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あさりのナチュレール

料理書をつくっていたときに、
「この料理には、どんな料理をあわせるの」と聞かれることがあった。
聞かれてみてはじめて、そこが気になるところなのだと気づいた。
料理の組み合わせは、自由自在であることが楽しいと思う。
家で食べるなら、イタリアンの料理だから、全部イタリアンにするみたいな発想で
考えない方が、味わいの楽しみも増えるし、広がるに違いない。
もちろん、組み合わせのセンスは必要だと思うけれど、
それを身につけるには、食べてみるという経験に勝るものはないのではないだろうか。
自分でつくって家で食べるごはんは、そんな自由さが魅力なのだと思う。

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 僕の家では、この料理は、必ずといっていいほど週末の夕食の前菜に登場していた。砂抜きをしたあさりを鍋の中に並べて、ふたをして火にかけるだけでできてしまうのでかんたん、そしてワインやスパークリングなんかにもとても合うからだ。最近は、よいあさりが以前よりも手に入りにくくなったこともあり、食べる機会が減っているが、恵比寿三越のフードフロアに立ち寄ると熊本産のあさりを買って帰る。ここのあさりは、ほぼ砂抜きがされていてサッと洗ってそのまま基本処理ができる。それでも時間のあるときには、短時間、塩水につけてから洗って、基本処理をする。ちなみに僕は塩水の濃度を3%(浄水器の水1リットルに塩30グラム)にしている。
 先生は、『丸元淑生のからだにやさしい料理ブック ファミリー料理』(講談社刊)の「あさりのナチュレール」の文中で、「よく砂出しをするのがポイントだが、水道の水では砂出しができない。浄水器がない場合はミネラル・ウォーターを使い、海水の塩分濃度にして、できるだけ低温にしておく。そうすると貝にとっての生活条件が整うのでよく水を吐き砂が出る。」と述べている。
 できるだけ低温は、冷涼くらいのイメージがいいと思う。キンキンに冷やしてしまうとあまり水を吐かなくなる気がする。少し暗くして、落ち着ける環境に置くと水をよく吐いてくれるようだ。

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 この料理を食べると思い出すのが、大磯の丸元邸に打ち合わせにうかがった夕方に、冷蔵庫からあさりのナチュレールを持ち出して、庭に出て白ワインを開けて先生と飲んだときの風景だ。初夏の頃だったり、夏の終わりだったりするのだけれど、その庭先のテーブルに置いたあさりをつまみながら、料理の話、小説の起承転結の書き方、印刷会社に乗り込んだ話など、編集者だったらおおよそ興味の尽きることのない話を延々と聞いた。僕は、劣等生の編集者だったので、その話をテープに残すこともなく、ただただ聞きかじって、質問したり頷いたりしていた。なによりもその時間がたまらなく面白かったのだ。サナエさんが帰ってきて「いい加減に家の中に入ったら」と声をかけられるまで、僕らは庭先であさりをつまみながらワインを飲んで話していた。

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 さて、話をあさりに戻すことにしよう。レシピにある基本処理を終えたあさりと汁(スープ)を使ったパスタだが、僕はオリーブオイルでニンニクと唐辛子(赤だったり青だったり)を炒めて、そこにあさりの汁を合わせてソースをつくり、アルデンテに茹でたパスタを和えてから、パセリをたっぷりとかけて食べる。先生の最初のレシピではオイルは一切出てこないのだが、こちらのアレンジのほうがおいしく感じる。先生には「料理屋のマネ事をしている」といわれそうなので報告していなかった。ちなみにあさりの汁は、調味料代わりに結構重宝する。

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丸元淑生 オリジナル・レシピ

アサリのナチュレール(丸元淑生 続新家庭料理 家族の健康を守るヘルシー・クッキング12章 暮らしの設計192 1989年 中央公論社刊より)

 身を殻つきのままパセリなどを散らして食べるのがナチュレール。ポルトガルでよくつくられる料理である。

貝の料理
 貝は栄養的に非常にすぐれている。すぐれたミネラル源で、低脂肪高蛋白。しかも、その蛋白質は消化が容易。だから、貝の調理は加熱が適切でありたい。加熱が過ぎるとせっかくの蛋白質が変化してしまう。

アサリの基本処理
 貝は生かしておくことが難しいので、アサリ、ハマグリは買ってきたらすぐに基本の処理をしておく。鍋にふたをして中火にかけ、貝が口を開けてきたら開いたものから順にとり出して身と汁に分けるのだ。
 それが身にとっては理想的な加熱なので、あとは食べるときにあたためるだけでよい。こうしておくと身も汁も冷蔵庫でしばらく保つ。
 汁はお吸いものをはじめ、スパゲッティのソースその他にいろいろ使える。この汁だけでソースをつくるのが、イタリアの有名なスパゲッティ・アレ・ボンゴレ(アサリのスパゲッティ)である。

[ つくり方 ]
1.貝を鍋に入れ、ふたをして中火にかける
2.貝が口を開けはじめたら開く順にとり出す
3.砂が入らないように汁をとる
4.身と汁に分けて基本処理の完了。こうしておけば、それぞれ冷蔵庫で何日か保つ。これを使っていろんな料理が出来る

※こちらのレシピは、すべて著作権者の許諾を得てご紹介しています。
※引用の文章で、原文に記載されている「ページ数」を一部割愛しています。

VOL.001 31.AUG.2016初出/14.JULY.2020 加筆

遠藤一樹(えんどうかずき)
株式会社イーター 代表取締役
プロデューサー、編集者、コピーライター、ライター

1961年、横浜市生まれ。桑沢デザイン研究所卒業後、デザイナーから編集者となる。『ホットドッグプレス』編集部を経て、いとうせいこう氏らとプロダクションを設立し、取締役を務める。多くの雑誌・書籍制作、広告制作を経て、1996年に制作プロダクションEater(www.eater.jp)を設立、代表取締役に。雑誌『asayan』を立ち上げ編集し、後に男性ファッション誌『HUGE』をプロデュースして創刊から10年間(2013年12月まで)制作を担当する。現在は、コミュニケーションツールやカタログ制作、ブランディングなどに携わる。もちろん編集と執筆も日々続けている。1994年から担当した丸元淑生氏の料理書、書籍は7冊。食に対する考えとライフスタイルに大きな刺激と影響を受け現在に至る。TCC会員(東京コピーライターズクラブ/1998年新人賞受賞)。


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