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★『ゆき(バージンガムのちいさいえほ ん)』ジョン・バーニンガム

小さな子どものころのことすべてを、大人になってもずっと覚えていることはできません。
それでも家族や友だちのこと、幼稚園や学校での生活、嬉しかったこと、悲しかったことなど、たくさんの思い出が私たちの心に残っています。

けれどもこの小さな本──縦横16センチほどの小ささです──に描かれているのは、そんな「思い出」というには、あまりにもささやかな、「小さい人」の毎日の生活のなかでのワンシーンです。

『ゆき(バーニンガムのちいさいえほん)』ジョン・バーニンガム

たとえば、この『ゆき』と題された絵本は、八冊あるシリーズの中の第一冊目なのですが、言葉にすれば、こんなに短いお話です。

あるひ ゆきが ふった/
おかあさんと おおきな ゆきのたまを ころがして/
ゆきだるまを こさえた/
ぼくは そりに すわって/ おかあさんが ひっぱって くれたよ/
でも おっこっちゃった/ てぶくろを なくして さむくなって/
ふたりとも うちへ はいったんだ/
あしたも ゆきが なくなりませんように/

『ゆき(バーニンガムのちいさいえほん)』

/(スラッシュ)で区切られている一まとまりの文が、一ページ分のテキストで、見開きの左側のページに文章、右側のページに、雪遊びの情景、そして家に入ってからの僕とお母さんの様子が描かれています。

この絵本の作者は『ガンピーさんのふなあそび』等で知られるジョン・バーニンガムで、線画の素朴なタッチと、淡い色遣いが特徴です。訳者は詩人の谷川俊太郎さんです。

見開きで数えてほんの九見開き分のお話でしかないこの短い絵本のなかに、雪のなかでお母さんと遊んだ「ぼく」の心躍る一日の情景と、そのときの「ぼく」の気持ちが、子ども自身の目線と言葉で、いきいきと描かれています。

雪が降ってくる空に向かって両手を広げているしぐさ、体をいっぱいにのばして雪のたまを押している動きなど、雪の日、という子どもにとっては特別な一日をめいっぱい楽しんでいる様子が、短いページのなかで存分に表現されています。

同じシリーズの他の七冊(2.もうふ 3.がっこう 4.いぬ 5.とだな 6.ともだち 7.うさぎ 8.あかちゃん)も、この『ゆき』同様、家族や周りの人の存在とのかかわりのなかで、小さい人の心のつぶやき、心の機微が、小さい人の視点から語られています。

子どもの毎日は大人の目から見れば、ほんとうにささやかな世界に見えますが、子どもたちにとってはすべてが新しい出会いであり、嬉しかったり、楽しかったり、ちょっと困ったり、変なの、と思ったり、子どもなりの心の揺れが、たしかに存在することをこの絵本は教えてくれます。

小さい人たちは、毎日の生活のなかでほんとうに「今この時」を全身で生きて、感じています。

そんな子どもたちの息づかいを身近で感じている大人として、(再び彼らと同じ驚きと感触をもって生活することは難しいけれど)この小さい人たちの、小さいけれども驚きに満ちた心躍る毎日を、そばに居て、しっかりと守っていってあげたい、そんな気持ちにしてくれる絵本です。
読むたびに、読む人を無条件に笑顔にしてくれる、そんな作品です。

この絵本の中に描かれた「ぼく」のように、世界中の小さい人たちが、少しでも明るく幸せな予感をもって眠ることができるように、この絵本を読んで願わずにはいられません。

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