File.04 蛭田香菜子さん(彫刻)インタビュー
長野県に移住して四年。高校教諭と彫刻作家の二足のわらじを履き、生徒と一緒に成長していくことを楽しむ蛭田さん。エクセラン高校で部活動の指導を行う中でお話を伺いました。
―― 現在の活動内容を教えてください。
彫刻作家として活動しています。これまで木や植物を素材にしてきましたが、今年は陶を素材に自分の中にある形をテーマに制作しました。また、高校教諭として美術を教えています。
―― 数ある美術分野の中から大学生のときに彫刻を選択した理由はなんですか。
大学で石彫の授業を受けたときに、不器用な自分でもこつこつやった頑張りが作品に表れるところに魅力を感じたからです。
―― 人体を掘り下げて学びたいと思ったきっかけを教えてください。
大学生の学部のとき、人体を本格的に学んだことがない頃に、自分の作品の説得力を周囲に示すのが難しいと思うときがありました。私は大学から美術を始めたのですが、私の作品を純粋に楽しんでくれた方もいた一方で、アカデミックな造形力が足りないと指摘されたことがありました。わたしはアカデミックであることは美術において必ずしも重要ではないと思っていながらもどこかでコンプレックスに感じていました。
そのような経験がありながらも、様々な彫刻作品と出会う中で、人体のもつ有機的なフォルムを通して造形を勉強したいという純粋な気持ちが自分の中に沸いてきたこともあり大学院で人体表現を2年間勉強する時間を作りました。
大学院修了制作作品(2018)
―― 作品づくりにあたり、一番大切にしていることは何ですか。
今は自分の作りたいものを素直に出すことを大事にしています。アートの世界の色々な分野や流行がある中で、自分らしくいることを見失いそうになることがあるので、どうしたらよいかわからなくなったときには、まずは手を動かすことに意識しています。
完成したものが時代遅れだったとしても、そのときの自分にしかできないものを吐き出して、アートにおける立ち位置を意識しながら「自分らしく」を意識しています。
―― 福島県のご出身ということですが、長野県に来られたきっかけを教えてください。
今の職場に就職した縁で長野県に住むことになりました。長野県に住んで4年目になります。全く知らない土地に来たので、まだまだ知らないことがたくさんありますね。
―― 長野県に移住されて、魅力や気づくことはありますか。
日常のことでいうと、景色も良くてとても暮らしやすいと思います。社会人になって、車を運転するようになり、県内のいろんな場所に行くことが楽しいです。
アートシーンに関しては、長野県で面白いことが行われているので、私自身もっと関わりを持ちたいと思っています。また、松本は日常に密接した工芸が盛んなので、そうしたことも自然と自分の作品制作に影響していくかなと感じます。
―― nextに登録したきっかけを教えてください。
長野県ゆかりの作家の方がnextのホームページに掲載されているのを見つけたのがきっかけで応募させていただきました。
―― nextにどのようなことを期待されますか。
ぜひ、展覧会やコラボレーション企画などに関わらせていただきたいです。そうすることで活動の場が広がると思うので期待しています。
―― これから実施や活動してみたいことを教えてください。
美術作家の方との展覧会もすごくおもしろいと思いますが、nextに登録されている音楽家やダンサーの方など、他分野の様々なアーティストの方がいるので、分野を超えた交流から何かできたらいいなと思います。
また個人的には、今後作品を作り続けていくことで変化があると思いますが、展覧会を通してその変化を世の中の人に見ていただきたいと思っています。
社会的な関わりを増やしていきながら、アートを発信したいです。
―― 作品テーマとして気になっていることはありますか。
今は「植物」と「人」の関わりについて考えているのですが、「プリミティブ」(原始的な)彫刻を大学院のときに研究したので、大事に振り返りながらさらに深めていきたいと考えています。
―― 大学院で学んだ「プリミティブ(原始的)」を詳しく教えてください。
私は学部時代に斧による木彫を勉強していたのですが、その時の作品が見た人に原始的だという印象を与えることが多く、「原始的な彫刻」とは一体なんだろうと思ったのがきっかけで、彫刻における原始性を考え始めました。
彫刻家のオシップ・ザッキン氏が唱える原始性が彫刻に対し、どのように原始的と捉えるのかを学んだり、また、その当時のアフリカ彫刻がヨーロッパに導入されてきた経緯や、なぜ魅力的だと思われていたのかという部分から学びました。
元々、プリミティブという意味は、幼稚なとか未開発な、というニュアンスが含まれています。しかし、その造形は自然の中に潜んだ優れた観察眼のもとに生まれたフォルムの純化が含まれており、写実を超えたリアリズムであると考えています。
祈りの中で使われた仮面、はしごや柱など実用性の制限の中から造形が生まれていました。案外突飛なものを作るために作られたのではなくて、それは科学技術を信じていた人々の想像の範疇を超えただけであったということであり、部族の人々の彫刻はその人々のリアルな世界から生まれたものだといえます。
―― 高校教諭であることによって作家活動に生かされることはありますか。
生徒もたくさん作品を作るので、お互いに刺激になります。それと、生徒と一緒に美術部を通して、様々の行事ごとに参加することができます。
また、授業では日本美術史など教えるなどの年度もあるため、勉強し直して改めて知ることもたくさんあるので、そのような時間も大事だなと気づかされます。自分が好きなジャンル以外にも知っておきたい部分もあったりしますね。
―― 高校教諭として働きながらアーティスト活動をするうえで環境的な影響がありますか。
教諭として1年目は作品を生徒と一緒にたくさん作ることを大事にしていたのですが、2年目から担任となり、いくら美術の先生でも作っている姿勢を見せればいいわけでもないので、生徒に寄り添うことも多くなったと思います。また、私が勤めているのは美術科の学校なので、教材研究を通して素材の検討をしたり、自分が今目の前にいる生徒に出会って学んで欲しい講師を招いて生徒と一緒に勉強する時間が持てたりする点は恵まれていると実感しています。
しかし、仕事をしながらですと普段全く制作しない日も多くありますし、これは学生のときとは時間の使い方が変わりました。一時は、休みのときも疲れていても制作をしていました。時間の使い方に悩んだこともありますが、最近では生活を豊かにすることが楽しめるようになりました。習い事をしたり、ショッピングをしたり、疲れていたら何もしないで休むことも大事だということがわかりました。
ストイックになり過ぎない分、日常のことに目が向いてこれを作品にしたら面白いのではないかと自然と幅広く考えることにも繋がり、楽しく生活することを心掛けています。働くことを通して、少しずつ社会性も身についてきたかと思います。
―― コロナ禍になったことにより作品等へどのような変化がありましたか。
焦らずに少し見直すような時間が持てるようになったかもしれません。コロナ禍前は、作品を発表する場が欲しいとか、評価されることを求めている気持ちが強かったのですが、最近はすごく動き回ることだけが正しい姿勢ではないのかなということも感じ、全体的に一旦整理されることになり、焦りがなくなりました。その中で本当に自分は何がしたいのだろうと素直に悩むことができたと思います。気持ちを置き去りにして、手だけとにかく動かしてその中で現れてきたものを信じて世に出そうとしていたのですが、もう少し自分を大事にして作るようにしたいと思いました。また、今年制作素材が木材から陶に変わったという点もコロナ禍での出会いが影響していると思います。学校で陶芸を身近に見ていて、その技法を取り入れてみたいと思ったことがきっかけでした。
碌山美術館の濱田卓二さんに高校で特別授業をお願いした中で生徒と一緒に作品も作りました。そこでの経験から、木や植物に加えて陶芸が加わった形になりました。
他にも、プライベートでは西川直子さんからアートセラピーを学びました。作品発表を直接とした目的ではなく、自己を観察するためにアートの時間をつくりドローイングをしていくことで発見がありましたし、生徒と対面するときの姿勢のヒントがたくさんありました。そういう意味ではここ一年様々な分野の人々から色々なことを学びました。
その他にも様々な出会いがあり、一見違うものでもそこに共通点を見出したりする機会が増えたと思います。
―― 最後に今後の目標を教えてください。
長野県を拠点にアーティストとしてしっかりと作品を作り続けていきたいと思います。
<略歴>
1993年 福島県福島市出身
2016年 茨城大学教育学部情報文化課程生活デザインコース卒業
2018年 筑波大学大学院人間総合科学研究科博士前期課程芸術専攻彫塑領域修了 <論文>
蛭田香菜子
「アフリカ彫刻がオシップ・ザッキンに与えた影響-彫刻のプリミティブ性について-」
2018年筑波大学大学院人間総合科学研究科 <活動歴・受賞歴> 2014年「茨城県芸術祭美術展覧会彫刻部門」入選
2015年「茨城県芸術祭美術展覧会彫刻部門」入選 他
2016年 個展「蛭田香菜子 木彫展」(ギャラリーしえる/茨城県水戸市) 他
2017年 グループ展「1000名ドローイング展No2」(GALLERY KINGYO/ 東京都文京区) 他
2018年「筑波大学 彫塑展」(湯島聖堂/東京都)
筑波大学大学院 人間総合科学研究科博士前期課程 芸術専攻優秀 作品賞受賞 他
2019年 個展「矮化-ⅾwarrfing」(いりや画廊/東京都) 他
2020年 個展「花柄」(INFORM gallery/石川県) 他
2021年 個展「ハレとケ」(いりや画廊/東京都) 他
(取材:「信州art walk repo」取材部 西村歩・香山羊一・伊藤羊子)
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