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★『三月ひなのつき』──石井桃子
忘れていた大切な風景を思い出す。桃の季節がくるたびに。
子どものころに出会った「もの」に込められた意味というものは、私たちが感じている以上に日々の生活すべてに大きな影響を与え続けているのかもしれない。
「もの」は所詮は「もの」でしかない、という考え方もあるだろうし、「もの」の価値イコール価格という感覚に私たちはあまりにも慣れすぎている。
大切なものを手に入れるときでさえ、まず価格から決めていくという手順は、合理的かつ仕方のないこととして、私たちの生活習慣になり切っているし、ましてや子どものものを選ぶときは、さらにこの意識に支配されがちだ。
どうせ一時的に必要なものだから、どうせすぐに大きくなってしまうのだから…と。
しかしこの『三月ひなのつき』という物語を読んで、そんな考え方がいかに子どもの「もの」との絆を損ない、さらに親と子の心のつながりを失わせていくのかということを教えられた気がする。
十歳になるよし子は、母親と二人暮らし。
よし子は春のはじめのこの季節、学校からの帰り道に、デパートのショーウインドーの中に燦然と輝く「おひなさま」を見つける。
よし子は「私も自分のおひなさまがほしい」と思う。
しかしそれがかなえ難い望みであることをよし子は知っている。
それはおととしの春、よし子のお父さんが亡くなったという事情だけではなく、よし子のお母さんがよし子にふさわしいと思うおひなさまをまだ見つけられないからだった。
よし子のお母さんの「おひなさま」にこだわる気持ちは、一見個人的なエゴのように見えるかもしれない。
親の考えや好みを子どもに押し付けて…と。
しかしお母さんがよし子に託したかったものは、おひなさまそのものではなく、それをよし子が愛し大切に思う気持ち、そしてそれを通じてよし子が感じる様々な想いを心に美しく刻み込んで生きていってほしいと願う親心なのだと思う。
三月がくるたびに、この本を読みたくなる。
そして、歳をとるとともに、ここに描かれている親子の気持ちが胸に迫るようになってきた。
今ではもう遠くなった昭和の日本の家庭の風景かもしれないが、忘れたくない、忘れてほしくない、大切な記憶だと思う。
若い人にも、子育て中の方にも、ぜひ手に取っていただきたい物語だ。
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