく掲げて食材店兼レストランの事業を始めた。地元の生産者たちとタッグを組み、新鮮なオーガニックの野菜や肉、チーズなどの食材を売り、同じ食材を使ったレストランはランチ時いつも人で賑わっている。外出禁止令の中、レストランはもちろん営業禁止だが、食材売り場の方は健在で、外出禁止令後も売れ行きは良好らしい。

いつ終わるかな。監禁令が解かれたとしても、普通の生活にはすぐきっと戻れないよな。9月までレストランの営業は禁止されるっていう噂もあるんだよ、聞いた?とテラスに腰をかけながら、クリストフが煙草をふかしながらわたしに話しかける。
でもさ、野菜やチーズなんかの食材の売り上げは監禁令の後からすごく伸びたんだよ。やっとみんな、遠い国からものを買わなくても国内にはこんなにいいものがたくさんあるってことに気づいてくれだしたのかもしれない。

わたしとテラスに居る間も、店にはひっきりになしに食材の配達の注文の電話がなり、買い出しにきたマスク姿のお客たちが野菜を選んでいる。はち切れそうなさやつきのそら豆たちが誇らしげに太陽の光を受け、店頭に並んでいる。知り合ってまだ間もない頃、採れたて新鮮のそら豆はそのまま生で食べるのが美味しいと教えてくれたのはクリストフだった。

フランス国内で外出禁止令が施行された後、家庭内暴力が30パーセント増えたと発表された。おそらくレストラン経営など小規模事業の経営者に自殺者がたくさんでるだろうと言われている。深くて暗い闇の穴はもちろんそこにある。
そしてそれと同時に、小さく輝く光の粒も確かに存在している。

帰り道、人のいない道のすべてに太陽がさんさんと降り注ぎ、青い空はいつものように突き抜けている。クリストフの店で買ったそら豆のさやをむき、口に入れる。

愛しい日々の連続を。

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