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簡単な自分史、書いてみた⑩

1.小学校までは優等生??
2.無気力な中高生時代
3.なんだか楽しくなってきた大学時代
4.落ちこぼれがまさかの大学院へ
5.初就職は地元を離れて派遣社員から
6.まさかの結婚?
7.妊娠ってこんなに難しい?
8.次男出産後、どん底を味わう…
9.自分がこんな働き方するなんて!
10.大器晩成型?? 今が1番楽しいかも!

8.次男出産後、どん底を味わう・・・


38歳で念願の悲願の!次男を無事に出産することができた!!

幸せいっぱいの日が続くかと思いきや・・・そうはいかなかった。

最初に結論を言うと産後鬱になってしまったのである。

もともと私はホルモンバランスが崩れやすい体質のようだ。
長男を出産したときも産後1か月半くらいから数か月、気分が鬱々として
もう子育てなんて無理だ!と思ったことがある。

それは何があったわけではないが自然と治っていった。

そういう経験があったからこそ、気をつけないといけなかったのだが
2人目だし、念願の出産だし、(理由にならない)大丈夫と
思い込んでいた。

長男の時と同じく1か月半後くらいから急に気分が落ち込むことが多くなった。
頑張ったつもりはないけど頑張らないと!!という気持ちが強すぎたのかもしれない。

「しばらく家にいるんだから、もっと家のことを頑張らないと!」と
思ったのを覚えている。
そして義母が来るとなればあれもこれもしないと・・・と思い、
料理中に手を怪我したりと心ばかり焦り、体がついていかない状態だった。

また鬱に拍車をかけることになったのが、当時小学校1年生の長男だった。
彼のせいにはしたくないが…後に発達障害を診断された彼は結構な
破天荒ぶりだった。

集団生活が苦手で保育園時代からそれをよく指摘されていたが、
小学校でもこのころはトラブル続き・・・
担任の先生からよく、お友達をたたきました。物を壊しました。
授業中に立ち歩きました など連絡が・・・

今ならちょっと落ち込むくらいなのがこのころはホルモンバランスが
おかしかったのか、言われるたびに母親が悪い!!!と責められている
ような気持ちになった。

クラスの子のお母さんからも苦情の電話があったり、学童の先生からも
おかあさんがもっとあーしてください、こーしてくださいといわれ・・・
日に日に健康な心はすり減っていった。

そして次第に体が動かない。涙が出る。眠たいのに眠れない。
怖い夢ばかり見る といった状態に。

そして最も恐ろしかったのが・・・
死にたくないはずなのに、どうやったら死ねるかな??と
考えてしまうこと。

死んだほうが楽だな という気持ちと
私が死んだら子供たちはどうなるんだろう?? という気持ちが
常に頭の中をぐるぐるかけめぐっていた。

出産をきっかけに鬱になったのにまた子供のために私は
何とかしないと!!と踏みとどまるという何とも言えない複雑な
状況だった。

メンタルクリニックにも2件ほど行った。

話を聞いてもらっても聞いてもらっているときは少し安心するけど
またすぐに気持ちがふさぎ込む。

安定剤や抗うつ剤を処方された。

安定剤は飲んだけどきいた感じはなく・・・
抗うつ剤は副作用の内容を読んだら飲むのが怖くなり・・・
しばらくお守りのように持っていて結局は飲まないうちに回復した。

思うように動けないのと、不安が大きいので週に3回くらい昼間の数時間
家政婦さんに来ていただいたりしていた。

家政婦さんはシフトで何名か来てくださったがどの方もすごく優しくて
いてもらえるだけで安心した。

結局3か月くらいは来てもらっていたが、一人の方が妹さんがメンタルを
やられてしまって実家で静養しているお話をしてくださって
もうお仕事自体は終わりなのにメールアドレスをメモしてくださった紙を私にくれた。

「なんかあったらいつでも連絡してくださいね」と。

まだ完全に心は健康ではなかったけど、すごく勇気づけられた。
結局連絡することはなかったけど今でもすごく感謝している。

そして・・・ 何か大きなきっかけがあったわけではないが
徐々に私の心は健康を取り戻し始めた。

10月生まれの長男だったが、0歳児で保育園に入れる方が有利だと思い
4月からの入園を考えていた。

しかし、4月から仕事に復帰するのはまだ難しそうだったので
お医者様に診断書を書いていただき、しばらくは産後鬱ということで
保育園に入園させていただいた。

すごく肩身が狭かった。 
本来なら仕事をしているお母さんが子供を預ける場所。
ほかのお母さんがすごくキラキラして見えた。

ショックだったのは保育園の先生に
「仕事はいつからの予定ですか?」と聞かれたことと
「おうちにおられるのであれば14時ごろにはお迎えに来てください」といわれたこと。

でも仕方ないかもしれない。
私がもし先生やほかのお母さんの立場であれば、私のような人がいれば
「あのお母さん、仕事してないの??なんで? なんで預けてるの?」
って思うに違いないから。

心を病むということは、世間からは理解されないことも乗り越えていかないといけないものだと自分が経験してみてわかった。

そして鬱は、気分が落ち込むとは別次元のものだということが分かった。
自分で自分が支配できなくなる怖さは今でもよく覚えている。

次男と少し離れる時間ができたのもよかったのか、だんだんと
私、もうそろそろ復帰できる??
外に出て働きたいかも??

と思う気持ちがわいてきた。

そして6月に会社に復帰することを決めた。

その後数か月は仕事の後はもうくたくたで・・・という日もあったが
心はどんどん健康になってきた。

産後鬱のどん底の時期は約半年間。
人生の中での半年はあっという間かもしれないが・・・
私にとっては今までに経験したことのない辛さを味わった。

しかし、今は毎日ご飯がおいしいし、仕事にも元気にいってるし、
子供たちを怒る元気もあるし笑、猫たちもかわいいし、
とおかげさまで幸せな毎日を送っている。

毎日、当たり前のように周りにいてくれる人、起きていることは
ついつい感謝の気持ちを忘れがちだが・・・
その当たり前は決して当たり前ではないことを忘れてはいけない。

とこの投稿をしながら改めて気持ちをかみしめている。

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