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アラビアンコーストのアラビア語と周縁言語のBGS

今回の記事では、東京ディズニーシーのアラビアンコーストについて考察していこうと思う。その中でも今回はタイトルにもあるように、主に中東で使用されるアラビア文字やアラビア語、そしてその周縁の言語との関係について考察する。


シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジ

シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジのアトラクション中には、多くの横断幕や旗が確認できるが、ここで用いられている文字に関心や違和感を持ったことはないだろうか。私はこれらの文字には明らかにアラビア文字の影響があると考えた。登場する文字にはアトラクション全体を通して、アラビア文字の雰囲気が漂っているのだが、今回は特に顕著な部分を取り上げる。登場シーン順に並べたため説得力に欠ける考察が前半に書かれており、こじつけに感じるかもしれないが、最後まで読めば納得できるはずである。なお「シンド」はインド、「バッド」は都市もしくは風を示唆すると考えられている。

余談だが「シンドバッドの冒険」を含む「千夜一夜(物語)」の中でも著名な物語、「アラジンと魔法のランプ」、「アリババと40人の盗賊」「シンドバッドの冒険」などの立ち位置については議論がある。これらの物語には、紆余曲折があり、口伝されていたと考えられているものも存在するものの、来歴がはっきりとしていない。

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筆者撮影 於東京ディズニーシー
以下、特に記述の無い限り同上

まず「Farewell Sindbad」に含まれる「w」と「l」についてである。これらの湾曲具合はアラビア文字で、/s/と/sh/の音を表す「س」と「ش」を連想させる。また、2つの「l」は共に「با」や「جا」のように「ا」という文字が連結した形を想起させる。

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先ほどの写真の「Farewell Sindbad」や、上の写真「May Fortune BWith You」の「S, M, y, B, W, Y」の長く伸びた筆跡はアラビア文字の「ي」や「ى」を連想させる。これらはそれぞれラテン文字の「y」や長母音の「ā」に対応している。

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次に、上の「Safe Journey, Sindbad!」について論じていこう。ここに表された「J」には2つの点が付け加えられている。上部の点は大文字の横線を簡略したものと考えられるが、中心の点は本来不要である。これはフスハーと呼ばれる文語アラビア語で、英語の「J」と同じ発音をする「ج」をイメージしているのではないかと私は考えた。また長く下に伸びたこの文字は、同じくアラビア文字の、「ل」も彷彿とさせる。こちらの文字はラテン文字の「L」に対応しており、向きは異なるが、どちらも同一のフェニキア文字「𐤋」に由来している。

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次に、上の写真「Conglatulations Sindbad!」の「g」について、ここでもラテン文字の「g」には本来存在しない点が付加されている。これはアラビア文字の「غ」をイメージしたものではないだろうかと推察した。アラビア文字は語頭、語中、語尾のどこに位置するかによって形が変わるが、「غ」は「غغغ」のように変化し、いずれも上部に点が打たれる。そしてこの文字はガギグゲゴの子音に近い音を表すため、ラテン文字の「g」にこのようなアレンジをしたのだろう。

/g/の音は文語のアラビア語には、少なくとも現在は存在しない。しかしながら口語の方言(この表現の是非はさて置き)では現在も使用されている。またペルシア語では、アラビア語で/k/の音を表す「ک」の上部に線を加え、「گ」という文字で/g/の音を表現している。このほかにもペルシア語ではいくつかのアラビア文字をアレンジした文字が使われている。西欧の言語にばかり触れていると忘れがちだが、このようにアラビア文字の影響は非常に大きい。また、アラビア語とは起源を異とする言語でも、現代標準アラビア語で用いられるアラビア文字にアレンジを加えて使用している例が数多くある。

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次に上の写真「We Praise Your Safe Return」など、ここまでの写真全てに含まれていた小文字の「r」の形についてだ。これらの「r」は十分「r」であると識別できるが、筆記体でも、雑な手書きでもなかなか見ない形である。これは、アラビア文字と共に使われる数字で、2を表す「٢」の影響があると私は感じた。

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シンドバッド・ストーリーブック・ヴォヤッジの最後の考察は、全ての写真に含まれていた「a」と文字中に打たれている点である。

まず「a」について、このアトラクション中の「a」はすべて右上の丸の部分と棒の部分が接合されていない。私も筆記体を書く際には、このように書体が崩れる事は往々にしてあるが、シンドバットの出航や帰航を祝う横断幕などを雑に書くことは考えにくい。そのためこの右上の接合されていない部分には何らかの意図があると考えられる。そしてこの「a」を右に45度回転させるとアラビア語で用いられる「ء」という記号と一致するため、これをモデルにしていると考えられる。

次に随所に確認できる点について、これらは丸形ではなく菱形となっている。この記事上では文字が小さく視認し難いが、アラビア文字では「ث」や0を表す数字「٠」で菱形の点が用いられる。そのためこの菱形の点もアラビア文字の書体を参考にしているのだろう。

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そして最後の花火が上がっている場面では、アラビア文字を意識していると考えて間違いないだろうという文字がある。

キャラバンカルーセル

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このアトラクション名に使われている「キャラバン」は、ペルシア語の「کاروان」(kārvān)に由来している。そしてこの語の意味は日本語のキャラバンと同じく隊商を表している。

カスバ・フードコート

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カスバを英語では、kasbah, casbah, cashbah, cassaubah, kasba, kasbarなど多様な表記が存在するが、ここではcasbahの表記が採用されている。この語はアラビア語の北アフリカ方言の「ḳaṣba」を語源とし、フランス語の「casbah」を由来して英語にもたらされた。アラビア語での表記は恐らく「قصب」から派生する単語だと考えられるが、私が当たった辞書では、確認の方法が悪いのか確認できなかった。しかしながら、Wikipedia のカスバ関係の多言語の記事や、画像検索を当たったところ「قصبة」がアラビア語の表記だろう。

サルタンズ・オアシス

チャンドゥの「チキンカリーまん」などが販売されているサルタンズ・オアシスについて、この店舗の名称は、東京ディズニーリゾート公式サイトの複数の箇所でジャスミンの父親であるサルタンに敬意を表して名付けられたと言及されている。

素晴らしい願い事をしたサルタンに敬意を表し、ジーニーはこの店に王の名前をつけました。
(最終アクセス日:2021年3月2日)

もちろん、店名はサルタンに敬意を表して「サルタンズ・オアシス」と名づけたんですよ♪
(最終アクセス日:2021年3月2日)

英語ではSultan をルタンというより、ルタンに近い発音(/ˈsʌltən/)であることも彼の日本語名の決定に影響したのかもしれない。この語は中世ラテン語とフランス語を経由して英語に取り入れられた。どこで発音が変化したのか私にはわからないが、おそらく英語の段階だろうとは感じる。しかしながら、アラビア語の発音では、日本語での寛容的な表記と同じく、スルタンに近い発音をする。アラビア文字では「سلطان」と表記し、君主の称号であるスルタンや権力を表す。そのためオマーン国のアラビア語名でも「سلطنة عمان」というように「سلطان」の変化した形が確認できる。

オープン・セサミ

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Tokyo Disney Resort App より引用

次にチュロスなどを販売しているオープンセサミの名称について、これを英語で表記すると、「Open Sesame」 となる。これは「千夜一夜(物語)」の「アリババと40人の盗賊」という物語に登場するフレーズである。この「sesame」 は、恐らく東洋起源のものである。しかしながらアラビア語でゴマを表す「سمسم」(simsim)などのセム語系との関係については明らかになっていない。sesame の表記は歴史上複数存在したが、現代英語で「sesame」と表記するのは、千夜一夜のフランス語版で「sésame」 と表記することが影響している。

アブーズ・バザール

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Tokyo Disney Resort App より引用

「バザール」は英語にも日本語にも既に浸透してはいるが、究極的な語源はペルシア語で市場やバザールを表す「بازار」(bāzār)である。この語はトルコ語とイタリア語を経由して英語に入ったと考えられている。

マジックランプシアター

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東京ディズニーリゾート・ブログより引用

「ランプ」と「シアター」は共にギリシア語やラテン語などを経由して英語にもたらされた。それに対して「マジック」はペルシア語から、ギリシア語に借用され英語にまでたどり着いた。ギリシア語もラテン語もペルシア語も、印欧祖語/インド・ヨーロッパ祖語/PIEなどと呼ばれる共通の言語から枝分かれしたという仮説もあるため起源は同じかも知れない。しかしながら「マジック」はペルシア語を経由すると言う点で他の2つとはかなり異なる道筋を辿った。古代ペルシア語では「𐎶𐎦𐏁」や、「𐎶𐎦𐎢𐏁」と書いたようだ。Wikipediaの姉妹サイトのWiktionaryからの引用なので真偽は定かではないが、これらの文字が表す音は共に 、後に伝わるギリシア語の「μάγος」(mágos)に似た発音をしたようだ。この借用の時期について、古代ペルシア語の時期なのか、中世ペルシア語/パフラヴィー語の時期なのか確認することはできなかった。

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Kaitoさんより借用(以下のアカウントより)

上の旗の「The Magic Lamp Theater」について、単なるデザインでありこれは偶然だとは思うが、ラテン文字の「M」の起源となった、フェニキア文字の「𐤌」風であると私には感じられた。

アラビアンコーストで交わされる挨拶表現

アラビアンコーストで使われる挨拶に「サラーム」と「アハラン・ワ・サハラン」がある。東京ディズニーリゾート・ブログでは前者は「こんにちは」後者は「ようこそ!」という意味であると解説されている。

アラビア語の挨拶には「あなた方の上に、平安がありますように」という意味の「السلام عليكم」(アッサラーム・アライクム)がある。また私は使用されているのを直接耳にしたことはないのだが、省略して「سلام」(サラーム)とも言うそうだ。これがアラビアンコーストの挨拶「サラーム」のモデルだろう。

また、中東やそれと地理的/文化的に近い国の言語には、アラビア語の影響を受けたか、もしくは起源をアラビア語と同じとし枝分かれした言語であるため、「サラーム」と似た音を挨拶や平和といった語に用いている例がある。

「アハラン・ワ・サハラン」について、これはアラビア語で「ようこそ」のような歓迎を表す挨拶、أهلا وسهلا(アフラン・ワ・サフラン)を参考にしているのだろう。

後書き

そのうち、アラビアンコーストのさらなる考察や、映画アラジンの登場人物についての記事も書こうと考えているので、フォローお願いします。

それから、下の写真右の人物が記入している羊皮紙?の鮮明な写真を持っている方がいたら、提供してもらえると嬉しいです。
知人から写真を手に入れたので追加の考察記事を執筆しました。

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関連記事

下のリンクも私のディズニー関連の記事なので、是非読んでみてください。

参考文献

梅田修『英語の語源事典 英語の語彙の歴史と文化』大修館書店、1990年
黒柳恒男『ペルシア語辞典』大学書林、1988年
黒柳恒男『新ペルシア語辞典』大学書林、2002年
小島義郎、岸曉、増田秀夫、高野嘉明『英語語義語源辞典』三省堂、2004年
小林一枝『『アラビアン・ナイト』の国の美術史【増補版】 』八坂書房、2011年
田中博一『現代アラビア語辞典』鳥影社、2017年
本田 孝一、石黒 忠昭『パスポート 初級アラビア語辞典』白水社、1997年
山中元『古ペルシャ語 古代ペルシャ帝国の碑文を読み解く 古代の歴史ロマン』国際語学社、2008年
Oxford English Dictionary(オンライン版)
Wehr Hans『A dictionary of modern written Arabic』Otto Harrassowitz Verlag、1979年

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