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結婚指輪がない!

なんだか、快適である。

調子が良いと言うほどでもないが、逆剥けが綺麗に取れた時のような、芯の固くなったニキビが取れた時のような、うっすらした開放感がある。

ふと手を見ると、結婚指輪がなかった。


その時私は、家でお昼を食べ終え、嫁さんとだらだら話していた。午後からの予定はない。嫁さんの声と、鳥の声と、洗濯機のカラカラという音だけが聞こえてくる。金木犀香る日曜日の午後である。そんなのんびりした時間は一瞬にして消え去った。結婚指輪が無いのだ。

いつから無い?今日は家を出てない。指輪は基本取らないため、気にしなさすぎて、いつ無くなったのかもわからない。

「指輪どっかいった」
「ええっ」

驚く嫁さんと家中を探し回った。私の部屋、洗面所、リビング、キッチン、、どこにもない。

「いつからないん」
「うーん、いつやろ」

昨日は友達の結婚式に行って、24時ごろに帰ってきた。結婚式の帰りの電車では指輪はあったはずだ。そして、最寄駅から家までに無くなるのは現実的ではない。であれば家の中、、?

昨日、帰宅してから歩いたルートを歩き直してみた。
やはり無い。

というか、この状況はまずくないか。友達の結婚式に行って、深夜に指輪を無くして帰ってくる。「お前ほんまに二次会で遅なったんか?なんか変なことしてきてへんやろな?」と聞かれれば、勿論変なことはしていないものの、状況が疑わせるだろう。

嫁さんの横顔は、普段通りのようにも見えるし、少し怒っているようにも見える。もういっそ、私のケータイにGPSを付けてくれれば、潔白を証明できるのに。

「GPS付けてくれたらええのに」
「え、指輪に?むずいやろ」

ダメだ。空回りしている。落ち着け。

昨日の帰宅時はあり、家で無くしたとする。
自分で取らない限り、基本的に外れることはないことを踏まえ、昨日無くす可能性がある場所は、お風呂場か、寝室である。

お風呂場は、手が石鹸でヌルヌルになると、時折すろん!と取れることがある。ただし、指輪が床に落ちるとガランガラン!と音が鳴るので、わかるはずだ。実際、排水溝にもなかった。

寝室は、寝ている時に指輪を取ってしまう可能性がゼロではない。だが、布団をひっくり返し、枕を吹っ飛ばし、クッションを吹っ飛ばしてもなかった。

上記の確認から、昨日無くしたものではないと思われる。では、本日か。本日無くすべき可能性がある場所は、やはりお風呂場である。

お風呂場で、トレーナーの油シミを取ろうと、ウタマロ石鹸でゴシゴシしたのだ。その際にすろん!と取れるかもしれない。しかし、音はなっていない上、お風呂場の排水口に無いことは確認済みである。

「最悪さ、作りに行ったらええやん」
「それはそうなんやけどなあ」

ジワジワ悲しみが込み上げてくる。
指輪は、結婚してからずっと付けていた。最初は重く、違和感があったが、そのうち心地よい重量感になった。初めて傷がついた時にはショックを受け、研磨剤を使ってピカピカに傷を直した。
大切にしていた指輪が、どこかへ行ってしまった。

「はあ」

探すところは探し終え、ソファーでぼーっと座っていた。鳥の声と、洗濯機のカラカラという音が聞こえる。



洗濯機がカラカラ鳴っている、、、?

今、全てが繋がった。
心の右京さんが「謎が解けました。」と告げた。横で亀山くんが「まじすか!?」と言っている。伊丹さんが歪んだ顔でこっちを振り返った。

今、完全に謎が解けた。
全ての扉が開き、新しい光が差し込む。暖かい光は土壌を温め、草木の成長を促す。草木を食べる小鳥や動物が集まり、生態系が誕生する。そして、長い年月をかけて文明が発達し、都市が誕生する。

洗濯機である。
トレーナーを洗った際にすろん!と取れ、うまいことトレーナーに引っかかったまま、洗濯してしまったのだ。

洗濯機を止めると、一番下がキラリと光る。
指輪が落ちていた。

「いや〜〜まじで焦ったわあ〜〜」
「さっきとテンション全然ちゃうな」

クールな嫁さんを横目に指輪を付ける。
しっくりくる。


指輪がない時よりも快適に感じ、笑ってしまう。

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