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パブリックアートが目指すもの

思い出に残るアート体験

福岡市美術館は,2016年9月1日から約2年半の間,休館し,今年2019年3月21日にリニューアル・オープンしました。

まだリニューアル・オープンして1年も経っていないんですねぇ。私は,ちょうどリニューアル前後の2015年4月から2019年3月まで4年間,福岡市美術館に勤務させていただきましたが,今はアートとは無縁の仕事をしているので,随分昔のことのように感じます。

休館する前の2016年,「福岡市美術館クロージング/リニューアルプロジェクト2016」と称して,展覧会を中心に,いくつかのイベントも開催しました。詳しくは,どうぞ『福岡市美術館クロージング/リニューアルプロジェクト2016について語る。』(税込1,100円)をご覧ください。美術館職員の「思い」が詰まった記録集です。私もちょっとだけ執筆し,ちらほら写真にも写り込んでいまして,今ではとても良い思い出です。リニューアル前の貴重な写真もちらほらあり,懐かしいですよ。

その中で,私がささやかに企画したイベントがひとつありました。

「対話する!Dialogue」です。(タイトルは,その時に開催していた展覧会「歴史する!Doing history!」に掛けました(^^))美術館の学芸員と,館内のカフェでまったりと福岡市美術館の思い出を語り合う,というなかなかゆるいイベントです。

このイベントの内容や企画意図は記録集をご覧いただき,苦労話はいずれ書く機会があったらその時に…。

そこに参加された方(こんなイベントに参加されるくらいですから,福岡市美術館のコアなファンの方ですね)が話された「美術館の思い出」が,本当に,ひとつひとつ素敵だったんですよ。例えば,こんな感じ。

初めて福岡市美術館に来た時に,(おそらくボランティアによる)野々村仁清《吉野山図茶壺》の解説に感動した。
中学生の頃に親と一緒に福岡市美術館に来た時に買ってもらった絵はがきを,今でも大切に持っている。

こんな「思い出に残るアート体験」ができれば,生活の中に,美術館が,そしてアートが,自然と組み込まれる人生になるのでしょうね。美術館としては,たくさんの人にそんなアート体験を提供することができることが理想ですよね。

以上,前置きでした。

パブリックアートとは,何か

さて,時を現在に戻します。

先日,2019年11月30日「福岡市美術館40周年記念シンポジウム」が開催され,私も一観客として参加してきました。

福岡市制施行130周年および開館40周年を記念し,インカ・ショニバレCBE 大型屋外彫刻作品《ウィンド・スカルプチャー(SG)II》を題材にした,パブリックアートについてのシンポジウム,というものでした。パネリストには,福岡市美術館の学芸課長・岩永悦子さんのほか,荒木夏実さん(東京藝術大学准教授)山出淳也さん(BEPPU PROJECT代表理事、アーティスト),ファシリテーターには三好剛平さん(伊藤総研株式会社)という顔ぶれでした。

その中から,いくつか印象的だったお話をご紹介します。

荒木さんが2018年まで勤めていた森美術館のある六本木ヒルズには,大きな蜘蛛の形した,ルイーズ・ブルジョワ《ママン》という彫刻があります。荒木さんは,15年間務めていて,六本木ヒルズが居心地がいいと感じたことがなかったそうですが,当時はちょっと気持ち悪いとさえ感じていた《ママン》だけは今でも「懐かしい」と思うそうです。「それがアートの力だ」と荒木さんは語っていました。

私も通りすがりに見たことはありましたが「懐かしさ」という感覚は,そこで生活している人ならではなのかもしれません。

山出さんは大分県国東半島に設置されているアントニー・ゴームリー《ANOTHER TIME XX 》を,地域の人たちが「ゴームリーさん」と呼んでいる,という話をしてくれました。「国東半島の精神や哲学を考える上で非常に重要な場所」に,「インド、スリランカで仏教について深く学」んだゴームリーが設置した,自身をかたどった鉄の彫刻。山出さんによると,今や地域では「お地蔵さん」のようなイメージで,親しまれているそうです。

私は「ゴームリーさん」にお会いしたことはないのですが,そんなお話を聞くと,俄然,会いたくなってきましたよ。

山出さんは,パブリックアートが地域の人々に根付くためには,作家の意図,作品の本来の意図を超えていけるかどうかにかかっている,と言われていました。

先日は,同じく国東半島に設置されている川俣正《説教壇》で結婚式が開催されたそうです。普段はベンチとして使われていて,すでに作家の想像を超えた使われ方,親しまれ方をしているのではないか,と。

それでも,本来の作家の意図や経緯などは,伝えていかなくてはならない,それが設置者の義務だ,と荒木さんは言われていました。意図を知った方が,永く作品のファンでいてくれるはず,と。確かにその作品が作られた背景を知ると愛着も湧いてきますよね。前述の《ママン》も,単に大きくてリアルな蜘蛛というだけでなく,卵を抱えている「母親」であるということを知っていると見え方や感じ方が違ってきますよね。

そして福岡市美術館に設置されるパブリックアート

この度,福岡市美術館に設置されることが決まった《ウィンド・スカルプチャー(SG)II》を制作したインカ・ショニバレCBE氏は,福岡市美術館リニューアルオープン記念展で日本初個展を開催した作家です。本展のために制作された新作《桜を放つ女性》は,その迫力と鮮やかさ,女性のエンパワーメントや平和,国際性など,多くの意味を込めた美しい作品でした。何層もの意味があるところが,インカ氏の作品の力強さになっている,と荒木さんが言われていました。

こちらは今回のシンポジウムでファシリテーターを務められた三好さんが,リニューアルオープン記念展でインカ氏の個展を鑑賞した際の,ベタ褒め記事です。こちらもぜひお読みください。

そんなインカ・ショニバレCBE氏によって,福岡市美術館のリニューアルで開けた新たなアプローチに7メートルの大型作品が設置されることになったわけです。

 福岡市美術館が所蔵する布の柄をベースにデザインされ,風を受け,はためく船の帆をモチーフに交流や多様性を表現しています。
 その姿は古くから,交流により発展し,多様性を受け入れながら,成長してきた福岡市が次のステージへ向けて前進するイメージと重なり,美術館のシンボルとしてはもとより福岡市の新たな顔としてふさわしいものです。

山出さんは,パブリックアートとは,「パブリック」と「アート」をつなぐものである,と言われていました。

こちらの画像は,冒頭で紹介した記録集『福岡市美術館クロージング/リニューアルプロジェクト2016について語る。』の中面です。

そう,私たちは,リニューアルで「つなぐ,ひろがる」美術館を目指してきました。今回,「パブリックアート」が新たに設置されることで,また一歩「つなぐ,ひろがる」美術館の実現に近づいていくと思うと,ワクワクします。

山出さんは課題も投げかけていました。まだ我々は「見る側の視点」に十分,立つことができていない,と。このシンポジウムも,多くの人に知ってもらいたいんだったら,美術館の中ではなく,もっと人が集まるところでやるべきではなかったか。また,なぜこのシンポジウムは写真NGなのか,パネリストがNGと言ったわけでもないのに初めからNGにしているのではないか,と。アートを「パブリック」にするということは,そんな「見る側の視点」を大事にする覚悟が必要だ,という指摘には,ハッとさせられました。

インカさんによる《ウィンド・スカルプチャー(SG)II》が,六本木ヒルズの「蜘蛛」のように,国東半島の「ゴームリーさん」や「ベンチ」のように,多くの人の記憶に残り,親しまれるものになるといいなと思います。さて,どんな愛称が生まれるか・・・館長もブログの中で期待を述べていますよ(^^)