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ポルトガル・ナザレで食べた『魚介類のシチュー・ナザレ風』

目的もなく出かけられたらカッコいいんだろうな、と思いつつ、
いつも何らかの目的の旅へと出かける。
ポルトガルは、とても素敵なところだった。
気候がよくて、食事がおいしくて、人がやさしかった。
ランチを食べに立ち寄った食堂のオヤジさんは、英語が苦手だといった。
その日の魚を教えるのに、図鑑を持ち出し、写実的なイラストを指差して、
「この魚だよ」と時間をかけて説明してくれた。
奥さんが焼く前の魚を見せにきた。
僕が、「ああ、太刀魚だ」といってオヤジさんを見ると、
ホッとした表情になり、「スープはどうだい」とすすめてくれた。
隣の席のお客さんが、「やさしい味のスープだよ」と教えてくれた。

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 「ナザレでカルデイラーダ(魚介類のシチュー)を食べる」。これはポルトガルに来た目的のひとつだった。ナザレは、漁港でもあり、夏場はリゾートでもあるようなのだが、冬は大きな波が立ち、サーフィンのメッカともなるところらしい。ナザレでおいしいカルデイラーダを食べさせる店を紹介するガイドブックがあるわけでもなく、ネットでナザレのレストランを調べて5軒まで絞り込んで、ホテルのコンシェルジュに「この店の中で、伝統的なカルデイラーダを食べることができるレストランを探してください」とお願いをした。
 ホテルのコンシェルジュはとても親切で丁寧な人だった。リスボンの散策から戻ると「ミスター・エンドウ」と声をかけられて、一枚の紙を手渡してくれた。コンシェルジュは、5軒のレストランすべてに電話をかけて、「伝統的なレシピのカルデイラーダがあるか」を尋ねてくれたのだという。「このレストランなら、きっとおいしいカルデイラーダが食べられますよ」と付け加えた。昨夜、レストランからホテルに戻るときに、「車で出かけることがあれば電話をください。観光のライセンスも持っているし、安全運転だし、安い」と売り込んできたタクシー・ドライバーの顔が浮かんだが、コンシェルジュに感謝してナザレまでの車も手配してもらった。ワインを飲む気満々なのだから、レンタカーというわけにはいかない。それに立原正秋が、「ナザレの蟹」というエッセイの中に残したナザレを車で行き来するシチュエーションが気に入っていたのだ。

 晴天に恵まれた朝の9時に、ホテルに迎えに来てくれたドライバーは、マリオという名前だった。陽気でちょっと軽い感じの若い男性だ。「昼食の時間にナザレに行けばいいのなら、オビドスに立ち寄ってゆっくりと向かうといい」という。僕は、「レストランに行く前に、マーケットに立ち寄りたいんだ。海の近くに魚のマーケットがあるはずだから」といった。

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 高速道路を走り、オビドスをそれなりに楽しんで、ナザレに向かった。車で20分ほど走ると美しい海岸線が見えてきた。海岸に下っていく坂道まで差しかかったところで、マリオは車を止めて外の女性に聞いた。「マーケットはどっち? まだやっているかな?」。「坂を下った左手よ。曲がったところに車を止められるわ」。そんなやりとりだったのだろう、マリオはにっこりと車を進めた。

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 車から降りて中に入ると、大きな倉庫のような場所に、一面のマーケットが広がっていた。「ここで買い物してご飯をつくったら、楽しいだろうな」。そう思う人は多いんじゃないだろうか。歩いてみると真ん中に野菜や果物、農作物の売り場が並んでいた。卵だって積み上げて売られている。働いているのはほとんど女性だった。肉屋が周りの壁際に数軒、店を構えていた。
 魚屋は、一段高くなったところに集まっていて、たくさんの種類の魚介類を扱っている。イカや貝も多くの種類が売られていた。筒切りにされた数種類の魚のところには「CALDEIRADA」と書かれていたので、「本日の魚介類のシチュー用」といったところなのだろう。魚屋には何人か男たちも働いていた。主人に「カルデイラーダ用の魚介が欲しい」と頼んだら、大いに張り切ってこれらの魚にエビやイカ、蟹なんかを入れてくれるのだろうか。そんな想像をしながらマーケットを後にした。

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 ビーチ近くの場所まで行き、車を降りた。あたりを見渡してもレストランは見当たらず、マリオが近くにいた男に道を尋ねた。「MARIA DO MAR」と店名を口にしながら男性がメモを見ていると、わらわらと男たちが湧いてきて、「左に行って、あの路地を右に入ったところにあるよ」と口々に教えてくれた。働く女性たちに比べて男たちの姿が少ないと思っていたら、こんなところに大勢いたのか。
 レストランに到着するとマダムが出迎えてくれた。「カルデイラーダを食べに来たんでしょ」といいながら席に案内してくれた。親切なコンシェルジュの顔が浮かんだ。DOUROの白ワインを頼んで、前菜をつまみながら待っているとCARDEIRADA ESPECIALが登場した。そのまま火にかけられていた土鍋からはスープがグラッとあふれ出し、なんとも豪快に現れたのだ。熱々の魚介や野菜を次々に食べていく。日本で味わうナザレ風シチューよりも濃厚に感じられるのは、野菜の味わいのようだった。トマト、玉ねぎ、じゃがいもが味濃く感じられた。2人で食べきれるかなと思っていたが、ペロリと完食してしまった。ナザレで食べた魚介類のシチューは、期待を裏切らない感動的なおいしさだった。

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 帰国してしばらく経ってから、休日の午後、久しぶりに家で料理を食べようと魚屋で魚介を買い集め、カルデイラーダをつくってみることにした。材料は、真鯛の切り身、生ダラ、さわら、すずき、あさり、エビ、イカに野菜だ。つくり方は丸元レシピ通りにつくったが、ナザレのシチューが思い出されて、じゃがいもをピーマンの前に鍋に入れた。そして完成。色味が現地のそれに見劣りするけれど、香りと味わいは、まさにカルデイラーダを思わせた。適度な加熱は、その味わいをさらに引き出しているようだ。海岸線の景色とマーケットの風景が頭をよぎる。味と香りが、記憶をリアルに蘇らせてくれた。

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丸元淑生 オリジナル・レシピ

魚介類のシチュー・ナザレ風
(丸元淑生 続・新家庭料理 家族の健康を守るヘルシー・クッキング12章 中央公論社刊 1989年 より)

 肉のシチューと魚のシチューの大きな違いは加熱時間である。魚介類の適性加熱時間は肉に比べると極めて短時間なのだ。蛋白質の熱変性がすすみすぎると魚介類のうま味はなくなるので、高熱の加熱もよろしくない。
 魚の蛋白質の熱変性が理想的に行われる温度は、90〜80°C。つまり、沸点より少し低い温度である。ぴたっとその温度で加熱する方法がポーチド・フィッシュだが、このナザレのシチューもほぼそれに近い。
 魚のシチューは港町の数だけあるといわれているが、傑作といわれるものは、その加熱温度と加熱時間が実に適性である。
 ナザレはリスボンの北約一〇〇キロのところにある小さな港町で、イワシ漁が盛ん。わが国の焼きとり屋のようにイワシを炭火で焼く店が並んでいる。ポルトガルでは魚介類のシチューのことをカルデイラーダというが、ナザレの魚屋に行ってカルデイラーダ用に魚を欲しいというと、主人は大いに張り切って最善の選択をしてくれる。彼のセレクションには身の締った白身魚、カレイ、ヒラメ類、イカ、アサリやハマグリ、ムール貝ということになるはずだ。お金のほうは大丈夫といえば、さらにエビ、ザリガニを加えてくれる。
 身の締った白身魚というと、鯛やスズキということになるが、ポルトガルでは別に高価ではないので入れてくれる。
 いずれにしても魚のシチューの大原則は安い魚を使うことである。新鮮でありさえすればよい。それを野菜との組み合わせでおいしく食べる工夫がヨーロッパのシチューなのだ。
 ただ、匂いの強い魚や脂の多すぎる魚は避けたほうがよい。基本の組み合わせは小魚(イワシやベラなど)、白身魚、貝、イカ、エビ、カニである。
 魚介類にはバリエーションがあって構わないが、野菜の組み合わせとハーブの使い方は変えないほうがいい。そこのところが完成しているレシピだからである。
 ステンレス多層構造鍋だと魚を理想的な温度で加熱できるけれども、ない場合は野菜をキャセロールに移し、魚介類をのせて200°Cのオーブンで約20分間の加熱が適当。

[ 材料 ]
玉ネギ───2個
トマト───4個
ピーマン───4個
魚介類(ヒゲダラ、芝エビ、ヤリイカ、アサリなど)適量
ニンニク───1片
サフラン───10本
月桂樹の葉───1葉
白ワイン(なければ清酒)───1/2カップ
調味料 塩、黒コショウ

[ つくり方 ]
1.ヤリイカは胴から頭を抜き、墨袋をとる。墨袋と一緒に内臓もとれる。子持ちの場合は、子は胴の中に残したままにしておく
2.トマトを湯むきにして粗く切る。玉ネギは薄くスライス。ピーマンは縦に細く切る。ニンニクは細かく刻む
3.ニンニクをオリーブ油で炒め、焦げ色がつきかけたら玉ネギを入れる。玉ネギがしんなりしてかさが減ったら、ピーマンを加える。数分炒めてピーマンがしなっとしたところでトマトを入れてふたをし、火を弱める。トマトが煮くずれたら、月桂樹の葉、サフラン、白ワインを入れ、かき混ぜながら5分間煮て、塩と黒コショウで調味する
4.そこで魚介類を入れる。野菜の上にそっと置く感じ。魚とエビにぱらぱら塩をふる(ごく少量)。ふたをして、極弱火に約15分間かける(出来上り)

※こちらのレシピは、すべて著作権者の許諾を得てご紹介しています。
※引用の文章で、原文に記載されている写真の場所を指す言葉を一部割愛しています。

VOL.06 16TH.SEP.2016初出/02ND.JULY.2020 加筆

遠藤一樹(えんどうかずき)
株式会社イーター 代表取締役
プロデューサー、編集者、コピーライター、ライター

1961年、横浜市生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、デザイナーから編集者となる。『ホットドッグプレス』編集部を経て、いとうせいこう氏らとプロダクションを設立し、取締役を務める。多くの雑誌・書籍制作、広告制作を経て、1996年に制作プロダクションEater(www.eater.jp)を設立、代表取締役に。雑誌『asayan』を立ち上げ編集し、後に男性ファッション誌『HUGE』をプロデュースして創刊から10年間(2013年12月まで)制作を担当する。現在は、コミュニケーションツールやカタログ制作、ブランディングなどに携わる。もちろん編集と執筆も日々続けている。1994年から担当した丸元淑生氏の料理書、書籍は7冊。食に対する考えとライフスタイルに大きな刺激と影響を受け現在に至る。TCC会員(東京コピーライターズクラブ/1998年新人賞受賞)。


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