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相性のいい味わい 〜エビとつるむらさき〜

近年、夏から秋へと向かう時間は、激しい天候の変化と湿気ばかりが印象に残り、季節の食材に出会ったことや、味わったことが薄らいでいるように感じる。
そんななか、新緑のつるむらさきは記憶に残っている食材のひとつだ。
気分は天気に大きく左右されてしまうけれど、僕の記憶の中では、つるむらさきは晴天と結びついている。
それは、もし、つるむらさきと出会ったならば、明日はきっといい天気になるだろう、と思ってしまうほどなのだ。

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 よく晴れた週末、家で過ごす早めの夕方にお酒を飲むのは、とても楽しい。そんなことをいうとアルコールだけを欲しているように思われがちだが、どちらかというと、明るいうちからのごはんとワインが楽しいのだ。ふらりと出かけたスーパーマーケットで見つけた山形産の「つるむらさき」。おいしそうな色をしていて思わず手が伸びた。つるむらさきを手にすると、自動的にエビを探し始めることになる。この2つの組み合わせは、イワシとじゃがいものように相性がいい。
 「つるむらさきとエビのクイック・スティア・フライ」が紹介されたのは、1986年の丸元先生の『新・家庭料理』(中央公論社刊)だったと思う。ビタクラフト鍋の使い方のひとつとして、高温の鍋に少量の油で食材をかき混ぜながら素早く炒める調理方法が紹介された。当時のプロセスを見ると18工程にわたってつくり方が懇切丁寧に書かれている。この通りにやれば、まず失敗することはないというくらい詳細なものであった。

 僕が丸元先生から、クイック・スティア・フライの話を聞いたのは、一緒にニューヨークに行った夏の昼下がり、チャイニーズ・レストランでのことだったと思う。メニューの中にあった「チャイニーズ・ブロッコリーのオイスターソース炒め」を食べながら話していた。「中華料理は高温の鍋で短時間に野菜を調理するから、多くの栄養分を失わずにすむのだ」と話しながら、みんなと一緒にビールを飲んだ。とても暑く、喉が渇いていたのをいまでも覚えている。
 “クイック・スティア・フライ”という呼び名は、日本では浸透しなかったように思うが、僕の中では、チャイニーズ・ブロッコリーとセットで記憶の引き出しにしまわれている。その引き出しは、つるむらさきとエビと一緒に開くようになっている。食器を探して何ブロックも歩いた後のチャイニーズ・レストランの光景も、そこにある。

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 僕はこの日、つるむらさきを洗って水切り器で水気を切った後、オリーブオイルで炒め始めて、オイスターソースが切れていることに気づいた。その前につくったあさりのナチュレールで取れたスープを代わりに使うことにして、包丁を入れたエビを加えて、高温の鍋で素早く炒めて塩と白コショウとあさりのスープで調味して食べた。まだ明るい夕暮れの空を眺めながら、白ワインを飲んでエビとつるむらさきを頬張ると、頭の中の風景は、ニューヨークの昼下がりから、フランス側のバスクの港町へと切り替わっていった。

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 翌日の昼食は、残ったエビとつるむらさき(いずれも未調理)にニンニクとアンチョビを加えて炒め、パスタソースにして食べてみた。これはこれでおいしい味わいだった。つるむらさきの産地は、2014年の地域特産野菜生産データによると1位福島33%、2位宮城20%と、二つの県で50%を超えるシェアを持っていた。徳島14%についで山形13%と続く。その分布図は、どうなっているのだろうかと食べながら考えた。
 2020年夏を前にデータを見てみると、1位は福島県36%、2位宮城が17%、山形は9,8%で4位、なんと徳島が15,8%で3位に浮上していた(2016年のデータより)。なぜか無精に徳島に行ってみたくなった。

丸元淑生 オリジナル・レシピ

つるむらさきとえびのクイック・スティア・フライ
(丸元淑生 家族をヘルシーにする 新・家庭料理 短時間で充実した料理が 基本のレシピ教本 暮らしの設計No.170 1986年 中央公論社刊より)

 えびは野菜のクイック・スティア・フライによく合う。だから、安価なタイガーえびを常備しておくと非常に助かる。
 調理のポイントはえびを身と頭に分けて加熱を変えること。身のほうは短時間熱して、くるっと丸く巻いたら鍋から出す。うま味がいちばん出ているところなので、それ以上の加熱はしないこと。頭のほうは殻がガリガリ食べられるところまでよく火を通す。これはカルシウム源であるし、内臓には微量栄養素がふくまれている。身以上に頭を欲することがあるのはそのためだ。
 つるむらさきは独特の香りとぬめりがあり、ミネラル、ビタミンを多くふくんだ栄養価の高い野菜で、クイック・スティア・フライにするとおいしい。味噌汁の実にもよい。

えびの解凍
 えびの解凍は早いけれども、急ぐ場合は温水につけるとよい。解凍したら塩で洗うこと。それで目に見えない付着物がとれる。
1.えびは30分間くらいで解凍するけれども、急ぐ場合は温水につける
2.解凍したらこれくらい塩をたっぷりかけて、
3.1〜2分間塩水につけ、よく水洗いする。汚れをとるためのもので、塩水をしみこませる必要はない

[ 材料 ]
つるむらさき───1束
えび───3尾
ギー───適量
塩───適量
かきソース(オイスターソース)───大さじ1〜2

[ つくり方 ]
1.つるむらさきは水洗いしてざるにあげ、
2.水気を1本1本、ていねいに拭きとる。水がついていると、味が落ちる
3.〈2〉を、茎の部分と葉の部分とに切り分ける
4.解凍したえびの水気を、布巾でよく拭きとる
5.頭を手で折って、身からはずす
6.身の部分の殻を取って、背わたをとり除く
7.鍋に〈6〉のえびと頭を並べ、ギーを入れて中火にかける
8.全体に行きわたるように塩をふる
9.裏返してゆっくりと焼く
10.身がまるまった状態になったものから、順にとり出していく。これ以上火が通るとおいしくなくなるのでとり出しておいて、あとで戻し入れる
11.中火にしてギーを足し、頭がカリカリになるまでよく焼く
12.〈11〉の鍋にギーを足し、〈3〉のつるむらさきの茎の部分を加える
13.塩をふる
14.茎に油がまわったら、〈3〉の葉の部分を加える
15.再び塩をふる
16.葉がしんなりとするまで炒める
17.かきソースを大さじ1ほど入れる
18.〈10〉のえびの身を戻し入れ、混ぜてソースをからめる。鍋に余熱があるので、すぐに器に盛ること。味をみて不足なら、かきソースを足す

※こちらのレシピは、すべて著作権者の許諾を得てご紹介しています。
※引用の文章で、原文に記載されている「ページ数」を一部割愛しています。

VOL.09 27TH.SEP.2016初出/21.JULY.2020 加筆

遠藤一樹(えんどうかずき)
株式会社イーター 代表取締役
プロデューサー、編集者、コピーライター、ライター

1961年、横浜市生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、デザイナーから編集者となる。『ホットドッグプレス』編集部を経て、いとうせいこう氏らとプロダクションを設立し、取締役を務める。多くの雑誌・書籍制作、広告制作を経て、1996年に制作プロダクションEater(www.eater.jp)を設立、代表取締役に。雑誌『asayan』を立ち上げ編集し、後に男性ファッション誌『HUGE』をプロデュースして創刊から10年間(2013年12月まで)制作を担当する。現在は、コミュニケーションツールやカタログ制作、ブランディングなどに携わる。もちろん編集と執筆も日々続けている。1994年から担当した丸元淑生氏の料理書、書籍は7冊。食に対する考えとライフスタイルに大きな刺激と影響を受け現在に至る。TCC会員(東京コピーライターズクラブ/1998年新人賞受賞)。


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