母帰る
その日晴れていた
大きな紙袋4つはあっただろうか
病院スタッフに見送られ
入り口に横付けされた介護タクシーに
車椅子ごと母と紙袋を乗せて
半年ぶりの自宅に向かった
家の前には
女性を、という母の願いで来てもらった
ケアマネジャーと腹の出た笑顔絶やさない
介護レンタル会社の人が待ち受けていた
まずは玄関前の階段
周囲に支えられてなんとか3段のぼった
次は上がり框に設置された手すりで室内用
車椅子に移り変え
これは病院で平行棒訓練をしていたせいか
危なげなく
そこから居間へ車椅子を押し入る
一瞬だけ妻が顔を出して挨拶しすぐに出ていった
おかえり
改めて声をかける
もっと感動的に喜ぶものと思っていたが
やけに反応は薄い
これも病気のせいなのか
すぐにトイレに行く
ケアマネが付き添う
あっという間に夕方になっていた
ようやく母と二人
静かな空間が戻った
鰻を温め
ご飯とお茶、惣菜などをお盆に乗せて
テーブルへ
今日は一緒に食卓を囲むつもりだ
そこで気づく
車椅子、しかも左手が思うように動かない
するとテーブルの位置が高すぎるのだ
お茶碗を右手でとり膝の近くで左手で受ける
お箸を持って猫背の姿勢で口へと運ぶ
全てが元通りにはいかないこと
それでも食事タイムは生きることを確かめる瞬間
嚥下の心配でこちらは落ち着かない
その気持ちを缶ビールで喉へと流し込む
そのまま夜は同じ部屋で過ごすことにした
ちゃんとトイレまで自分で移動できるのか
数々の心配と確かめたいことがあった
介護ベッドのために横に移動させたソファ
そこに掛け布団を用意して横になる
まあ寝れるわけがない
その夜3回母はトイレに立った
介護ベッドの手すりにつかまり上半身を起こし
左足に装具をつけて右足に靴を履き
そう、室内だが右足の蹴りで車椅子を操作するのだ
てっきり車輪についた輪っかを健常な右手で
動かすと思っていたのだが、それでは車椅子はその場でクルクル
回るだけで前に進まないのだ
病院生活の中でそれに慣れていた母は右足を蹴り蹴り
前に後ろに進んでいく
母が家にいる安心感
そして常時そばで介護しなくてもなんとかなるかもしれない
という希望的観測
布団の中でそれを味わいながら次の日の朝を待った
朝
たった1日。
それなのに母がいつも綺麗に磨き込んでいた木貼りの廊下は
タイヤのゴムと靴の擦れあとが。
そして和の砂壁には車椅子の手すり部分が擦っていった
黒い後がすでにいくつかできていた
これらが母がこれから行う日々の闘いの記しになるのだろう
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