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ショートショート「気合いの象徴のアメ」

「やった、ここまで頑張ってきて本当に良かった…」下積み14年小さな劇場でコツコツと端役を演じ、バイトと両立しながら榮子の努力が身を結んだ。彼女は初めて名だたる役者が連ねるミュージカルの主役を勝ち取ることができたのだ。

だが、周囲は密やかに「大本命の朝倉さん、濃厚接触者になってオーディション出れなかったんだって…あの人の代理にすぎないよね」と。

悔しさを滲ませ、発声練習を重ね、苦手な筋トレにも励む。

本番前、彼女は楽屋の廊下に《気合いの象徴のアメどうぞ》と誰かからの差し入れが置いてある。カゴの中から鮮やかなピンクの飴を選び、額に当て「よし、がんばるぞ」と呟いて頬張った。口に広がる甘さと喉への効果も抜群。結果、難しいとされる音域も完璧にこなし、各界の著名人がSNSや雑誌で称賛の声を書き連ねる。

だが全国を周り3ヶ月も過ぎた頃、今日も舞台か「はぁ」とため息をつきながら、いつものようにアメを頬張る。

舞台後半、いつもの音域が、出ない。
廊下にあったあの、《気合いの象徴のアメ》は本人の気合いなければ、音域が届かないのだ。

そうか、私は舐めていたのか。

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