全ての人に開かれた、最初の一歩を踏み出せる場所|流山市生涯学習センター 三橋綾子
《テキスト・アーカイブ》
日時:2021年9月1日18:30~
場所:流山市生涯学習センター(流山エルズ)
(〒 270-0153 千葉県流山市中110番地)
HP:http://nagareyama-shougaigakushucenter.jp/index.html
9月1日、ART ROUND EAST(ARE)に加盟する「流山市生涯学習センター(流山エルズ)」で、センター長を務める三橋綾子さんから、流山エルズでのこれまでの活動や、コロナ禍による影響と今後の展望、文化施設としての理想像を伺った。取材を行った流山エルズは、つくばエクスプレス(TX)の「流山セントラルパーク」駅から徒歩3分の場所にある、流山市が設置している文化施設。ギャラリーや多目的ホール・体育館などが併設され、2006年の開館以来、地域住民を対象に数多くのワークショップやコンサートなどが行われてきた。
この施設の愛称である「流山エルズ」は、住民からの公募で選ばれたもの。「生涯学習」の英語"Lifelong Learning"に由来し、複数の"L"が含まれていることから「エルズ」という名が付けられた。コロナ前までは年間約18万人が訪れ、人口約20万人の流山市の中でも最も活気のある文化施設の一つとなっている。
流山という場所で、文化を育む
流山エルズがART ROUND EASTに加盟したのは、AREが立ち上がる2010年頃。三橋さんは当時の加盟の経緯について、「流山エルズで行われる講座やワークショップを一緒に作り上げるアーティストを探していた」と話し、TX・常磐線沿線や都心で活動するアーティストの情報収集に力を入れていたと振り返った。加盟後の数年間はARE事務局で運営にも携わり、月に一度の定例会で各団体・個人会員と情報交換を行いながら、流山エルズでの企画につなげていったという。AREに加盟するSOBASUTAの傍嶋さんやアプリュスの柳原さんともワークショップを行ったことがある、と懐かしそうに話した。
(「創作物」を作るワークショップの様子 2012年撮影 流山エルズ提供)
三橋さんにとって流山エルズは、文化施設の運営を行うようになって初めて担当した、思い出の現場だ。その初任地を経た後は、隣接する柏市にあるコミュニティ施設「アミュゼ柏」やコンサート事業が中心の「柏市民文化会館」など、複数の文化施設で運営を経験。そして現在、流山エルズでセンター長を務めている。これまでの現場での思い出の企画を伺うと、「多くの人が参加して物量の大きなものを作る、ダイナミックなイベントほど記憶に残っている」と説明。約10年前に行われた5000人もの市民が集まるフェスティバルで、体育館を舞台に参加者全員で大量の新聞紙をつなぎあわせて増殖していく、「創作物としか呼べないようなもの」を制作した時のことを思い返した。その圧倒的な存在感やそれを楽しむ市民の熱気が、今も印象に残っているそう。
(「創作物」を作るワークショップの様子 2012年撮影 流山エルズ提供)
他にも、ギャラリーの大きな壁に壁画が描かれる様子自体を展示として扱い、アーティストの制作風景を見学できる企画も行った。普段見ることのできない制作現場を垣間見たことが、強く記憶に残っているという。また、現代美術作家のヤノベケンジさんの彫刻作品や舞台美術の展示を行い、トークショーまで開催した企画を挙げ、「『なんで流山市にヤノベさんが来るの?』というギャップを面白がってもらえたのではないか」と分析。当時の好評を背景に、遊び心のある企画を数多く行っていたと振り返り、「昔は楽しかったな」と当時を懐かしんだ。
(ヤノベケンジさんのトークイベントの様子 2011年撮影 流山エルズ提供)
社会課題に取り組まざるを得ない現実
「昔は楽しかった」と懐古する言葉の裏には、現在の運営における難しさがあった。公共施設はその性質上、市が掲げる文化方針に沿って企画を立案するが、三橋さんによるとここ5年ほどで、文化施設が地域課題の解決を求められるようになってきたそう。加えて、流山市で増加している子育て世帯へのサービス強化の必要性についても近年クローズアップされており、これらの課題を「我々が企画でどういうふうに補っていくか」、文化施設が問われているように感じるという。
三橋さんが日常の中で街を観察していると、駅前にはショッピングセンターが並び高級車も多く見られ、栄えた印象を受ける。しかし、駅から少し離れるだけで街の雰囲気は変わるといい、「地域格差がよく見えてくる」と肩を落とした。三橋さんは「例えば、」と切り出す。子どもの貧困の問題では、子ども食堂によって補える部分がある一方、「お金に余裕のある家庭の子は塾に行けるが、余裕のない家庭の子は塾に行けない」という教育格差の問題がある。「そういう話をたくさん聞くと、ダイナミックな企画にお金を使うよりは、お金に余裕のない世帯でも楽しめるワークショップを企画しようとするマインドが強くなってしまう」と話し、近年の文化施設としての企画立案の難しさを打ち明けた。
「それって何のメリットがあるの?」に応えるために
地域の文化を育むための文化施設が社会課題の解決を求められている現状について、その受け止めを伺うと、三橋さんは「文化芸術は絶対に必要で、我々はそこを提供したい」と強調。しかし、ダイナミックなものの中には予算の制限により、なかなか実行できないものもある。「社会問題的なものをクリアしながら、どう文化を面白く楽しく体験していただくか」、そのことを常に念頭に企画を考えていると話した。
市民の中には、「わあすごい、こんな人来るんだ」という好意的な意見を持つ人もいる一方で、「そういう人を呼ぶのもいいけどさ、こういうのもやってよ」というニーズも同時に存在する。三橋さんは、近年の市民の反応について、「それってどんな効果があるんですか?それをやることで何か良いことがあるんですか?自分に何か良いことが返ってくるんですか?という反応が、やっぱり多い」と、悔しさを滲ませながら教えてくれた。しかし、ニーズをただ取り込めばそれでいいという話でもないようだ。「企画の中身が面白くなければ、参加してもらえない」。だからこそ三橋さんは、今日も頭をひねり続けている。
コロナ禍での新たな対応
新型コロナウイルス感染症の拡大による変化について伺うと、「いろんなものがオンライン化した」ことを挙げた。先日もZoomを活用して、学童の子どもたちに向けた工作のワークショップを行ったそう。事前に学童に材料を送付し、当日にZoomをつないで制作手順を説明して、色紙で海の生き物を作ったという。手元カメラのセッティングや子どもたちへの手順説明の難しさ、通信環境の問題など、オンラインならではの不便さがあったものの、「無理やりですが、なんとかできました」と苦笑い。一回を15人に制限し、4回に分けてワークショップを行ったことで計約60人の子どもたちと工作を楽しむことができたという。
コロナ禍におけるその他の対応としては、昨年9月にはYouTubeで「エルズTV」というチャンネルを開設し、オンラインでの講座やコンサート、朗読などの配信を開始した。「工夫して、コロナでも何かできることをやってみよう!」と動き出し、流山エルズの多目的ホールで照明や音響などの技術を担当する職員を中心に、絵コンテを作り撮影・編集・投稿まで行ったという。「公共施設の職員の中には、いろんな側面の文化好きがいる。私はアートが好きで、他の人はコンサートが好きだったり、舞台が好きだったり。それぞれの『好き』を尊重しながら、それぞれが考えた企画をやっていく」と話し、風通しの良い関係性のおかげでコロナ禍でも柔軟に対応できたそう。
コロナ禍で見えてきた、障碍とアートの相性の良さ
流山エルズは指定管理者制度に基づいて運営されており、ちょうど一年前に、新たに5年の更新が決まった。その際、障碍の有無や経済力に関係なく地域の人々に質の高い学びを提供するために、流山エルズの運営方針として、「誰一人取り残さない学び、生涯学習」という目標を提案したそう。
これまでの文化施設の運営では「何人の参加者を集めました」という、規模の大きさが成果を測る指標の一つだったが、コロナ禍による環境の変化で、集客を目指さなくなった。そこで、障碍者へのアプローチに力を入れるようになったそう。三橋さんは、「アートは障碍者へのアプローチとして、とても力強い」と考えている。これまでも流山エルズでは、障碍者に対する文化提供として、多目的ホールでのバリアフリーコンサートを行ったこともあった。しかし「いろんな文字サービスを入れて、手話もつけて、としつらえが大変で、定期的な開催が難しかった」という。日常の中で当たり前に行うことができないかと企画を考えていた頃、アーティストの水内貴英さんと一緒に「アートワークショップ」を行ったことがきっかけで、障碍者とアートの相性の良さを実感したそう。
(水内さんの行ったアートワークショップの様子 2018年撮影 流山エルズ提供)
水内さんと行ったワークショップは、部屋の中に吊るされた大きな布に、流木や貝殻などさまざまな自然物をぶら下げてみたり、絵を書いてみたりするというもの。従来の企画では、設定やゴールが存在するため「こういうふうにやらなきゃいけない・これができなければいけない」という発想になってしまい、参加者にハードルを乗り越えさせようとしてしまっていたという。「これを作ろうとゴールを決めず、そこにいる人達の仕草や表情・反応をみて水内さんが参加者を誘導する」という形式のワークショップだからこそ、参加者はその不思議な空間を楽しむ事ができたそう。クラシック音楽のコンサートを例に上げ、「クラシックは黙って聞いて、素晴らしい音楽はこれです、と答えの決まった楽しみ方が求められる。しかしアートはある意味、目的地が決まっておらず、そこが良さでもある」と話し、運営側の視点から見たアートワークショップの強みを説明した。
ここで「好き」を見つけて、羽ばたく
理想の生涯学習センターとはどんなものか、三橋さんに伺うと、「私の思う生涯学習の勝手なイメージは、『なんでもあり』」と話し始めた。eスポーツ・将棋・アート、なんでも生涯学習になりうるのが良いところだと説明。加えて、「初めの一歩というのが生涯学習だと思っている」と話し、「広く浅く、どれだけ幅広い分野を、沢山の人に提供できるかが味噌」だと力強く語った。まだ多くのことに触れていない子どもたちや、多様な文化に接する機会が少なかった人の中には、「自分は何が好きなのかまだわかっていない」という人もいるかもしれない。絵が好きなのか、書道なのか、プログラミングなのか。その「好き」を発見する機能として、生涯学習センターは存在するべきだと三橋さんは考えている。「美術がどんどん好きになったら、美術館に行っておいで。スポーツが面白いなと思ったら、もっといいところ行っておいで。そういう風に、どんどん送り出す」。それが理想の姿だという。
ただ、理想を実現するためには、目の前に課題がある。「公共施設は日頃あまりお世話にならないですよね、正直」と自嘲気味に話しながら、「公共施設に来ない人にどうアプローチするか、努力していかないといけない」と現状の課題を分析した。そのうえで、三橋さんは流山エルズの理想の姿を次のように説明する。「お茶を飲みに来るだけでもいい。涼みに来るだけでもいい。散歩ついでに寄るだけでもいい。それくらい、日常的な場所になってほしい。」
まとめ
東京パラリンピックの開催や、SDGsへの関心の高まりによって、誰一人取り残さない社会の構築に向けて、様々な場所で取り組みが行われている。地域のコミュニティづくりの場としての生涯学習センターは、貧困や障碍による差別など、さまざまな社会課題に取り組む場所として、重要な役割を担っている。
文化の振興と社会課題の解決は、別の問題と考えることもできそうだが、現場を取材したことで、それらが密接に関わり合っていることを目の当たりにした。同時に、限られた予算の中で、行政の基本方針を踏まえながら企画・運営を行なっていく文化施設の舵取りの難しさも垣間見えた。
三橋さんのこれまでの苦労話を伺った後に聞いた「公共施設は日頃あまりお世話にならないですよね」という言葉を忘れることができない。地域のすべての人々が、安心して暮らせる社会の実現のために、各地の文化施設ではさまざまなイベントが企画・運営されているはずだ。一度、自分の足で訪れ、あるいはオンラインでつながり、イベントに参加してみようと思った。
(文:久永)
ART ROUND EAST:ARE(アール)とは?
東東京圏などでアート関連活動を行う団体・個人同士のつながりを生み出す連携団体です。新たな連携を生み出すことで、各団体・個人の発信力強化や地域の活性化、アーティストが成長できる場の創出などを目指しています。
HP:https://artroundeast.net/
Twitter:https://twitter.com/ARTROUNDEAST
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